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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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閑話【カリス辺境伯家】其のニ


 

 当初の予定から変更する事にはなったが、お気に召していただけたようだ。エルネスト様が夕食に舌鼓を打たれていた。それに私の料理についても興味ありげに耳を傾けられ、私も楽しみながら会話が弾んだ。

 カフェオレを飲み終わると席を立たれ、自室へと向かわれたようだ。だが、お渡ししたすり鉢とすりこぎを見ると、「これなら――」と小さく呟いていた。おそらく離れで何かされるのであろうな。あまり根を詰めずに、早く寝て欲しいものだが……。


 飲み終えたカップを下げながら、会話を思い出していた。

 些細な事だが、今までなかった事に驚きを隠せなかった。先程も厨房でキース殿が来るまで会話を重ねたが、いつもの様子とは違い、実に子供らしい表情でお聞きになり、疑問があればその都度聞かれ、それに答えた。


 今朝も早朝から姿を見せず捜索隊を収集したと話には聞いていたが、その時に何かあったのであろうか……。

 会話の流れから、何かケーキをお作りになっているようだと推測は出来た。そして、時折見せた表情にわからないところがあるのではと感じた。

 私もデザートとしてなら基本的な知識を持っている。だが、専門的な物になると私では難しい所もある。

 誰か適任な者がいればと厨房の者を思い浮かべたが、ほとんどの者がエルネスト様と面識が薄い。

 ――さて、どうしたものか……。


「料理長、先ほどの調理器具はバニラを擦り混ぜて潰せるのですか?」

 隣は給仕補助のメイド、今日は確か新人のアリーチュだったか。

「そのはずだ。上手くいけば良いのだが――」

「……そうですね、バニラは一度乾燥すると、かなりの硬さになります。それが潰せれば良いのですが――」


 このメイドはバニラを知っているのか。

「アリーチュ、お前もしかして菓子作りをした事があるのか?」

 私の問いに不思議な表情を浮かべたアリーチュが、「はい」と短く応えた。こんな近くにいたとは、なんと僥倖だ。メイドならばエルネスト様と触れ合う機会も多い。それに今、館に残っているメイド数名はエルネスト様の専属だ、顔もしれているはずだ。

 

「アリーチュ。今か……いや、明日の朝からエルネスト様の手伝いをしてきてくれ。おそらく菓子作りをしているはずなのだ」

「――それは構いませんが、キース様がなんと言うか……」

「そちらは私が受け持とう。今晩中にキース殿を説得し許可を得ておく。アリーチュ、明日の朝から頼む」


「承りました。それと――“アリーチェ”です」


「……すまん」


   ♠♤♠♤♠♤


 

 ――エヴァルト様も無理を言うものだ。


 手紙を受け取りに、二つ先の他領の街まで来いとは。そんなところまで行こうと思えば二日もかかってしまう。

 伝書鳥の運んできた文には走り書きで、急を要すると書いてあった。それだけ、急げという事だろうか……。

 

 およそ二日の行程を早馬を乗り継ぎ、一日とかからずに駆け抜けた。受け取った私宛の文にはグスターヴォに直接届けよと仰せだ。

 

 エヴァルト様とグスターヴォ殿は古い友人だ。それを館で知るものは私しかいない。それほどの文ならば私が指名されるのも理解できる。

 もっとも私もエヴァルト様の専属となった父――先代の執事長から聞いていなければ知らなかった事だが……。


 受け取ったのは三つ、一つは先ほど開けた私宛の文。二つ目は封がされたグスターヴォ殿宛の文のようだ。それともう一つは……裏に書かれた押印を見て私は固まった。

 

 王印の打たれた封書。そんなものは今までに見たこともない。何より表書きには【高速船使用許可書】と書かれている。

 何があったのかは知るよしもないが、エヴァルト様ですら乗ったことの無いような船に庶民を乗せる。


 ポルトを出る時から感じていた胸騒ぎが強まった。

 帰路を急がねばならない。そんな気がして、休む間もなくカリス領へと向け馬を走らせた。


 馬を二頭乗り継ぎ夜間も駆ける予定だったが、カリス領から流れてきた雨雲に捕まり、一晩街で足止めをくらった。だが、それでも往復三日の行程を一日半で帰って来る事が出来た。

 街に着くと祭りを楽しむ者たちで路地は溢れている。人混みを抜け、文を持って急ぎヴィターリ家へと向かった。

 取り次ぎを依頼したが、グスターヴォ殿の姿はない。


 対応した老婆の様子が少し妙だ。家の中も何やら不穏な空気で埋め尽くされている気がする。

 

 仕方なく表通りのヴィターリ商会へ向かうが、こちらもどこかおかしい。妙に慌しく、芯が抜けている感じだ。


 しばらく待っていると、グスターヴォ殿が扉を開け出てきた。その顔はいつもとあまりに違う。別人かと見間違うほど憔悴しきっていた。

「こちらがエヴァルト様から届いた文でございます。ご確認を――」

「あぁ、確認させていただく」


 文を開いたグスターヴォ殿は、読み上げるとその場に崩れた。肩を揺らし何度も感謝の言葉を文に向けて呟いた。


 顔を上げるまで少しの間だったが、上げた目つきに光が宿っていた。何を書かれていたかは知り得ないが、もう一つの文とその目を見れば望んでいた以上のもののようだ。高速船など、少なくても三つは先の国へ渡る際に使う。いったい、どこまで何をしに行かれるおつもりなのか――。

 

 街に帰ってきてからも胸騒ぎが治らない。この文ではなかったのだろうか。


 高速船の使用許可書について、少しだがグスターヴォ殿に文の内容を聞くことが出来た。

 何かを隠しているのは感じるが、さすがは商人だ。話を向けても、グスターヴォ殿は巧みに商売の話へと流してしまう。こちらも探りを入れたつもりだったが、一枚上手だった。

 

 だが最後、別れ際に言った言葉が妙に気になる。

 グスターヴォ殿は「……これで助かるかもしれない」そうおっしゃっていた。


 何事も無いように戻って行かれたが、その言葉がどうにも気がかりだ。

 気がかりといえばエルネスト様は、この事を知っているのかどうか……。愛妻家のグスターヴォ殿だ家族を置いていくとは考えづらい。


 領主館に近づくと、ざわりと肌が粟だった。

 ポルトに着くと南門を潜る際に、館に帰還の知らせを届けさせたのだが――鉄門で執事見習いとメイドが集まって何やら慌ただしい。領主館に勤めるものとしての再教育が必要なようですね――。

 

 「何を騒いでいるのです?」

 「――キース様!エルネスト様がお倒れに――」



 ――胸騒ぎの正体はこれだったか……。

 

 

    ♠♤♠♤♠♤



 

お読みいただきありがとうございます。


あの時、裏では何が起きていたのか。今回はそんな話でした。

誰かが走り、誰かが悩み、誰かが支えようとしていた。

けれど、それでも間に合わなかった。


今回の閑話は過去話の裏側を別視点で描いています。

第八話、第六話、そして雨の日の出来事。


次回は本編の第Ⅸ話に戻ります。

次回更新は5月24日19時30分です。


引き続き読んでいただけたら嬉しいです。


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