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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅹ話 後編【約束のケーキと再会】其の四


 やっと見つかった配合をもとに、ルセットに書かれているクリームチーズをマスカルポーネを混ぜたものに置き換えた。

 アリーチェがクリームチーズを計っている間に、俺は器具の準備を進める。クリームチーズを室温に置いておく。アリーチェと二人で出た案だが他には何かないか。それを考えていた。


「エルネスト様。失礼ながら私がカスタードクリームを炊きましょうか?」

 

「……なぜだ?俺には出来ないそう言いたいのか」

 サルヴァから急に言われた提案に、棘のある言い方で返してしまった。

「怒るのはごもっともです——ですが、そうではないのです。スフレチーズはカスタードクリームにクリームチーズを混ぜ、さらにメレンゲまで作り合わせないと出来ません。ですが、お一人でカスタードクリームを炊きメレンゲを作っていてはメレンゲと合わせる際にカスタードクリームは冷めてしまう。逆も同じです。先にメレンゲを作ればカスタードを炊いている間に萎んでしまうでしょう……」

「ですから、二人で作り合わせれば良いのではと思ったのです」


 ——そうか。

 一人じゃないとわかっていたのに、また俺は一人でしようとしていたのか……。

 

「——すまなかった。サルヴァがそんな事は言うはずないとは思ってはいたけど、少し辛かったんだ。出来ないと言われたみたいで——」

「そんな事はあるはずがございません。少しですがエルネスト様と共に作る間に、エルネスト様はどんどんと成長なされております。始めは上手く割れなかった卵を持って、厨房へと来られました。あの頃からエルネスト様は、見違えるほど良い表情をされるようになった。……それを無下になど誰が出来ましょうか」


「——失礼いたしました。つい言葉を遮り思いをぶつけてしまいました、お許しを……」


「いや、良いんだ——。サルヴァ、カスタードを任せてもいいかな?」

「承りました、メレンゲに合わせて炊き上げてみせます」

「——頼んだ」


 サルヴァの言葉は俺の背を支えてくれるものだ。一人では上手くいかなくても、二人なら——。

「むふー!ズルいですサルヴァさん!」


 サルヴァの言葉を身に沁みて感じていると、突然アリーチェが怒り出した。

「私が先に、エルさまのお手伝いを始めたのに——もっとエルさまの役に立ちたいですー……」


 ——十分役に立っているんだが……。

 アリーチェには本当にずっと助けられている。疲れて寝てしまう程に手伝ってくれている。

 だが、感謝を伝えてもおそらく納得しない、そんな気がする。何か手伝える事はないか——。


 先ほど、サルヴァが言っていた「二人で作り合わせれば」……。


 ——そうか。


「アリーチェ」

 今にも泣き出しそうな彼女に言葉をかけた。

「次のメレンゲは砂糖を一度で加えようと思う。俺一人では正直腕がキツくて最後まで出来るか不安なんだ。交代でメレンゲを作ってくれないか?」


「エルさま……ぐすっ」

 目元を擦り、アリーチェは何度も頷いた。そして——。

 

「お任せ下さいですー。腕が折れても混ぜ続けますー」


 物騒な事は言わないでほしい。腕が折れるメレンゲ……あまり想像したくないな。



 それぞれが材料と器具を持ち、分かれて作業を始めた。

 サルヴァは先に鍋に入れた牛乳とバニラを温め蒸らし、卵に砂糖とコーンスターチを加えてすり混ぜている。

 俺とアリーチェは卵白に砂糖を全量入れて立て始めた。

 砂糖がボールの底にあたり、ガシャガシャと音が響く。鈍い音が聞こえなくなると、砂糖が溶け卵白に粘り気が出てきた。

 ——ここからだ。

 泡立て器を握りしめ、徐々に混ぜる速度を上げていく。上から下へ空気を含むように——。

「エルさまー肩に力が入り過ぎですー。もう少し力を抜いたほうが混ぜやすいですよー」

 気付かない間に前のめりになり、姿勢が悪くなっていた。

 短く息を吐きなおし、姿勢を上げアリーチェに頷くとアリーチェも同じようにニコニコと笑顔で頷いた。


 軽く泡立て器を握り直すと、またメレンゲへと視線を向け腕を動かした。

 

 どれぐらい経っただろうか、額には汗が滲み腕が重い。メレンゲは白くなり始めているが、まだまだ気泡が荒い。それにさっきよりもメレンゲがズシリと重い。

 ——一度に加えるだけでここまで違うのか……。


「エルさま——そろそろ変わりましょうか?」

「まだ……まだ大丈夫だ。はぁ……いや、やっぱり一度代わってもらえるか……」

「はい、お任せ下さいー」


 泡立て器をボールに刺したまま離し、アリーチェと代わった。アリーチェは勢いよく混ぜ始め、俺とは立てる速さが違う。

 ——やっぱり慣れているだけあるな。

 サルヴァの方を見ると、サルヴァも迷いなく泡立て器を走らせている。カシャカシャと音を立て、カスタードクリームを炊く後ろ姿が、クンパさんと重なり頼もしく見えた。

 

「……ふぅ」

 短く息を吐きだし、また視線をアリーチェの方に戻した。アリーチェは始めと同じ速さのまま腕を動かし、メレンゲを立ち上げ続けている。うりゃーと上げた掛け声とは裏腹に、姿勢は動かさず前屈みにもなっていない。

 

 ——やっぱり違うな……。


 メレンゲは、みるみる内に白さを増していく。荒かった気泡は、もう残っていない。艶が増し、きめ細かくなったメレンゲ。見るからに重さが増し、アリーチェも混ぜるその手を緩めた。すり混ぜるようにゆっくりとボールの縁を滑らせるように泡立て器を走らせている。一度持ち上げ、状態を確認するとアリーチェの手が止まった。

「エルさまー、もう少しなので最後はお願いしますー。もう腕がパンパンで——」

 右腕を振り疲れた顔をしているが、よく見ると汗は一つもかかず息も上がっていない。

「——わかった。最後の仕上げは俺が決めるよ」

 少しだけアリーチェの目が大きく開いた気がするが、すぐに元に戻った。

「はい、サルヴァさんに合わせないといけませんのでーゆっくりでいいですー」

 優しく泡立て器を握ると、ボールの縁をゆっくりと滑らせた。

「サルヴァさーん、どんな感じですー?」

「もう少しで炊き上がる!すぐにそっちに持っていく、場所を開けておいてくれ。それとクリームチーズの準備だ!」

「はい、かしこまりましたー」

「エルネスト様、もう少しで炊き上がります。“セレ”をしてお待ち下さい」

 

 ——セレ?

 セレとはなんだ……聞いた事がない。腕を止めて聞きたい所だが、今止めたらダメだったはずだ。前もそれでボソっと欠けるような状態になった覚えがある。

「エルさまー、メレンゲを全体が同じ状態になるようにー外側から真ん中、真ん中から外側へしっかりと混ぜてくださいー」

 アリーチェはそっと耳元へと近づき、「それをセレって言います。お菓子の用語なのであまり使い所はありませんが」と教えてくれた。


 ——そうか……。

 そんな言葉もあるんだなと二人の知識に、少し驚いた。

 全体を均一に——外から内側へ、内側から外側へと力強くだが立てないようにボールの中で泡立て器を滑らせた。

「エルさまー変わりますよー」

 

 ——ん?まだ、炊き上がっていないはずだが。

 腕を動かしながら、振り向くとサルヴァが丁度火を消しこちらへと向かってくるところだった。

「お待たせ致しました。クリームチーズを合わせるのをお願い出来ますか?」


「あぁ、ありがとう」

 炊き上がったカスタードクリームは、艶がありダマ一つない。卵黄が多いからか自分で炊いたカスタードクリームよりも色が濃い。湯気の上がるカスタードクリームに、準備しておいたクリームチーズを入れると泡立て器を握りしめた。

 鍋を掴むと、違和感を感じた。鍋の側面を見ると、銅色に輝きいつもの鍋よりも重たい。

「サルヴァ、これは?」

「これは銅鍋です。銅の鍋は保温性が高く、カスタードを炊くのに向いていると思い、自前の鍋を持って参りました。重たく扱いにくいですが、慣れれば重宝致します」

「——大事な物なんじゃないのか?」

「そうですね、大切な物ではあります。ですが、エルネスト様のお役に立てるのでしたら、この鍋も喜ぶでしょう。さぁお早く。早く混ぜねば、固まってきてしまいます」


 泡立て器を握りなおし、鍋の縁を沿うようにかき混ぜていく。鍋に入れたクリームチーズは、室温に置いておいたのことが功を奏したのか柔らかく、かき混ぜると簡単に混ざっていった。

 頃合いを見計らい、アリーチェが出来上がったメレンゲを持って隣へとやってきた。ボールを覗くと、セレをしたからか、キメが細かく伸びのあるメレンゲ。艶やかに輝きを放っていた。


「あとはエルさまにお任せしますー」

「そうですな、最後はご自身で仕上げられるのがよろしいでしょう」


 二人は口を揃えて、俺の背を押してくれた。二人がいなかったらここまで出来たかも怪しい。

 

 これで最後だ……。

 

 今度こそ成功させる。二人の想いも胸に泡立て器を強く握りしめた。




お読みいただきありがとうございます。


誰かのために頑張ること。誰かに頼ること。

どちらも簡単なようで難しいものだと思います。

どれだけ頑張っていても、一人では届かない場所がある。


次回更新は6月20日(土)19時30分です。

次回も引き続きお読みいただけると嬉しいです。

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