第Ⅺ話 後編【エルとミーナ】其の四
「エルくんが作ったの……」
——やっぱり、驚くよな。
言葉を失ったように黙り、今度は腕が震え出した。
まだ、大樹の涙は完治していないんだ。食べさせるのは無理かとそう思った時、ミーナが腕を上げた。
「食べるー!」
「……ハァッ?」
「だから、食べるって言ったの!せっかくエルくんが作ってくれたんでしょ。食べるに決まってるじゃん」
「いや……でも、ミーナ。今も震えてたじゃないか……身体が拒んでただろ?」
「えっ、何が?食べたいものを目の前にしたら震えるでしょ?」
窓の方へと視線を向けた。
——俺は震えた事なんてないけどな……。
静かに風が流れ、窓帷を揺らした。
「それなら食べられそうなのか?」
「もちろん!えぇーどんなケーキかなー。ワクワクしちゃうなー」
紙袋から箱を取り出し、閉じ目に指をかけた。
すると……。
「待って!まだ開けないで!」
「……今度はなんだよ」
「ふっふっふ。今までのエルくんと過ごした経験から、この名探偵ミーナが箱の中身を当ててしんぜよう」
——本当に病人なんだろうか……。
いつも通りミーナに安心はする。でも、さっき見た指先の震えを思い出し、少しだけ背筋がぞわりとした。
「——そうだなー。コホン」
ミーナは一度咳払いすると、雰囲気を変えた。……変な方向に。
「エル少年、私の推理が正しければ——この箱の中身はプリンであろう?」
「ミーナ……残念だけど違う」
「あれー……おかしいなーお見舞いには、プリンだと思ったのにー。それなら——シュークリームだ!いや、でもカスタードクリームは難しいよね。えぇっと、それなら……」
しばらく、迷推理を聞いていたが悉く外した迷探偵ミーナ。
「全然、わからないよー……」
最後には諦めたようだ。ちらりと俺の方へと視線を向けた。
「迷推理だったな」
「でしょ!なにか困り事は名探偵ミーナにお任せだね♪」
——うん、絶対に頼みたくないな迷探偵ミーナ。
「——それで、何作ってきてくれたのかな?」
「あぁ、これなんだけど——」
ミーナから見えないように箱を開け、中身をそっと覗いた。走ってきたから心配だったが、壊れてはなかった。
ゆっくりと滑らしながら箱から取り出し、ミーナの前へと運んだ。
「うそ……スフレチーズだよね?エルくんがこれを作ったの……本当に?」
驚いた顔で、俺とケーキを何度も見比べた。
「あぁ、みんなに手伝ってもらいながらだけど……」
「——凄いよ!スフレチーズなんて相当難しいよね。カスタードクリームにメレンゲも使うんでしょ!全部作って……少し違うだけで表面が割れちゃうって聞いたよ!それなのに表面はツヤんとしてて割れてもないし——」
「うわー嬉しいな♪」
嬉しそうな表情を浮かべ、また俺の方へと視線を向けた。
——喜んでくれてるのか……。
一人で作ったわけじゃないのに、みんなに手伝ってもらってやっと出来たのに……。
——頑張ってよかった。
ホッと胸を撫で下ろし、ミーナから見えないところで拳を握りしめた。
「ねぇ、エルくん。フォーク持ってきてる?」
「——あぁ、でも切り分けるナイフを忘れたから借りようと思ってるんだ。お皿もいるし——」
「ダメだよ、エルくん!」
——何がダメなんだ……。
「ホールケーキの醍醐味は直接フォークを刺して食べる事なんだよ!切るなんてダメ!」
——そうなのか?
ホールケーキで買うなんてした事がないから知らなかった。
誕生日にも、サルヴァがお皿に綺麗に盛り付けたデザートが出ていたから見た事なかったな。
「そうか、普通の家はホールケーキのまま食べてるんだな——」
「えっ、そうなの?」
「……ん?」
ミーナの言っている事の意味がわからず、無意識に聞き返した。
「だって私のケーキなんでしょ?それなら誰にもあげたくないだけ——ホールケーキをそのままなんて浪漫だね」
うっとりとした表情とは裏腹に、口元はニヤけている。
——騙されるところだった。
ミーナの個人的な願望のようだ。ミーナのケーキで間違いはないんだけど……。
「なぁ……俺も一緒に食べていいか?」
「えーエルくんは試食してきたでしょー。もー食いしん坊さんだな♪」
「いや、まだ食べてないよ——」
昨日の夜遅く、無事に焼き上がった。だが、スフレチーズは温かいままだと美味しくないとアリーチュに言われ朝まで置いておくことにした。
ミーナに届ける一台と試食用に焼いたもう一台。
その一台はサルヴァとアリーチュの二人に食べてもらい、感想だけ聞いてきた。
本当は食べようとしたが、フォークに手を伸ばした所で腕を止めた。
「どうして食べなかったの?お腹空いてなかった?」
「いや……そうじゃないんだ」
「ミーナと……ミーナと一緒に食べようと思って食べなかったんだ」
「——もーしょうがないなー。少しだけだからね」
ミーナは短く息を吐くと、片手をパタパタと動かし顔を扇いだ。
——体調が戻っていないのか……。
部屋の中は風が抜け、暑いとはとても思えない。だが、ミーナの白かった頬がいつのまにか、ほんのりと赤く染まっていた。
「あっ暑いね、窓開けて——って開いてたや。ハハッ……」
お読みいただきありがとうございます。
「一緒に食べよう」
たったそれだけの言葉が、時には何より嬉しい贈り物になることがあります。
誰かのために作る料理は、味だけではなく、その人を想う時間まで詰まっている。それが私が描きたい世界です。
次回更新は7月6日(月)19時30分です。
およそ四ヶ月描いてきた物語もあと数話で終わりを迎えます。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




