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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅺ話 後編【エルとミーナ】其の一


 高鳴る鼓動を抑えながら、廊下を突き当たりまでゆっくりと歩いた。

 扉の前に立つと、大きく息を吸い込み呼吸を整え扉を二回叩いた。返事はない。物音ひとつしない。

 ゴクリと唾を飲み込み、扉をゆっくりと開けた。

「——ミーナ、入るぞ……」

 声を掛けるが、返事はやはりない。

 

 窓から流れる緩やかな風。ガヤガヤとした街の喧騒と横笛が鳴らす柔らかな音。幾重にも重なり部屋の中に、小さな祝願祭の温もりを感じた。


 少し強い風が薄手の窓帷を揺らした。部屋に満ちた音が風に乗り扉の外へと流れ、スッと部屋から音を消した。

 

 部屋には天蓋の着いた寝台がひとつ。四隅の柱に結ばれ垂れた窓帷、薄布の先に小さな丸みが薄らと見えた。

「——ミーナ。……寝てるのか?隣に行くぞ……」


 震える腕を押さえ、窓辺に置かれた寝台へと歩み寄った。近づくと窓帷の隙間から覗かせたミーナの姿。

 久しぶりに会ったミーナは静かに寝息を立てていた。顔色は薄い桃色。だが、ふくよかだった頬が少しこけている。

 掛けられたケットから出た腕は、俺が知っている時よりも細くて白い。

「……ミーナ」

 会えた嬉しさと無事だった安堵感。返事の返ってこない淋しさが入り混じり、複雑な気持ちが渦巻いた。


 寝台の横、小さな洋燈の置かれた机に持って来た紙袋を落とさないように置き、近くにあった椅子へと腰を落とした。


「……」


 何から話せばいいだろう……。

 渦巻く感情に上手く言葉が出てこない。会いたいと切望したミーナが目の前にいる。

 それなのに……。


 また、窓帷が小さく揺れると、聞こえて来たのは子供の笑い声。

「俺の家よりも賑やかだ。ミーナ、こんなところで祭りを楽しんでたのか……」

 ふと耳に届いた子供たちの笑い声に、ミーナが少しだけ反応し笑った気がした。

 

「ミーナ——ミーナ……」

 名前を呼んでも返事は返ってこない。静かに寝息を立て、深く眠っている。


 ——そんなに上手くいくわけないか。


 反応を示さないミーナに、何を話せばいい。頭を悩ませるが良い方法も思い浮かばない。

 風が流れる度に窓帷が靡き、風に乗って来るのは街のガヤガヤとした喧騒。うるさいわけでもないでも、静かなわけでもない。街に出ていなくても街を感じられる。人が動く音が聞こえる。街の息を感じた。


 それはミーナも同じなのか、声が聞こえる度に小さな唇が微かに動いていた。


 ——そうか、きっとミーナはここで祭りを楽しんでたんだ。

 街に出るわけでもない。ただ夢の中で、ミーナは街に溢れた活気、そこに身を投じているのかもしれない。

 

 それなら……。


「——ミーナは食べたんだよな?ティアの所のエビの揚げパン」

 ミーナと別れてからの事を思い出しながら、言葉を繋いだ。

「美味かったよ。すごく。あれにもミーナ、お前が絡んでたんだってな……知らなかったよ」

 

「……」

 

「ミーナと別れた一週間ぐらいかな……やっと課題を終えて、街に出る許可が出たんだ。久しぶりに出た街は賑やかで。祝願祭だって少し楽しくなった」

「人混みに流されて気付いたら、ミーナが買ってた雲菓子の屋台の近くでさ。食べたいって恥ずかしくて言えなかったけど……実は俺も食べたかったんだ。あれ美味しそうだったからさ」

「——そう言えば、そこの近くで売ってた甘い香りの黒い棒覚えてるか?あれが何かわかったよ。……あれがバニラだったんだ。ミーナがよく食べてるケーキに入ってる、あのバニラだったんだ。驚きだよな」

 

「……その後も街を回ったけど教会に行くまで誰にも会わなくてさ。でも、ガッチョが見つけて声かけてくれて。……少し嬉しかった。やっと知ってる奴に会えたから……」

「それで二人でティアの屋台に向かう前に、面白い話を三つ聞かせてやるから奢れって言うんだぜ。友達に言うことかよな」

 思い出しながら、自然と少し頬が上がった。

「ミーナが進めた桃とニワトコの花の炭酸水。あれも美味かったよ。アイツもう何度も飲んでるって言ってガブガブ飲んで財布が寒いって言ってたぜ。お小遣いを炭酸水と揚げパンに全振りしたらしくてさ——もうちょっと考えろよな」

 ガッチョの顔を思い浮かべて、ハハハッと乾いた笑い声をあげた。

 

 俺が笑い声をあげたその時、少しだけミーナの頬が上がり、ニヤリと笑ったように表情が緩んだ。だが、目は開かない。何かを話すわけじゃない。

 

 ——やっぱりだ。

 

 やはり、間違いじゃなかった。ミーナは祭りの話を聞いている。祭りの話を聞きながら反応もしている。

 このまま続ければ、もしかしたら目を覚ましてくれるかもしれない。


 みんなみたいに祭りに毎日出てるわけじゃない。最初の方しか祭りは回れていない。

 それでも、少しでもミーナに届くように。

 必死に街のことを。

 祝願祭のことを。

 みんなとの思い出を。


 思い出しながら言葉を繋ぎ話しかけた。


 

お読みいただきありがとうございます。


会いたいと願い続けた相手が、ようやく目の前にいる。

それでも返事はなく、ただ眠り続けるミーナ――。


そんな静かな時間だからこそ、エルは祭りの景色や思い出を、一つずつ言葉にして届けようとしました。

その想いが、少しずつ届いていれば嬉しいです。


次回更新は6月30日(火)19時30分です。

次回も読んでいただけると嬉しいです。

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