第Ⅹ話 後編【約束のケーキと再会】其の三
マスカルポーネ聞いた事はあるが、どんな物なのか見た事がない。アリーチェの方へ向くと、彼女も知らないのか首を横へと振っている。
「——マスカルポーネは、材料は違いますがクリームチーズと同じように作られる物です。クリームチーズよりも柔らかく、立てた生クリームよりも硬いくて伸びのある物です」
持ってきていた荷物から器を取り出し、作業台へと置いた。蓋を開けると白く平らなクリームチーズのような物が入っていた。
「これがマスカルポーネなのか?」
「はい、一度香りを嗅いでみていただけますか?」
「——わかった」
鼻を近づけ、鼻から香りを吸い込むと一度首を傾げた。
——ん?
もう一度、今度は大きく息を吸い込むと、微かに生クリームのような優しい乳の香りを感じた。
「——香りはそこまでございません。ですが、クリームチーズのようなツンと刺すような香りは感じられないと思います」
「あぁ……だが、香りが弱過ぎないか?」
「本当ですー香りがほとんどないですねー」
サルヴァの話を聞きながら、隣で嗅いでいたアリーチェも同じように首を傾げていた。
「では、今度は味をお確かめいただけますか?」
サルヴァが小さなスプーンを二つ取り出すと、俺とアリーチェに渡した。
受け取ったスプーンを、見るからに硬そうなマスカルポーネを突き刺すと、スプーンは簡単にズブリと刺さった。
刺したスプーンを引き抜くと、スプーンにまとわりつきながら少しだけ伸びて、ちぎれた。
サルヴァに勧められるまま、スプーンを持ち上げマスカルポーネを一匙口へと運んだ。
口へと入れたマスカルポーネは、舌にまとわりつくように柔らかく、鼻から抜けるミルクの香りがかなり濃い。
クリームチーズのような酸味もほとんど感じない。芳醇なミルク感とでも言えばいいのか、濃縮したミルクの塊を食べたようだった。
——あぁ……これだ。
この味はミーナが好きな味だ。
……そう思ったのだが、舌に残る違和感がどうにも気になりサルヴァに尋ねた。
「このマスカルポーネなんだけど、味は求めていた物だ。でもこの舌触り——ザラザラとしたのが残るのはこんな物なのか?」
「えぇ……味はおそらくエルネストさまが求められている物だと推測してお持ちしましたが、舌触りにおいてはこちらで間違いはございません」
「それなら使えないのか……」
「——いえ、そうとも言えないのです」
「このマスカルポーネとクリームチーズを合わせてはいかがでしょうか」
合わせる……クリームチーズとマスカルポーネを合わせたら——。頭の中で二つを混ぜ合わせてみる。
「そうか……そう言う事か——二つを合わせたら、もしかしたらミーナが好きな味に仕上がるかもしれない」
「おっしゃる通りです。一つで無理なら二つならと考えました。二つを混ぜるのは簡単です。ですが、限られた時間でどこまで理想に近づけるかは……」
サルヴァはそこで言葉を止めた。
間に合うかどうかは運次第。そう言う事なんだろう。一つ一つ量を調整して焼く事は出来る。だが、それをしている時間も、材料もそこまでは残っていない。
——どうすればいい。
頭を働かせ二人で悩んだが、サルヴァからも良い案は出なかった。刻一刻と進む時計の針に焦りだけが募っていく。
「エルさまー、アーンして下さい」
時計を見ていた所にヌッとスプーンが出てきて、何を……と口を開くとスプーンが口へと入れられた。
「何して……あれ、これはまだ酸味があるけど舌触りも気にならない。アリーチェ何をしたんだ?」
スプーンを咥えたまま隣に立っていたアリーチェの方を見ると、スプーンを片手に顎に手を当てていた。
「うーん。それならー酸味を抑えて——これぐらいでしょうか?」
黙ってアリーチェの行動を見ていると、クリームチーズを七割それにマスカルポーネを三割ぐらい加えて混ぜ始めた。
「はい、もう一回アーンして下さいー」
少し恥ずかしいが、大人しく口を開けるとまたスプーンを入れられた。今度はミルクの感じはかなり濃い。酸味はほとんど感じられないが、舌触りが少しだけザラリとした。
「少しだけ舌触りが気になる……でも、何してるんだ?」
材料もそこまで残っていないのに遊ぶなんてと思ったが、アリーチェの表情はいたって真面目だ。
「ケーキにしなくても、こうやって混ぜれば味がわかるじゃないですかー?それなら良い感じの配合が少ない量で確認出来ますー」
サルヴァと顔を見合わせ、二人でポカンと口を開いて驚いた。
——そうか、そんな方法もあったんだ。
「アリーチェ、よくやってくれた。それなら次はもう少しザラつきをなんとかしたい。合わせてみてくれるか?」
「お任せくださいですー」
アリーチェがクリームチーズとマスカルポーネ、その割合を少しずつ変えて混ぜ合わていく。
混ぜ合わせては食べさせてくる、それはかなり恥ずかしかった……。
何度も試食していると、ネトリとしたクリームチーズで舌が鈍くなっていくのがわかる。味を探りながら何度も水を飲み、また試食を繰り返した。辛かったが止めるわけにはいかない。
ミーナが好む味を知っているのは俺しかいないんだ。
ミーナの好む味。それだけに集中して味見を繰り返すと、やっと良さそうな配合を見つける事が出来た。
お読みいただきありがとうございます。
理想の味へ辿り着くための最後の材料。そして、ようやく見つかった一筋の可能性。
知識や技術だけでは辿り着けない答えもある。
次回更新は6月18日(木)19時30分です。
いざ、約束のケーキ作りへ…。
次もお読みいただけると嬉しいです。




