第Ⅻ話 前編【別れとその先へ】其の三
第Ⅻ話 前編【別れとその先へ】其のニ
申し訳ありません、前話が途中までしか更新できていませんでした。
前話を編集していますので、そちらからお読みいただけると幸いです。
♧♣♧♠♤♠
「実に喜ばしい日だ!」
サルヴァさんはグラスを片手に、一気に酒を煽りました。その傍らで私は甘い酒をちびちびと口へと運びます。
テーブルに並んだ数々の品。鶏肉の香草揚げ、彩りの美しいサラダ。香辛料が振られた白身魚。これらはどれも料理長——サルヴァさんが作った物。
使えなくなったものを使った賄飯だ。そうおっしゃっていましたが、見るからに賄の域を超えています。
そして、テーブルの中央にはケーキが一切れ。
三人で作ったスフレチーズが綺麗に盛り付けられ、最後の一つが出番を待ちます。
「アリーチェ、お前ももっと呑め!これほど充実した日の酒は美味いのだぞ!」
「——生憎まだ飲めるようになって、そう日が経っておりません。その——お酒の良し悪しも分からなくて……」
十五で成人を迎え、そう年月は経っていません。酒を吞んだのも、まだ数えられるほどです。
美味しいとは思いますが、何がそこまで魅力なのか……まだわかりませんでした。
「ふむ。まだ酒の美味さが分かっておらんようだな——少し待っておれ」
そう言うと、サルヴァさんは立ち上がりどこかへ行ってしまいました。
一人残った一室で、また少しお酒を呑みます。決して苦くはない、甘いお花のようなお酒。屋台で見つけた物を酒で割り作ったとサルヴァさんは言っていましたが、何が入っているのでしょうか。
桃の香りがするのはすぐにわかりました。あとは、少しだけ混ざったお花のような香り。
酒に口をつけ目を瞑り、風景を思い描いてみました。
——流れる風が柔らかい……。短い若草、その傍には白い花が咲き誇る草原。そのような景色が浮かんできます。
風が流れると、小さな白いお花が合わせて揺れています。
どこからか流れてくる完熟した桃の香りに包まれながら、目を開けました。
——きっとこのお酒には草原が似合いそうです。
中々戻ってこないサルヴァさんを待ちながら料理を楽しむ事にします。幸いにも先に食べててくれて良いとおっしゃっていましたし。
ナイフとフォークを手に取り、揚げ鶏に切れ込みを入れると透明な肉汁が溢れてきます。一口程の大きさに切り分け、口へと運ぶとふわりと香草の香りが上がりました。
——っ。
思わず目を見開きました。
さすがは料理長です。どれも美味しく、手が止まりません。爽やかな風味のカラッと揚がった鶏肉。焼かれた白身の魚は香辛料がピリリと舌を打ちます。
ですが、このお酒が見せてくれる草原とは少し違う気がしました。
一口水で流すと、もう一度お酒が運ぶ景色に身を預けました。
「悪いな待たせてしまった」
「いえ、一人で楽しんでおりましたので」
「……」
「何かございましたか?」
「いや、なに——エルネスト様の前とは随分と違うのだなと思ってな」
「そう……ですね。はい。よくキース様に怒られるので注意はしているのですが——」
「そうではない。そなたは——エルネスト様を前にした方が活き活きとしておる。そう思っただけだ」
——活き活きとしている?
あまり意識したことはないのですが、エルネスト様を前にする方が心躍るのは確かです。
「まあよい。それよりも良い酒を持ってきてやったぞ」
サルヴァさんが片手に持っていた瓶をテーブルへと、とんと置きました。透明な瓶の中に澄んだ黄金色の液体が見えます。封はまだ空いておらず、硬く縛られたままです。
「こちらは?」
「Ⅴの国の酒——貴腐ワインだ。随分と前に買い寝かせていた物だが、この様な日には合うであろう」
「そんな貴重な物を開けてしまっても良いのですか……そのお高そうで」
——貴腐ワイン……聞いた事のない言葉です。
ワインというからには原料は葡萄なのでしょうが、貴腐ワインとはまた凄い名称です。瓶に貼られた紙は見るからに古びていますし、本当にいただいても良い物でしょうか……。
「かまわん。いずれ開けるつもりで機会を伺っていたのだ。エルネスト様が大人になられていく姿を一緒に見た仲だ、相伴に付き合え——」
そういうと、変わった形のグラスを渡されました。ワイングラスの様にステムが伸び、ボールは丸い。上に行くほど開いていく様は不思議な形状と言わざるを得ません。
あまりに変わった形をしたグラス、まるで逆さまにしたチューリップの花の様です。グラスをマジマジと見つめていると、封を開けたワインが少しだけ注がれました。
「コレならば、其方にも呑めるであろうよ」
サルヴァさんを見習い、ステムに手を掛けグラスを少し傾けると、ふわりと甘い香りが鼻先を掠めました。
「エルネスト様の成長に」
サルヴァさんがグラスをこちらへと傾け、腕を少しだけ上げました。
「——エルネスト様の幸せな夜に」
私もそれに倣い、小さく杯の言葉を返すと少しだけ腕を上げ、そのままグラスへと口を着けました。
——甘い。
甘口の白ワインとは少し違います。蜂蜜のような甘さに完熟しか果実の香り。ですが、どこかエルネスト様の様に優しくもある不思議なワインです。
「美味しいです——」
「そうであろう。昔、知人が教えてくれてな。【霧深い葡萄園】で作られるワインの話だ——」
「——このワインはそのように出来上がっているのですね。大変勉強になりました」
聞かせてくれた葡萄畑の話は、とても興味深い物でした。いずれはその場所へと行ってみたいと思えるほどに。
外を見ると窓を少しだけ過ぎた月。一部が隠れてはいますがワインのように黄金色に輝いています。
——もう、エルネスト様はお眠りになられているのでしょうか。
どうか、夢の中でも幸福が訪れますように。願いをかけながらグラスを傾けた。
お読みいただきありがとうございます。
ミーナが目覚め、それぞれが胸に抱えていた想いを少しずつ言葉にできるようになった夜でした。
嬉しい人もいれば、複雑な気持ちを抱える人もいる。
それでも皆が同じ月を見上げている、そんな一夜になっていたら嬉しいです。
次回更新は7月14日(火)19時30分です。
あと数話で終わる物語に最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




