第Ⅺ話 後編【エルとミーナ】其の三
「一週間も眠ってたのに心配するのはそこかよ……」
それに、いつも三十五食も食べてたのか。毎日五食……その方が驚きだよ……。
「本当に私一週間も眠ってたの?」
何も覚えてないのか?
「あぁ、祝願祭も明日で終わりだ。」
「……明日……そんな」
……嫌な予感がする。背中がなにかを感じとり、ぞわりとした。
「今から——今から行けば、全部回れるかも!」
——無理に決まってるだろ。
いつものミーナだ……。ずっと会いたいと思っていたミーナの姿がそこにはあった。
握っていた手を離し、ミーナの背中へと回しギュッと抱きしめた。
「ちょ……ちょっ……ちょっと、エルくん。えっ……なんで……どうして、えっ!」
「……心配かけるなよ……ミーナ」
「——うん。ごめんね」
ここまで長かった。本当に……。
——でも、まだだ。
まだ、終わりじゃない……。まだ港に連れて行く、みんなとの約束を果たせていない。
「ミーナ、実は——」
「ごめんエルくん……その前に離れてもらってもいい……かな?」
「えっ……」
ミーナの言葉で我に帰り、ずっと抱きしめていた事を思い出した。慌ててミーナから手を離し、椅子へと戻った。
「ごめん、つい——」
急に照れ臭くなり、顔を背け頭を掻いた。
「んーん、嬉しいんだけど。すっごく嬉しいんだけど……。」
その後に続いた言葉に唖然とした。
「流石に一週間はやばいでしょ……乙女として。私、大丈夫?臭くない?」
クンクンと鼻を動かし、ミーナは自分を嗅いだ。
「……」
「はぁー……」
何を気にしているかと心配した俺が馬鹿だった。
「心配するのはそこかよ……」
「それはそうでしょっ、乙女だよ私。女の子だよ私!」
いつもの掛け合いに、自然と頬が上がり笑みを浮かべた。
「——それでエルくん、何が実はなの?」
少しだけ頬を赤くし、ミーナが尋ねてきた。
「……あぁ、実は——」
「えぇーー!」
「私、Ⅷの国に行かなきゃいけないの……そんな」
——流石に驚くよな……。
俺から伝えるか迷ったが、目覚めただけでいつまた眠りにつくかわからない。大樹の涙は不治の病だ。まだ何があるかわからない。
——それに……。
ミーナの顔を見ると、ブツブツと何かを言いながら頭を抱えている。
別れるのが辛いのだろうと思っていた。
でも……。
「Ⅷの国って何が美味しかったかな……この国よりも南で西側だよね。フルーツとか美味しそうだね——他は……」
出て来た言葉に、椅子から滑り落ちそうになった。
「おい……他にはないのかよ」
「えっ?だって、もう行くのは決まってるんでしょ。それなら楽しみを先に見つけておかないと、行きたくなくなっちゃうからさ……。みんなと離れるのは嫌だけど、早く治してすぐに戻って来たいからね」
「ミーナ……」
——良かった。
少しだけど、ミーナが戻って来ないかもしれないって、そう思ってた。Ⅷの国にずっといるって言い出したらどうしようって心配だった。
でも、ミーナは帰ってくる気だ。この街に、俺たちの前に。
それがわかり少し、嬉しくなった。
「——それにしてもお腹空いたなー。ねぇエルくんパンとか……ない……」
ミーナは何か食べものを探すように、手を伸ばした。
すると指先が微かに震え出し、不安がよぎった。
「……あれ?おかしいな手が震えるや。どうして……」
その言葉を聞き、慌てて手を握りしめた。
——冷たい。
起きた時の、温もりもなく冷たくなっている。
「ミーナ寝るな!」
「——大丈夫だよ。ちゃんと起きてる……エルくんが起こしてくれたのに寝ないよ。——大丈夫だから」
優しく諭すように言われ、少し安堵した。
目は覚めたけど、やっぱり治ってないようだ。
身体が拒んでいる——先生の言っていた言葉を思い出した。
先生の言うとおりミーナの身体が何かを拒んでいるのかもしれない。震えているのを見てそう思った。
——パン……何を拒んでいるんだ。
拒んでいるものはわからない。でも、作ってきたケーキに目をやりソウとの会話を思い出していた。
あいつは、これなら食べられるかもな……そう言った。
いつも、先を知っているみたいに言う奴が無駄なことを言うとも思えない。
置いていた紙袋に手を伸ばし、起き上がっているミーナ前へと差し出した。
「……これ何?」
「ケーキだ。これなら食べられるかと思って持ってきた」
作ったとは言えず、持ってきたと言葉を濁してしまった。
「えっ!ケーキ持ってきてくれたんだ。嬉しいんだけど……でも、食べられるかな……」
「……そうだよな」
——また、俺は……。
どう思われるのか不安で言葉を濁してしまった。
逃げたくない……でも、どう思われるのかわからない。それが、ただ怖かった……。ケーキを持つ手から力が抜けて行く。ミーナの視線がケーキから俺の方へ向くと、思わず視線を逸らした。
——くそっ……。
「それで間に合わないのか?」
ケーキの入った袋を持っていると、不意にソウの言葉を思い出した。
——違う。間に合わせたんだ。
それなのにまた逃げた……ここで、逃げてどうする。
自分を鼓舞するように、握る拳に力を込めた。
——勇気を出さないでどうするんだ。
ミーナを笑顔にするって、誓ったんだろ——。
「——このケーキは俺が作った」
視線をミーナへと向け、まっすぐにその目を見て言葉を紡いだ。
「——みんなが助けてくれた。何度も何度も失敗したけど、ミーナに食べて欲しくて……いや、笑顔になって欲しくてこれを作ったんだ」
お読みいただきありがとうございます。
ようやくここまで辿り着きました。
目を覚ましたミーナは、やっぱりいつもの変わらないミーナです。
そんな姿に少し笑ってしまいながらも、エルにとっては、その「いつも」がどれほど大切だったのか…。
大切な人を前にすると、不思議なくらい言葉が出てこなくなることがあります。伝えたいことはたくさんあるのに、口から出るのは不器用な言葉ばかり。
それでも、勇気を出して伝えた一言は、きっと何よりもまっすぐ届くのだと信じています。
次回更新は6月4日(土)19時30分です。
二人が紡いだ甘い約束。
次回もお読みいただけると嬉しいです。




