表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/77

第Ⅹ話 後編【約束のケーキと再会】其の五


 クリームチーズと混ぜ合わせたカスタードクリーム。そこに立ち上げたメレンゲを少し加え、底から混ぜていく。

 キメ細かなメレンゲが底をかくたびに混ざり、ぽこりと大きな気泡が浮かび上がった。


 メレンゲが混ざったカスタードクリームは、トロリと流れ落ちるほど滑らかだ。残りのメレンゲを上から入れ泡立て器で少し混ぜるとヘラへと持ち替えた。最後の合わせはヘラで折るように重ね、少しずつ合わせていく。

 気泡を潰しすぎても重たくなる。残しすぎても先ほどと同じく上が割れる。

 慎重に……慎重に……。


「——エルネスト様、肩に力が入っておいでです。もう少し柔らかく、手に力は入れませぬよう」

「そうですー、それと笑顔ですー。届けるケーキを難しい顔して作ってたらもらう側も笑顔になれないっておばあちゃんが言ってましたー。伝わるそうですよ、ケーキに込めた想いも……」


 ——笑顔か……。

 ミーナの笑顔を取り戻す為に始めた筈だ。それなのに俺が難しい顔していたらいけないな。

 二人の言葉に俺は肩の力を抜いた。軽くなった腕、ヘラを混ぜるのも滑るように混ぜやすい。

 

「……いいですな」

「えぇ、いい表情をされています」


 二人の会話をうっすらと聞きながら、合わせる手を止めずゆっくりと折り重ねていく——。


「——そろそろか」「そろそろ良いでしょう」「そろそろですー」


 三人の言葉が被り、三人で吹き出して笑った。

 ヘラを持ち上げると、リボンが折り重なるようにゆっくりと流れ落ち、スッと生地に馴染んで消えた。


 準備していた型二つに流し入れると、一度目と高さが違う。膨らみすぎて割れた時よりも少し低い。上手く合わせれたようだ。

 流し終えた型を深い金属盆に並べていると、サルヴァが鍋いっぱいに入れた湯を運んできた。

 鍋を見ると、さっきよりも湯気が少ない気がする。

「割れたケーキを見させていただきました。もしかしたら、少しだけ湯の温度が高かったのやもしれませぬ。先ほどよりもさらに低めにしております。こちらの方が、このケーキには良いかと思われますが、いかがされますか」

「——今持ってきてくれたので良い。サルヴァを信じるよ。それに失敗しても、最後まで手伝ってくれるんだろ?」

 ニヤリと笑いながら二人を見ると、サルヴァは大きく口を開いて笑い、アリーチェは口元を押さえて肩が何度も上がった。

「——これは、一本取られましたな。もちろんです、夜通しでも付き合いましょう」

「もちろんですー、わたしもいつまでもお手伝い致しますー」

「二人とも聞いたからな、失敗しても恨むなよー」


「——二人とも。ありがとう」

 小声で呟くと、アリーチェが「何か言いましたー」と尋ねてきた。

「いや、なんでもないよ。さぁ釜へ入れよう。扉を開けてくれ」


 波立つ金属盆を静かに釜へと入れ扉を閉めた。


     ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「ハァ……ハァ……ハァ」

 昨夜は中々眠りにつけず、気がついたら朝になっていた。街を東へと向かって走り抜ける、片手には大きな袋が一つ。もう片方の手には小さな小袋を握りしめた。

 もう陽は高々と登り、祭りで賑わう街をすり抜けていく。


 ミーナと会えなくなって、もうすぐ一カ月……。

 

 最初は忙しくて会えない、そう思っていた。でも違和感だけが募り、胸の内に不安だけがずっと歩み寄ってくるのを感じていた。でも、気のせいだと自分に言い聞かせ、不安から目を背け逃げ続けたいた。

 二週間前、ミーナが病に倒れ会えないと知った。あの時の俺には余裕があるふりをして、みんなを煙に巻いた。でも二人には伝わっていた。

 ガッチョ……アルテミア……。

 倒れた俺を見つけてくれたのも、二人だ。あんなにも酷いことを言ったのに二人は来てくれた。

 

 それでも俺はまた逃げた。


 二人から……いや、ミーナを助けたいと口では言っていても何もできない。

 そんな自分から……。

 

 あの夜、ソウに出会わなかったら。きっと俺は、今も何も出来ずに、まだ逃げていたかもしれない。

 

 夜明け前に会ったあいつは変な奴だった。

 会話も成り立たない。喋るたびに、俺が何を言うかも知っているみたいに否定し続けた。そんなことは今までにされた事もなく、初めてで少し怖かった。

 ただ助けて欲しかっただけなのに。誰かに答えを教えて欲しかったのに。

 あいつは何一つ教えてくれなかった。

 

 でも、今ならわかる。

 

 あいつの「やってみろよ、自分で」その言葉にかかっていた靄が少しだけ、晴れたから——。



 館に篭り始めは一人で出来ると信じていた。知識はある。でも、それだけで出来るほどケーキは甘くなかった……。

 

 卵すら割れない自分に嫌気をさし、混ぜた腕が痛くて本当はもうやめたかった。

 出来ない自分が……思い通りに出来ない自分が……逃げている自分が……。

 そんな自分が嫌だった。


 でも、逃げたくはもうなかった。逃げたらミーナに会えないそんな気がしていたから。


 諦めずに続けていると、一人また一人と手伝ってくれる人が増えてきた。

 ガッチョにアルテミア。

 ティアも。パームスもガージもペイトも。

 クンパさんもサルヴァも。


 そして、ずっと隣で手伝ってくれたアリーチェも。

 

 みんなが居たからここまで来れた。

 全部ミーナに伝えたい。俺がしてきた事。このケーキに込めた思いも全部——。



 人混みを避け西区の裏路地を走り、ミーナの家の裏手へと回った。


お読みいただきありがとうございます。


卵も上手く割れなかったエルが、多くの人に支えられながらここまで辿り着きました。

一人では出来なかったことも、誰かとなら出来る。


悩み、逃げて、立ち止まりながらも、少しずつ前へ進んできたからこそ辿り着けた場所なのだと思います。


次回の更新は6月22日(月)19時30分です。

その想いがどう届くのか見届けていただけたら嬉しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ