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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅸ話 後編【スフレチーズと友愛の先】其の三


 アリーチェには、帰って来たら作るからそれまで休んでいてくれと言い残して、急いで街へと飛び出した。

 

 ――あそこなら売っているはずだ。

 

 なぜ最初から探さなかったんだ。材料屋ならあるかもしれないのに。

 材料屋では違う物に目がいき、バニラを探していなかった。

 

 ――二回も行ったのに見てなかったなんて、くそっ。

 心の中で悪態をつきながら、材料屋を目指した。


 街は祝願祭初日の様な賑わいを見せている。人の数は多く、進むのも難しい。人の少ない西区でこれなら、中央に行くほど人は増えそうだ。頭の中にポルトの地図を広げ、脇街へと入った。

 遠回りだが、一度南区へ抜けてから行こう。そうすれば人も少ないはずだ。予想通り人通りはなく、誰も歩いていない。街の裏路地を急いで駆け抜ける。

 あそこの角は左、次の分かれ道は右……。


 地図を思い出しながら、何度も走った道を進んだ。だが、どことなく最近同じ道を走った覚えがあり足を止めた。


「ハァ……ハァ……」

 足元を見ると、青緑色した滑る石。近くには乾いていない水溜り……。視線を上げると、視界の端で、何かがこちらへ伸びた気がして思わず身を引いた。

 だが、避けた先を見ても何もない。


 ――今のは……。


 息を整えながら少し歩くと、また分かれ道がある。左には積まれた木箱や樽で路地は埋まり、右にはまた先で広がる分かれ道。右に踏み込んだ足が泥濘へと沈み、壁に先の尖った模様を描いた。


 ここで右に行けば勝てたのかもな……。祝願祭の初日、ミーナに追われていた時の事を思い出した。

 無我夢中で逃げた。いつもの遊び、いつもの日常……。

 

 俺は街の至る所で、ミーナの面影を探していたんだ。夢で出て来たミーナ。でも、あの記憶はない。一緒に並んだ覚えもある、それにあの会話も。

 ただ、夢の中でミーナが言った、もう少しだね。あの言葉の意味は、まだ靄がかかっている様にはっきりとは見えてはいない。

 ――もう、少しでわかるのか……。

 

 そこらに溢れるミーナとの思い出の欠片が繋ぎ合わせた日常。それを俺は取り戻したい。そう改めて思い、裏路地を進んだ。

 


    ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 港に近づくと、今日は潮の香りが強く感じる。風も弱く穏やかだ。

 裏路地を抜けた南区も人で溢れ、走ることも出来ずに随分と時間がかかった。南通りを渡り、また裏路地に抜けると人も少なくなり、また走った。そうして、なんとか港の近くまで抜けて来られた。

 

 ――まっすぐ来ても変わらなかったかもな。

 思っていたよりも大通りに人が多く、回り道をした意味があったのかはわからない。でも、不思議と足はさっきより軽かった。

 

 材料屋に来るのはこれで三度目だ。

 三度目ともなると店の場所もわかっている。街灯がチチチチッと鳴く、あそこが材料屋の入り口だ。

 入る前に上がる息を整え横に開く戸を開けた。すると中からいつもの調子で声がかかる。

 

「いらっしゃい。おや、またあんたかい」

 開けていた戸から少しだけ風が流れ込み、小麦粉がフワリと舞い香りが届いた。静かに戸を閉めると、老婆はいつもの様に灯りをつけて回る。すると室内がぽわりと明るくなった。

「――それで、今日は何を買いに来たんだい」

「バニラはありませんか?」


「バニラかい……あるにはあるんだけどね」

 老婆は言葉を止めた。

 やっぱりここにあった。初めから聞いていればよかったなと思い言葉の続きを待つが、話し始める気配はない。

「――あの。あるなら買いたいんですけど……」

「――バニラは予約してるのしかないのさね。数ヶ月に一度しか届かないから、みんな待ってるだよ」


 ――そんな……。

「残ってるのは大口の予約分で、もうすぐ取りに来るはずだよ」

 その時、扉が開いた。外の眩しさに、入って来た人が大柄な人としかわからない。

「来たみたいだね」

「――婆さん、バニラは届いているのだ?」


 この声に聞き覚えがある。

「ん、エルなのだ?こんな寂れた店で会うとは珍しいのだ」

「うるさいね、一言余計だよ」

「言葉のあやなのだ。許すのだ」


 店に入って来たのはクンパさんだった。

「クンパさん!じゃあバニラを予約したのって――」

「エルもバニラを買いに来たのだ?この街でバニラを買うなら、この店しか売ってないのだ。よく見つけたのだ」

 クンパさんはにこやかに笑うが、ここでしか売ってない。その言葉が棘の様に刺さった。


「――どうしたのだ?」

 顔に出ていたのか、心配そうに尋ねられた。見かねた老婆が口を開く。

「――もう、あんたの予約分しか残ってないのさね……」

「なるほどなのだ。エルも知る顔だし、少しなら分けてやるのだ」

 クンパさんの言葉はありがたい。でも、以前言われた事を思い出した。

「……大丈夫です。だって、バニラはクンパさんが予約して待っていたんですよね?それってお店で使うからじゃないんですか?」

「そうなのだ。だから、少しなら分けてやれるのだ」

「――あんた。嘘を言うもんじゃないよ。分けてやれるほどあんたの店は暇なのかい?いつも、足りないって嘆いているさね……」

「婆さんは黙っているのだ!」

 クンパさんは口調を荒げた。


 ――やっぱり……。

 クンパッパは、ポルトでも有名な店だ。いつもミーナに連れられて行っていたけど、店先には必ず列を成していた。

「前にクンパさんは言いました。金の価値がわかってない奴が偉そうにするなって」

「……僕にはまだ、その価値がわかりません。稼いだ事もないから苦労も知らない。それなのに受け取るわけにはいきません」


「エル……」

 拙い言葉だったけど、クンパさんには伝わったみたいだ。バニラは正直惜しい、クンパさんの言葉もすごくありがたい。でも、それで作ってミーナに届けても、自分が許せない。

 少しだけど、稼ぐ為の苦労はクンパさんに教えてもらった気がする。技術と知識を磨いて、そうやって店を……奥さんと作り上げて来たんだ。それを脅かす様なことはしたくなかった。


 

 

読んでいただきありがとうございます。


急ぎながらも街の中に残るミーナとの思い出を辿る、そんなエルを描きました。

裏路地や港、材料屋――エルにとって見慣れた景色の中に、少しずつ変化していく感情。

少しだけど大人になるための必死の背伸び。子供ならではの、がむしゃらで素直な気持ちを感じてもらえたら嬉しいです。


次回更新は5月31日19時30分です。

少しずつ繋がっていく物語を、引き続き楽しんでいただけたら幸いです。


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