第Ⅸ話 前編【スフレチーズと友愛の先】其の二
「エルお前、そもそも何のために嬢ちゃんにケーキ届けるつもりだったんだ」
ミーナの事は話していないはずだ。なのに、また知っているような口ぶりだ。
「食べられるものを――」
「違う」
くそっ、まだ言い切ってもないのに。
「……笑顔にさせる物を――」
「なんでお前が笑顔にさせたい」
なぜ?そんなの知らない。ただ一緒に笑ってほし……。
「わかったみたいだな」
へっへっへと奇妙な笑い声を聞きながら顔を背けた。
こんな奴にわからされるなんて、癪に障る。
でも、この気持ちははっきりと分かった。俺がミーナを笑顔にしたい理由も――。
「それで間に合わないのか?」
「ふざけるな。――間に合わせるんだよ」
「そうか――」
それだけ言うと、また木箱の下へとソウは入っていった。木箱を降り、館へと戻ろうと思った時だ。ソウが木箱から顔を出し何かを差し出した。
――紙?
受け取ると、そこに書かれていたのはルセット。スフレチーズと書かれている。
「――これは?」
「これなら、食べられるかもな」
なぜ知っているかはもう聞かない。このルセットに書かれていた文字に見覚えがあったからだ。
「お前だったんだな……」
「知らねーな」どことなく嬉しそうな表情を浮かべ、そろそろ起きる時間だ。と木箱の中へと消えていった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
日が昇る前に港を離れ、館へと目指し走った。
貰ったルセットに軽く目を通したが、確実にシフォンケーキよりも難しい。わからない文言も多かったが、それだけは間違いない。
幸いにも書いてあった材料は離れにあったはずだ。窯に火をつけ、生地を作るだけでも正午は過ぎそうだ。それなら少しでも早く帰らなければと、気が付いたら走り出していた。
教会へと続く長い坂を上りきると、朝日の柔らかい日差しが足元を照らした。スッと伸びた影が、自分よりも少し先で動いている。
影が先を行き、追いかける俺は肩で息をした。しばらく西区を走っていると、西区の端館が見えてきた。
まだ時間も早い。おそらくみんなが起き始める頃だ。
出来るだけ静かに離れへと向かい、作り始めなければと思った時だ。鉄門のそばに一人立っているのが見える。
この時間、衛兵は内側の小屋から門を見張っているはずだ。外に人が出ているはずはないのに……。
近づいてみると、メイド服を着た女性。アリーチェの姿がそこにはあった。
「エルさまーお帰りなさいませー」
「ハァッ……ハァッ、アリーチェ……ハァッ、どうして」
息切れしながら訪ねると、アリーチェは嬉しそうに笑顔を浮かべ答えた。
「――エルさまならーきっと、もう一度ケーキを作るって信じてましたー。離れの窯も準備出来てますー」
「そうか……助かった、今から作る。手伝ってくれるか」
「はい、精一杯お手伝いします―」
二人で離れへと向かった。
厨房に着くと、ルセットを広げアリーチェにも見てもらう。
「エルネス……コホン。エルさまー……正気ですかー?」
呼ばれ慣れない、アリーチェの呼び方に違和感を覚えるが、今は忘れてルセットに目を落とし話を続けた。
「……難しいのか?」
アリーチェが頭を縦にブンブンと振っている。
「シフォンケーキが初級ならー、これは上級だと思いますー」
改めて言われると、かなり難しいようだ。ソウとの別れぎわ、捨て台詞のように言われたのが「まぁー作れそうなら頑張れ、厳しかったらクンパに聞いてみな」だった。クンパさんとも知り合いだったのか……。
材料屋、屋台、ケーキ屋――思い返せば、妙なところでいつもソウが絡んでいた気がする。
ソウの行動は意味がわからないが、そんなことよりも今はケーキだ。
「アリーチェ、このケーキは俺に作れるか?」作れると思うかとは聞かなかった。
「正直わからないです……。でもー、エルさまが作るとおっしゃるならー、精一杯努めますー」
――俺次第か……。
ソウに言われて困惑した言葉 「やらない理由は揃ってる。助けない理由もな」。
でも、やらない理由も助けない理由も今の俺にはない。
ルセットに目を通していくと、今までよりも材料も工程も多い。出来るか出来ないかで迷っている時間もなさそうだ……。
「誰も困らねえ。お前も、楽なままだ」
あの日、初めてソウに会った日。あいつは、わかっていたのかもしれない。作り始めれば、きっとまた誰かを巻き込む。それでもやるのかと、あいつは聞いていたのかもしれない。
でも、みんなが助けてくれるって今ならわかるから――俺もみんなに応えたい。
「アリーチェ――今から作る。計量を頼めるか?」
まっすぐにアリーチェに目を向け頼むと、アリーチェもそれに応えまっすぐに視線を送り返してきた。
「かしこまりましたー。お任せくださいエルさまー」
読んでいただきありがとうございます。
「間に合わなかった」
そう思って立ち止まっていたエルですが、
ソウとの会話を通して、少しだけ前へ進めた気がします。
誰かを笑顔にしたい。
その気持ちに気付いた時、エルの作るケーキもまた変わっていくのかもしれません。
次回更新は5月26日19時30分です。
次回もお付き合いいただけると嬉しいです。




