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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅶ話 後編【友達とミルクシフォン】其の四

第Ⅶ話 後編【友達とミルクシフォン】其の四


 生地を作り始めてから窯に入れるまで二十分も経っていない。今までで一番早い。アリーチェの助けは本当にありがたかった。今も洗い物をしようと洗い場へ行くと、アリーチェに「エルさまー洗っておきますー。ゆっくりしてて下さいー」と言いもう洗い始めていた。

 汚れた台を拭こうと手を伸ばしたが、すでに拭かれたあとで綺麗になっている。何をしようか考え椅子に腰掛けると耳元に音色が届いた。

 窓は閉まっている。すぐ近くにはカチャカチャと洗い物をしているアリーチェだけ。どこだ――耳をすまして見回すが外では無さそうだ。音色が少しずつ大きくなっていく。

 もう一度見回すと、その音色は洗い場から揚々と鼻歌を歌うアリーチェのもの。

 聞いたことない歌だ。でも、どこか心地いい。優しい音色に耳を傾けて目を瞑った。



    ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「……エルさまー……エルさまー」

 ――誰かに呼ばれてる?誰だ。


「エルさまってばー、もう三十分過ぎちゃいますよー」

 ハッとして目を開けた。アリーチェの鼻歌に耳を傾け眠ってしまっていたようだ。

 時計を見ると、時間はもう焼き始めてから三十分を過ぎていた。

 

「――しまった」

 慌てて立ち上がり、窯の前に急いだ。

「エルさまーはやくですー」アリーチェが窯の前で、腕を振って飛び跳ねている。

 窯の前で、厚手の手袋を受け取り、扉に手をかけた。

 扉を開けると金擦れの甲高い音が鳴り、隙間から湯気がもわりと上がる。湯気がおさまるのを待ってから、そっと扉を全開に開けた。

 窯の中でシフォンケーキが二つふわりと膨らんでいる。扉を開けていると、ミルクの焦げた香りが鼻に届いた。

 両脇から挟むように持ち、落とさないようにゆっくりと取り出す。理論書には、強い衝撃を与えると縮んでしまうと書かれていた。どれぐらいが強い衝撃かわからないので静かに出すしかない。

 一つずつ台まで運ぼうとしたが、隣にいたアリーチェが鉄板を持って待ってくれていた。

「これに置いたら一度ですみますー」

 ――確かに、その方が早く窯から出せるな。

 衝撃を与えないように、静かに二台並べた。台まで運ぶとすぐに反対を向けて置き直す。今回は突起が見えるぐらいのちょうど良い高さに焼き上がっている。これなら縮むのを待つ必要もなかった。


「ありがとう、一人だと寝過ごして真っ黒になってたかもしれない」

 アリーチェに礼を述べると「どういたしましてー」と嬉しそうに返事をした。

 


   ♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 

 焼き上がってから一時間と少し。少しでも冷めるのが早くなればと思い窓を開け、外の空気をいれていた。そのおかげかシフォンケーキはもう芯まで冷えている。

 だが、抜いてしまってもいいのか分からず、アリーチェに確認をしてもらった。

 

「そろそろ大丈夫ですー」

 シフォンナイフを手に持ち、朝のアリーチェを真似て縁に少しだけ飛び出ていた部分を削った。削り終わると、そのまま型の内側、シフォンケーキの縁にズブリとナイフを差し込みゆっくりと型を回していく。

 

 ――こうか?

 アリーチェの方を見ると、首を縦に振っている。そのまま一周ぐるりと型を回して外し、突起の周りにもナイフを入れる。

 突起を下にして置き直し、型を持つとスッと外側の型が外れた。突起のついた底の部分にナイフをまっすぐ入れ、型に沿って滑らすと外れたシフォンがすとんと型から外れて落ちた。

 

「――出来た……今度こそ」

 型から外れたシフォンケーキは、均一に焼き色が入り、前の様に欠けてもいない。売り物の様な出来栄えだ。バニラとミルクの甘い香りが漂っている。指で側面を押してみるとふわりとした感触が指に伝わってきた。感覚を覚えている内にもう一つも同じ様に抜いていく。ぐるりとナイフを回して逆さを向けると綺麗に型から外す事が出来た。


 三度目にしてやっと見た目は満足な出来だ。あとは味だけ。早く食べたい気持ちもあるが、二人との約束もある。時計を見ると針はもうすぐ約束の十六時になろうとしていた。


 ――間に合った。二人がもうすぐ連れてきてくれるはずだ……。

 少しだけ肌がピリピリとした。

 アリーチェは、二人を門の前で待ってもらっている。着いたら離れに来る様に頼んでおいた。シフォンケーキを一つ棚に入れ、もう一つを台に置いて到着を待った。

 

 ――今度こそミーナに届けられるかな……。

 完成した物を見ても、不安は拭えない。

 誰もいない厨房で、シフォンケーキを見つめながら考えていた。

 ミーナが拒んでいるものはなんだろうか。

 ヴィターリ商会長――ミーナの父親に聞いた話では、スープやサラダといった軽食は食べられるが、グラタンやパスタなどのしっかりとした料理は食べられないらしい。

 軽い物なら食べられるのかと思ってシフォンケーキを作っているが、何かが引っかかる。

 

 ――ミーナを苦しめているのが何かわかればいいんだけど……。


 すると、扉を二回叩く音が聞こえた。

「エルさまーお連れしましたー」

 今度は扉を開かずにアリーチェは扉の前で声をかけてきた。

「――入ってもらってくれ」

「はーい」

 

 扉を開けたアリーチェがそのまま扉を押さえ、後ろに続いてきたガッチョ、アルテミアが入ってくる。二人の顔がどこか暗い気がする。アルテミアと目が合うと、俺は笑い顔を浮かべた。これからの事を不安に思っている。そんな顔を少しでも拭ってやりたかった。


 そして、少し離れて入ってきたのは四人。


 パームス、ガージ、ペイト、ティアが厨房へと戸惑いながら入ってきた。



 ガッチョとアルテミアを離れへ招き入れ話していた時、二人にみんなを連れてきてほしいと頼んでいた。父さんとの約束を破り、俺はみんなに打ち明ける事を二人に話した。二人には止められたが、二人に無理をさせたくなかった。

 

 二人はミーナとも旧知の仲だ、きっと無理してでも手伝ってくれる。

 だが、それは俺が望んではいけない。きっとミーナも同じだ、自分のために誰かが無理をする。そんな事はしてほしくないし、されたくはない。

 少しでも何かないかと考えた時に、ふと思い浮かんだのが四人の顔だった。もし四人にも手伝ってもらえたら、みんなで無理を可能に出来るんじゃないかと思い至った。

 でも、それは何度も来てくれたガッチョと、アルテミアがいたから心を決める事が出来た。

 四人の方へと向くと、皆が戸惑った表情を浮かべた。


 ――手伝ってくれるかはわからない。


 でも、俺は四人が手伝ってくれると信じている。

 

「――久しぶりだな、みんな」

 四人の顔が、一瞬強張った。

 

「黙っていて悪かった。俺の本名はエルネスト。エルネスト・フォン・カリス……この街の領主の息子だ」


 


 

読んでいただきありがとうございます!


ようやくシフォンケーキが綺麗に焼き上がりました。

ついに、ミルクシフォン完成です。

長かった……。


そして今回はアリーチェがかなり頑張ってくれました。

ふわふわしているのに、妙に頼りになる子です。

アリーチェの鼻歌シーンは個人的に結構お気に入りです。


そして、本番はここから。

ついにエルが、自分の正体を皆へ打ち明けました。

一人では辿り着けなかった場所へ。友を信じたエルの結末はいかに。


次回は一話だけ閑話を挟みます。閑話のタイトルは【ヴィターリ】


次回更新は5月14日19時30分です。

明日も引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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