第Ⅷ話 前編【クレームパティシエールと絶望】其の二
「これエル兄ちゃんが、作ったの?売り物みたいだけど……」
「あぁ、ミーナに届けようと思って、みんなが来るまでに作っておいたんだ。アリーチェにも手伝って貰ったが――」
湯を沸かしているアリーチェの方へ向くと、六人の視線が揃ってアリーチェへ向いた。
「私は口を出しただけですー。作られたのはエルさまですよー」ニコリと笑みを浮かべた。
「前のも美味かったけどな――なあ?」
「えぇ。エルが作ったなんて信じられなかったもの」
ガッチョとアルテミアは昨日作った物を先に口にしている。二人は美味しいと言ってくれたが、何かが足りない。
新しく焼いたミルクシフォンの方がミーナの好む味だとは思うけど、どうだろうな。誰かが俺の感じている物をわかってくれたら助かるんだが……。
六人はまじまじとケーキを見つめるだけで、中々食べようとしない。
「――どうしたんだ。食べてくれていいんだ。それとも何か、おかしなところでもあったか?」
六人が顔を見合わせて、ガッチョが口を開いた。
「いや、そうじゃねぇよ――このシフォンからすげー良い香りがして……食べて良いのか迷ってただけだ」
――試食のために呼んだのに、何を遠慮してるんだ?
試食もして欲しいから、みんなを呼んで来て貰ったのを二人は知っているはずだ。
誰も手を伸ばさない内に、アリーチェが人数分の紅茶を入れ戻ってきた。全員に配り終えると自分の皿を持ち上げた。
「あれーまだ誰も食べてないんですかー?」
「あぁ、食べて良いのか迷ってるらしい――」
アリーチェは鼻を近づけ、クンクンと鼻を動かし香りを嗅いだ。
「――なるほどー、そういうことですかー」何かをわかったようにニヤリと片方の口元が上がり、六人の方へと向いた。
俺の方へと向き直すと「それなら私が一番に食べますー。先陣を切って散るのもお姉さんの役目ですー」
――物騒な事を言うな。危険な物は入っていないの知っているだろ。
だが、アリーチェが食べれば、みんなも食べるだろ。
「そうか、それならアリーチェ一番に食べてくれ」
「わかりましたーそれでは先にいかせていただきますー」
――だから、どこにだ……。
額に手を当て首を振った。
手に持ったフォークで、一口ぐらいの大きさに切ると、そのまま突き刺し口へと運んだ。
顔を伏せ小刻みに肩が震えている。美味しくなかったのだろうか……心配になり、俯くアリーチェの顔を覗き込もうとした時だ。いきなり顔を上げたアリーチェが叫んだ。
「むふー!朝食べたものより圧倒的に美味しいですー!」
「エルさまーこのルセットわたしにも教えて下さいー。おばあちゃんに作ってあげたいんですー」
――そんなにか?
アリーチェを見て我慢出来なくなったのか、ガッチョとアルテミアの二人がシフォンケーキを口へと入れた。
「なにこれ、さっきのと全然違う。売り物……いえ、売り物以上だわ」
「エル、マジで美味いぞこれ!」
「みんなも食べてくれ」
手が進まない四人に声をかけると、四人が顔を見合わせて頷いた。そのまま思い思いに切り分けてシフォンを口へと運ぶ。
「……本当にエル兄ちゃんが、作ったの?ボクこんなに美味しいシフォンケーキ初めて食べたよ」
「エル君これを作るために全粉乳を買いに来てくれたんだね〜すごく美味しいよ〜」
「エル兄はやっぱりすごいね、こんなのも作れるんだ!」
「えぇ、本当に美味しいわ――です」
四人がそれぞれに感想を述べていく。ただ、ペイトだけは言葉を戻せずに言い直した。彼女の中で整理がつかないのか、どう接して良いのかわからなくなってるみたいだ。普通にして欲しいと何度も言うのは彼女の重荷になりかねない。何かいい方法はないものか……。
そんな事を考えているとガージがペイトに声をかけてくれた。
「ペイト。真面目なのもいいけど、そんなんじゃミーナ姉を助けたいって言ったエル兄が頼りにくいじゃないか!」
「ガーちゃん……わかってるわ、でも――」
「でも、じゃないだろ!手伝うだけなら、エル兄だって秘密に出来たんだ。それでも打ち明けてくれたのはエル兄の“せえい”だろ」
少し考えていたペイトがフッと笑みを浮かべた。
「馬鹿ね、せえいじゃなくて誠意よ」ガージの顔が赤くなった。
「――でも、わたしも馬鹿だわ。そうよね、秘密を打ち明けてくれてるのに……エル君ごめんなさい。今まで通りに出来るかわからないけど、でも頑張って普段通りにするわ」
「無理のないようにしてくれるだけでいいさ」
みんなの感想を聞き、俺もシフォンケーキを口へと運んだ。
口に入れると、優しいミルクの味が舌へと溶けていく。今まで食べたシフォンケーキで一番の柔らかさだ。ふわりとした食感も群を抜いている。後を引く香りにはバニラが顔を出し、ミルクとの相性も良い。
確かに、今まで食べたシフォンケーキの中では一番美味しい物だ。でも……。
もう一度みんなの方を向き、感想を訪ねた。
「……どうだった?」
「普通に……いや、それ以上に美味いよ」
「そうだよ。ボクならこんな美味しいケーキ作ってもらえたら、嬉しくて泣いちゃうな」
みんなの顔に笑顔が浮かんでいる。同じ考えなのかみんなが頷いた。
だが、俺にはどうしても違和感が拭えなかった。
「……このケーキを届けたら、ミーナは笑顔になると思うか?」
にこやかだった六人の顔に影が差した。
読んでいただきありがとうございます。
美味しい物を作ることと、誰かを笑顔にすること。
似ているようで、少し違うのかもしれません。
「美味しい」だけでは届かない。今回はそんな話でした。
エルが感じている違和感の正体とは何なのか。
次回更新は5月17日19時30分です。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




