第Ⅸ話 前編【スフレチーズと友愛の先】其の三
スフレチーズの作り方を読むと、今まで作ってきたシフォンケーキとカスタードクリームにクリームチーズを合わせたような物だった。
アリーチェが上級者向けというのも理解できる。別々でもあれほど苦労していた物を合わせて作り上げるなんて、本当に出来るのか……。
新しく増えた材料は二つ、とうもろこしの粉とクリームチーズだ。両方とも聞いた事がない。
港を出る時にも確認したが、多分あると思い買いに行かなかった。アリーチェにも探してもらったが、両方とも離れの厨房には見当たらなかった。
「エルさまーどうしますかー?」
「――クリームチーズはパームスが来てから聞くとしても、とうもろこしの粉がよくわからない」
「アリーチェは知らないか?」
「んーわからないですー」
とうもろこしが採れるのはまだ先だ。とてもじゃないがミーナが行ってからになる。――それでは間に合わない。
ソウがその事を知らなかった。……いや、今までのルセットでわかるように、あいつは知っているはずだ。
バニラだって、使いかけとはいえ見つかったんだ。この街のどこかにある……それがどこにあるのかはわからないが。
クンパさんに聞きにいくか?ソウとも顔見知りのようだし知ってると思う。
でも……。いや、やっぱり駄目だ。
今から聞きに行くのは迷惑になりかねない。何よりあの行列を並んでいる時間も今は惜しい。行くなら夕方、出来なかった時に考えよう。
そしてもう一つ。ルセットには、クリームチーズが決め手と小さく書かれている。これが何を意味しているのかわからない。クリームチーズなら北区に行けば並んでいるはずだ。
それが決め手……どういう意味だ。
「エルさまー今日は聞かないんですー?」
ルセットを見ながら決め手の意味を考えていると、アリーチェが話しかけてきた。頼んでいた、計量も二つを残して終わっている。
「――何をだ?」
「ですからー何がわからなかったんだー?って」
そうだ、アリーチュのわからないは、違う事がわかる事がほとんどだった。
――いやそこまでわかってるなら、聞かなくても答えて欲しいものだが。
いつもと変わらないアリーチェに、少しだけ落ち着いた気がした。焦っていたつもりはなかったが、視野が狭くなっていたのかもしれない。
「――アリーチェ、何がわからなかったんだ?」
「はいー、とうもろこし粉がわからなかったんですー」
――ん?
「それはそのままじゃないか?」
「そうなんですけどー違うというかー」
アリーチェは、何を言っているんだ。疑問が深まった。
「とうもろこし粉って、違う呼び方なら知ってるなーと思ったんですー。エルさまも知ってると思いますー」
違う呼び方?とうもろこし……コーン。
――そうかっ。
「思い出したみたいですー。コーンスターチは確かー原料がとうもろこしだった気がしますー」
そうだ。クンパさんがクレームパティシエールを炊く時にそんな事を言っていた。しっかりしたパティシエールなら小麦粉を使うが、場合によってコーンスターチを使う時もあるって。
「アリーチェ、コーンスターチはここにあるか?」
「こっちの材料庫にはなさそうですー」
「そうか……どこに売ってるか知らないか」
「んー買う必要あるですー?」
「――いや、それはないと困るっていうか……ないと作れないじゃないか」
「それなら買わなくてもー、本邸の調理場ならあると思いますー」
――それを早く言ってくれ。
アリーチェに頼み、本邸の調理場からコーンスターチを取ってきてもらった。料理長の許可もとっているらしい。
「あとはクリームチーズだが……」
クリームチーズが決め手とは一体何の事だ。アリーチェに聞いても、首を傾げていた。
考えてもわからないのは仕方ない。時間は惜しいが、パームスを待つしかなさそうだ。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
みんなが続々と集まってきてくれた。後はパームスとペイトだけだが……。ペイトが遅いのが少しだけ気がかりだ。本の中に何か見つけることでも出来たのだろうか。
「遅くなった〜エル君これ〜頼まれたクリームチーズだよ〜」
みんなが俺の方を向いた。視線がぶつかるが思い当たる物がなく首を振った。俺はまだパームスに頼んでいない。
「――誰に頼まれたんだ?」
「え〜言ってなかったっけ〜。あれ〜それは夢の中だったかな〜?」
相変わらず、パームスの夢は怖いな。何でもわかってるみたいだ。
「ごめんなさい……遅くなったわ」
パームスから遅れて、ペイトがやって来た。
「――何かわかったのか?」
「えぇ……」
ペイトの表情がすぐれない。続く言葉を言いあぐねているように黙ったままだ。声をかけようとすると、ガッチョが割って入って来た。
「それよりエル、昨日は渡せたのか?どうだった、ミーナは喜んだんじゃないか?」
五人が嬉しそうな表情を浮かべて俺を見ている。
「ごめん……渡せ――渡さなかった」
「えっ、どうして?エルだってあれで完成だって言ってたのに……」
今から言うことはみんな辛いと思う。それでも嘘をつく事は出来ない。――俺は覚悟を決めた。
「辛い話になるけど聞いて欲しい」
読んでいただきありがとうございます。
ソウの言葉、アリーチェの手助け、みんなの想い。
それらを受け取った上で、エルがどう答えを出すのか、
見届けてもらえたら嬉しいです。
次回更新は5月27日19時30分です。
次回も引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




