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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅺ話 前編【エルとミーナ】其の三


 少し待っていると扉が開き、二人が姿を現した。

 ミーナが目を覚ましたと聞き急いで向かって行ったはずだ。それなのに二人の表情は晴れていない。それどころか妙な違和感さえ感じとれる。

 俺の前へと一歩進み出た商会長の顔は先程よりも更に険しい。ただ俺を睨みつけ言葉を発しなかった。


「——あの、ミーナはどうだったんですか?」

「なぜだ……。なぜ、お前なんだ……」


 何のことか意味が分からなかった。訳も分からずに戸惑っていると、グスターヴォ商会長の肩に夫人が手を置き、口を開いた。


「エルネスト様。娘に——ミーナに会ってあげてください」

「……いいんですか?」

 先ほどまで、あれほど反対していた商会長は口をつぐみ、言葉を挟んでこなかった。微かな声で「なぜだ……なぜだ……」と繰り返している。

 

「えぇ……あの娘の願いですから」

「どういうことですか……それに、ミーナの願いって——」

「……久しぶりに聞いた我が子が貴方を呼んでいるのです。「エル君……エル君」って……」


 ——ミーナ……。

 

「この一週間ほどは目も覚まさず、ずっと寝たきりでした。私たちが何度呼びかけても声も出さず、食べることもせずにただ深く眠り続けていたのです。そんな娘が、夢でも見ているみたいに、貴方の名前を呼んだのです。何度も……何度も。どうかお願いします。あの娘を……ミーナを起こしてあげてください。名前を呼んであげてください——あの娘は私たちの大切な……」

 そこから言葉を発する事が出来ず。夫人は顔を覆い、その場に崩れた。上の空だった商会長は、夫人へと視線を落とし肩に手を置くと、そのまま後ろから優しく抱きしめた。

 

「——エルネスト様——娘には会わせましょう……。われらではなく、貴方を呼んだのだ。貴方なら起こせるかもしれない……」

「いや……本当に起こせるのか——」

顔を上げ、伏せていた目をまっすぐに向け、真剣な眼差しを俺へと向けた。

「今、ここで——起こせると誓え!……それならば会わせよう」

「だが、もしも……もしもミーナを起こせなかったときは、金輪際娘には会えないと思え。たとえ貴方がどれほど望もうとも、娘には絶対に会わせない。それでも——会いに行かれますかな?」


「——何度も言っています。俺はミーナを笑顔にするために来たと。起こせるかどうかなんてわからない。でも、笑顔にして見せる。笑顔にすると誓う!」

 

「だから、ミーナに会わせてください」


 スッと動いた指が刺したのは二階の一室だった。少し飛び出た出窓の中には、いくつかの植木鉢に小さな花が揺れていた。

 「ミーナはあそこにおります。二階に上がって一番奥の右側です。娘を……娘をお願いします」

 かみしめるように商会長が紡いだ言葉が、棘がついていたように痛く感じた。

 二人の隣を通り過ぎ、扉に手をかけたところで後ろから声がかかった。


「——何があろうとも移住は致します。それだけはお忘れなきよう……」

「わかった。必ずミーナを起こして、みんなの前に連れていきます」

 扉を開けて中へと足を進めた。


     ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 二人を残し、家の中へと入ると扉の側で聞いていた老婆が、黙って前を歩み階段の下まで連れて行ってくれた。

 スッと上がった腕が導くままに、階段へとゆっくりと足をかけた。

 

 登る足が重いわけじゃない。だが、早鐘のように早くなった鼓動。それが邪魔をして足を上げる事が出来なかった。

 

 ——長かった……。

 

 ただ、ミーナに会いたいと願った。

 それだけなのに。

 

 一段また一段と踏みしめるように足をあげ、階段をゆっくりと登っていく。


 ミーナがいてくれたから、ここまで来れた。噛み締めるように手に力が入った。

 

 起こせるなんてわからない。何もしてやれないかも知れない。

 それでも、ただミーナに会いたいんだ。


 途中で折り返しの階段を登り、二階へと向かった。

 階段の終わりが見えてくると、幾つかの扉が閉まっている廊下。その一番奥の右側。そこにミーナがいる。


 最後の階段を登ろうとして足が止まった。固まったように動かせず、足を上げる事が出来ない。


 ——くそっ……また俺は……。


 心の中では会いたい。でも、笑顔に出来なかったらそれを考えただけで足が震え、登る事が出来なくなった。

 頑張って作り届けたからといって、上手くいくとは限らない。その押し寄せてくる不安にただ立ち尽くすしかなかった。

 だがその時、いくつもの手が支えてくれている不思議な温もりを背中に感じた。

 ——温かい。

 振り向くがそこには誰もいない。でも、不思議と何かを感じる。何かが俺を押している。後退りしそうな弱い俺を誰かが支えてくれている。


「それで間に合わないのか?」

 ——違う。間に合わせるんだ。

 そうだ、みんなとも約束した。港にミーナを連れていくって。


 ——逃げるな……逃げるな。逃げるな!

 もう、置いていかれるだけは嫌なんだ。

 覚悟を決めた俺は、最後の段を踏み廊下を進んだ。


「今、会いに行くからな……」


 

お読みいただきありがとうございます。


ただ、会いたい。

そう願い続けたエル。その願いは、多くの人たちの想いに支えられながら、ようやくミーナのもとへ届こうとしています。

何度も逃げようと思った、何度も止めようと思った。それでも諦められなかった。


ただ君に会いたかったから…。


あと少し。けれど、その一歩が何よりも遠い。


次回更新は6月28日(日)19時30分です。

次回もお読みいただけると嬉しいです。

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