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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅸ話 後編【スフレチーズと友愛の先】其の四


 黙って聞いていたクンパさんの鼻が少し動いた。

「婆さん……この匂いはなんなのだ?」

「いつもと変わらない寂れた匂いだよ。なんだい、皮肉かい?」

 また、鼻を動かした。

「そうじゃないのだ。バニラの様でバニラじゃない香り……甘い香りに妖艶さを纏っている。そんな香りなのだ――」


 視線が俺の方へと向けられた。

「エル何か持っているのだ?」

 俺が持っている物なんて……。ズボンに手を当てると、銀貨と金貨の入った財布。それともう一つ、小さな膨らみに手があたり、小袋を取り出した。

 ――急いでいたから、持って来てしまったのか。


 小袋を開くと、中にはトンカ豆が九つ。一つはさっき砕いてしまった。

「それは、もしやトンカ豆なのだ!」

「……どうしてエルが持っているのだ。トンカ豆はⅥの国でしか作られていない物なのだ。僕様もずっと欲しいとは思っていたが、手に入らなかったのだ――」

「エル!どこで手に入れたのだ、教えるのだ!」

 両手で肩を掴まれ、ユサユサと揺さぶられながら口を開いた。

「――薬市で、並んでいました」

「薬市!そこは見ていなかったのだ……。まだ、あったのだ?」


 さっき館を出た時、薬市の前を抜けたがあの怪しげな店はなくなっていた。

 それを伝えると、クンパさんはその場に座り込んだ。

「なんてことなのだ……。来年まで持ち越しなの――」

 言葉を途中で止め、クンパさんがこちらをチラリと見た。

「――そうなのだ……そうなのだ、エル!トンカ豆とバニラを交換するのはどうなのだ?」

「それなら、エルもバニラを使えるし、僕様は新しいケーキに挑戦出来るのだ!お互いに徳しかないのだ」


 願ってもない提案だ。俺ではトンカ豆を使いこなせそうにない……。でも、クンパさんに迷惑をかけるのではと少し疑った。


「トンカ豆一つに対してバニラを一本――いや、二本でどうなのだ?」

「僕様もそれ以上は出せないのだ」


 ――トンカ豆一粒でバニラが二本!

 市場で売られていたバニラは十本で銀貨一枚だった。確か、トンカ豆も価格はそれと同じぐらいだったはず。


「――それなら、トンカ豆八つとバニラを八本を交換してもらえますか?」

「――ん?なんでなのだ、それだとエルが損をしてしまうのだ。トンカ豆はその希少性から、それぐらいしたはずなのだ?」

「はい。ですから、お願いがあります――」

 クンパさんは少し身構え、続きを待ってるみたいだ。

「――わからない事があったら……また聞きに行ってもいいですか?」


「ガッハッハッハッハ。そんなの良いに決まってるのだ」

 大きな口を開けて笑い、スッと元の表情へと戻った。

 

「――エルは正直者なのだ。それでは商売人にはなれそうにないのだ。だが、エルの気持ちはありがたく受け取るのだ、わからない事があれば、尋ねてくれば応えるのを約束するのだ」

 クンパさんはにこやかに笑い、トンカ豆八つとバニラ八本を交換した。

「それにしても、どうして一粒だけ持っておくのだ?」

「はい、買った屋台で店主に言われたんです。向こうでは幸運のお守りとして売られているって。だから、遠くに行く友達に渡したいんです……」

「お守りなのに、渡してしまったらエルの分がなくなるのだ?」

 

「僕はもう十分なほど、幸運をもらいましたから」

 ニコリと笑顔を浮かべた。


    ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 材料屋でクンパさんと別れ、館への帰路を急いだ。もうすぐ正午をまわる。早く作らないと、明日までに――。


 港から教会へと登る大通りはやはり人が多い。バニラと材料屋で買った紙を落とさない様に抱え、手には残ったトンカ豆の入った小袋を握りしめ、人波に揉まれながら進んだ。

 少し時間はかかったが無事に館へと着くと、その足で離れへと向かう。


 アリーチェには休んでいてくれと言っておいたが、おそらく準備しているだろう。そう思えるほど、菓子作りにおいてはかなり優秀だ、本当に助かっている。

 離れの厨房の扉を開けアリーチェを呼んだ。

 「アリーチェ、遅くなった。今か――ら?」


 窓際の椅子に腰掛け、窓台にもたれて眠っていた。

 

「……そうか」

 無理していたのは俺だけじゃなかったんだ……。離れに来た時には、窯にはいつも熱が灯り床は磨かれていた。俺には先に寝て下さいと言って、その後も片付けや卵などの材料も補充していてくれたのかもしれない。

 アリーチェは俺を手伝い、支えてくれていたんだ……。

 

「……少しゆっくりしててくれ。また、起きたら手伝ってくれるか?」

 返事のないアリーチェに静かに声をかけ、窓台にトンカ豆の入った小袋を置いた。


 あれが幸運のお守りなら、夢の中だけでもアリーチェに何か分け与えて欲しい。そう心で願い、そっとケットを掛けた。



「ん……んー……あれ、エルネスト様――」

「おはよう、アリーチェ」

 俺と目が合うと、ハッとした表情を浮かべ立ち上がった。

「申し訳ありません!いつの間にか寝てしまっておりました……」

 頭を下げたアリーチェが、いつものアリーチェじゃないみたいに、言葉使いが丁寧だ。

「ハハッ。どうしたんだ、いつもみたいに話してくれよ。寝ぼけてるのか?」

「――寝ぼけてたみたいですー」

 へへへっと笑うアリーチェが普段通りに戻った。



 

読んでいただきありがとうございます。


ようやく手に入ったバニラ。

けれど今回描きたかったのは、材料そのものよりも「人から受け取ったもの」だったりします。


誰かに助けられたり、教えてもらったり、支えてもらったり。

エルは少しずつですが、そうしたものの価値に気付き始めています。


明日の更新はお休みです。

次回更新は6月2日19時30分。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。


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