第Ⅺ話 後編【エルとミーナ】其の二
「俺、始めてガッチョとアルテミアと本気で喧嘩したんだ」
「ミーナが食べられなくなったって三人で聞いてさ。何も考えられなくて……みんなには黙っていようって言ったんだ。心配させるだけだからって……」
「いや、違うな……」
首を左右に振り、ミーナに顔を向けた。
「——本当は、俺がなんとかしてやる。って、内心思ってた。俺が助けてやるんだって……みんなに嘘ついたんだ」
「でも、二人にはバレてた。うろ覚えで、あんまり覚えてないけど……」
「言い合いになって、後ろに突き飛ばされて背中打ってさ。痛くて、それで……信じてたのにって言われた」
「俺ならみんなを頼ってくれるって信じてたのにって。背中よりもそっちの方が痛かった……」
「背中もすげー痛かったけど、ハハッ……。今思うとあいつららしいよな」
二人の顔を思い浮かべ、痛みのなくなった背中に手を伸ばした。
もう痛くはない。それでも、二人の気持ちを踏み躙った。その痛みはしばらく消えなかった。
「…………えっ……」
ミーナの目から伝う一筋の涙が視界に入った。
「ミーナ」
思わず立ち上がり名前を呼んだ。目は開かない、だが確かにミーナは泣いている。微かに唇が動いたのを見て、慌てて息を呑み耳を近づけた。
「……エルくん……エルくん」
「……ごめんね……」
「ミーナ!……ミーナ」
また、何も言わなくなり、また深い眠りへ戻ったみたいだった。口を紡ぎ寝息を立てている。流れ落ちた涙を拭き取り、また椅子へと腰掛けた。
「なー……どうしてお前が泣くんだよ」
せっかく会えたはずなのに、会えた気がしない。ただ、ミーナの寝顔を見ながら寂しさが溢れた。
「——そういえば、俺始めてケーキを作ったんだ。最初は卵も割れなくて、何個も卵を無駄にしてさ。何度も何度も失敗して、でも少しずつ上手くいくようになって来たら。また失敗して……。本当は何度も諦めそうになった。でも、その時もミーナだったらこう言うだろうなって考えたら少し楽になってさ。寝てるはずなのにな……近くに感じてたんだ」
「頑張って続けてたら、アリーチェとかサルヴァが手伝ってくれるようになったんだ。覚えてるか?前に厨房でおやつをくれたのがサルヴァなんだぜ……」
「アリーチェは……最近入って来たから知らないかもしれないけど」
「ガッチョとアルテミアともちゃんと仲直りしたからさ……アルテミアなんて、二人とも大馬鹿よってボロボロ泣きながら言うんだぜ……。ガッチョもボロボロ泣くし。……俺も泣いたけど」
「……友達っていいなって思った」
二人が来てくれなかったら、俺は今頃どうしてたんだろうな。考えても、もうわからないが……。
「なーミーナ。お前は今何してるんだ?」
小さく笑うこともない。
「いつまで夢の中にいる気なんだ……みんなが心配してる。会いたいって思ってる奴だっていっぱいいるんだ。なのに……」
これを言っても意味はない。眠りたくて寝てるわけじゃないはずだ。
違う事でミーナを起こすしかない。でも、これ以上何を話せば起きるのかわからなかった。
ケーキを届けて笑顔にするつもりだった……。
ずっと寝てるなんて知らなかった……。
夢の中に俺も行けたら、一緒にいられたのに……。こんなにも近くにいるのに、遠い。
「……ミーナ。俺はミーナが好きだ」
「ミーナともっと話したい。馬鹿みたいにふざけて、親に怒られてもずっと笑っていたい。ずっと食べてるミーナの横で、俺はもっと一緒にいたい……」
「だから……」
「頼むから、起きろよ……」
「お前の声を聞かせてくれよ……」
滲み出た言葉は、泥臭くてかっこいい物じゃなかった。でも、俺の願いがもしも叶うなら。ミーナの隣で一緒にいたい。
ミーナの右手に大切に持って来た小袋を握らせ、包むように両手を重ねた。
握り込んだ拳が微かに動いた。
「——ミーナ」
顔を上げミーナの顔を覗くと、また少しだけ唇が動いている。何かを言っているようだが、声が小さくて聞こえない。
口元へと顔を近づけ、耳を傾けその声を拾った。
「や……くそく……」
頭を上げ、言葉を繋いだ。
「約束?」
なんの約束だ……。
まだ、唇が少しだけ動いている。もう一度顔を近くに寄せた。
「——ねぇ……エルくん」
「食事に……とって一番大事なものが何かわかる?」
「……約束……」
あぁ、そうか。本当に……。
「——最初はわからなかったんだ。……でもみんなに助けられて、話しているうちに少しずつわかった」
「食事は——誰かと……大切な人と一緒にいる時間」
「——それなら俺は、ミーナと一緒に食事がしたい」
「フフッ、正解だよ♪」
普段通りのミーナの声に思わず息を呑んだ。
俺は握っていた拳に力を込めると、瞼が微かに動いた。
ゆっくりと目を開け、ミーナはニコリと笑った。
「ミーナ……」
「——あれ?エルくん、私ケーキ屋さんに並んでたはずなのに、ここは?」
「一週間も起きなかったんだぞ……」
いつものミーナに思わず口元が上がった。
「一週間!そんな……」
「私……私、三十五食も食べ損ねてる!あぁーそんなー……」
お読みいただきありがとうございます。
長い時間をかけて積み重ねてきた想いが、ようやく少しだけ届いた回でした。
言葉にすること、誰かと食事をすること。
その当たり前の時間が、どれほど大切なのかを感じてもらえていたら嬉しいです。
次回更新は7月2日(木)19時30分です。
次回も引き続きお読みいただけると嬉しいです。




