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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅶ話 後編【友達とミルクシフォン】其の三


    ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 二人は俺の話を聞くと、行ってくると言って離れから街へと向かった。

 一人になった厨房で、新しく受け取ったルセットを広げ材料と作り方に細かく目を通していく。

 作り方はほとんど一緒で大丈夫そうだ。メレンゲや合わせる順番に違いはない。だが、材料に書かれている全粉乳。これだけは手早く混ぜないと固まってしまうようだ。


 手順をある程度頭に入れ、大小のボールをいくつか取り出した。ペンと数枚の小さく切った紙に、倍量で書き写していった。

 材料屋で同じ型をもう一つ買ってきている。これで試食をしてから届ける事が出来るようになった。

 紙に書いた材料は同じボールで量るものをまとめて書いている。砂糖や粉を量ると、その上に刺して置いておく。これで迷わずに使えるはずだ。

 

 二度目に作った時、メレンゲの砂糖と卵黄に入れる砂糖を間違えて入れそうになった。

 その話をアルテミアにすると、「小さな紙に書いておいたらいいんじゃない?」と思いついてくれたものをしてみた。

 これなら作るのに集中出来そうだ。


 鍋には牛乳と油、それに少しの生クリームを加えて量り、卵を二つに分けながら量っていく。まだ時間はかかるが慣れてきたのか、失敗なく割る事が出来た。

「よし」

 計量も終わり、作り始めようと思った時だ。扉を二回叩く音が聞こえた。だが、扉が開くのもほとんど一緒。誰が来たかはすぐにわかった。


 ――アリーチェか……。

 顔を上げるとアリーチェが扉から顔を出している。

「――エルさまー何か手伝いましょうかー?」

 キースに言われてきたのかもしれない。二人が出てから三十分程経っている。

「――いいところに来てくれた。このルセットを見て気をつける事を教えてくれないか?わかればでかまわない」


 近づいてきたアリーチェが口を開けた。

「ルセットってなんですかー?」

「……レシピの事らしい。これなんだけど」

 ルセットを手渡すと、両手に持ち書いてある事を見ている。

「エルさま博識ですねー」

「これかー……生クリームを入れるんだー珍しいなー」

 ルセットを目で追いながら、小さく独り言を言っている。


「エルさまーわかりましたー」

 作る前に気をつける事がわかれば成功する可能性が上がる。何かわかればいいぐらいに思っていたが、アリーチェはお菓子作りでは優秀なのかもしれない。


「なにを気をつければいいんだ?」

「わかりませんー」


 ――違ったようだ。

 今朝も同じ事で驚いた気がする。あの時は自分のやり方しか知らないだったはずだ。今回も同じだろう。そう思い、冷静に話を聞くことにした。


「……なにがわからなかったんだ?」

「このルセット?――レシピは初めてなのでわからないです」

 ――それは知ってる。聞きたいのはそこじゃないんだ。

 

「そうじゃなくて、このルセットの中で気をつけた方がいいところはありそうか聞いたんだ」

「そういう事でしたかー、それならメレンゲじゃないです?」

 メレンゲ……思ってもない所だった。混ぜ方や順番かと思っていたけど、メレンゲのどこに気をつければいいのかわからなかった。

「――なんでメレンゲなんだ?」

「このレシピはー生クリームが入るじゃないですかー?生クリームって牛乳よりも脂肪分?が多いらしくてー。油が多いとメレンゲが潰れるっておばあちゃんが言ってましたー」

「だから、メレンゲをしっかりと立てるかしないとダメな気がしますー」


 ――おばあちゃんは何者だ?

 何故、そんなに詳しく知っているのかは知らないが、作り出す前に聞けてよかった。メレンゲか、しっかりと立ててみよう。

 泡立て器を手に持ち、ミルクシフォンを作り始めた。


 卵黄に砂糖と全粉乳を混ぜた物を入れ、しっかりと混ぜていく。固まらないように慎重に、でも急いで混ぜた。ボールの中でカシャカシャと泡立て器の動かす音がしている。白っぽくなるまで混ぜ続けるとダマもなく綺麗にスルスルと流れる生地が出来た。

 鍋を温めに行こうとすると、アリーチェが湯気の上がる鍋を運んできた。

「エルさまー次これですー」

「助かる」

 受け取ると、一度で流し入れまたカシャカシャと泡立て器を動かした。流れていた生地は、液体のようにサラサラで泡立て器で持ち上げてもポタリと落ちるぐらいしかついてこない。

 次は小麦粉だ。紙の上で広げて振るった小麦粉、理論書に書いていた通りにした。小麦粉を広く振るう事で混ざりやすくなり、軽くなるようだ。

 混ぜすぎもダメだと書いてあった、気をつけて混ぜないと――紙に手を伸ばすと、横からアリーチェが紙の端を摘み、片手を下げてボールへと注いでいく。

「エルさま。ほらっ、混ぜて下さいー」

 慌てて泡立て器を掴み、粉が舞わないようにゆっくりとボールの縁を滑らした。適度に混ぜると、粉気は見えない。あっという間に、ゆったりと流れ落ちるツヤやかな卵黄の生地が出来上がった。二回目の時よりも少し粘性があるのか、重たい感じがした。


 気をつけた方が言っていた問題のメレンゲか。ボールに手を掛けると泡立て器がすでに準備されていた。サラサラと三分の一程の砂糖を、アリーチェが隣から入れてくれる。

「わたしが砂糖は入れてもいいですかー?」

 

 ――今入れたのは砂糖じゃないのか?


 そう思ったが、入れてくれるなら手を止めなくてもいい。ありがたく入れてもらうことにして、頷き泡立て器を上下に円を描いて動かした。

 すぐに次の砂糖を入れられ、メレンゲが少し混ぜにくくなった。

 

「そんなすぐに入れるのか?」

 動かしている腕が重くなってきた。

「最初は砂糖が溶けやすいので二回目はすぐに入れるんですー」

 最後の砂糖は中々入れない。メレンゲがだいぶ白くなってきたが、まだなのか――不安に思い、手は動かしながら顔を上げた。アリーチェを見ると目を瞑っている。

 何をしているんだと思った瞬間、目を開き妙な掛け声と共に砂糖を入れた。

「とりゃー」

 ――何だその掛け声は。

 

 メレンゲに砂糖が加わり、音が変わった。泡立て器とボールのカシャカシャという音に、鈍い音がたまに聞こえる。

 ――音?

 目を瞑っていたアリーチェは音を聞いていたのか?砂糖が溶けるとカシャカシャとした高い音がする。それを見極めるために目を瞑っていたのかと驚いた。

 

 メレンゲを立てている腕が痛い。砂糖を入れてくれるので途中で止めなくてもいいが、腕を止めることも出来ない。音がしなくなってからも、腕を動かし続けツヤのあるメレンゲまでそろそろか。

 

 ――もういいか……。

 腕を止めようとした時、アリーチェが隣で「まだですー」と気の抜けた言葉を投げかけてきた。

 まだなのか、また腕を動かし泡立て器に力を入れ握り直した。


 アリーチェの言う通りに動かしていると、メレンゲが重くなりボールに張り付き出した。泡立て器を動かしても筋が残る程度で、ほとんどメレンゲがついてこない。少しだけツヤが無くなり曇って見える。先ほど手を止めようとした時よりもふわりとしたメレンゲになった。

 

「そろそろいいですよー」

 やっとか、泡立て器を握っていた手を離した。今までで一番腕が重い。もう片方の手で使っていた腕を押さえた。


「エルさまー早く混ぜないとダメですよー!せっかくいい感じのメレンゲが出来たのに、ダメになっちゃいますー」

「……わかってる」

 ヘラに腕を伸ばすと、その先に開いたアリーチェの手が塞いだ。

「泡立て器で、掬って混ぜたら早いですー」

 ――泡立て器で掬う?

 

「こうですー」横から伸びた手が泡立て器を掴むと、下から掬い上げるようにメレンゲを持ち上げた。筋しか残らなかったメレンゲが、泡立て器を覆うほど持ち上がり先がツノのように伸びて切れた。

「なるほど、こうすればよかったのか」

「んふー」と声を上げたアリーチェの顔が、どうですかと言わんばかりの表情を浮かべた。


 ムカつく顔を無視して、持ち上げたメレンゲを卵黄に加えて混ぜていく。ふわりとしたメレンゲが卵黄と混ざり、持ち上げるとスルリと流れ落ちていく。

 残りのメレンゲを入れようとして、またアリーチェの手が目の前に出てきた。

「エルさまー逆です逆。混ぜた方をメレンゲに入れた方が混ざりやすいんですー」


 そういえば、二度目はメレンゲを何度も分けて加えた。そのせいで泡を潰しきれず、膨らみすぎたのかもしれない。

 アリーチェの言葉通り、残りのメレンゲに加えた。ヘラに持ち替え、切るように混ぜていく。確かに混ざりやすい、見た所生地は綺麗に馴染んでいる。

 ヘラを出来上がった生地に刺したまま、型を二つ並べた。出来上がった生地を流そうとヘラへと手を伸ばしたが、アリーチェがヘラを握り、少しだけ持ちあげた生地に視線を送っている。持ち上げた生地を流し終えると、ヘラをまた生地に入れ手を離した。


 「エルさまーもう少し混ぜましょうか」

 「どうしてだ?もう生地も出来た。それに、今までのより良さそうなのに……」


 アリーチェは戸惑うことなく口を開いた。

 「少しだけ軽い気がするんですー」

 「軽い……生地がか?」

 「はいー。もしかしたら膨らみすぎるかと思うんですー」

 

 生地が軽いと膨らむ……二度目の生地もこれぐらいだった気がする。良さそうに見える、それでもアリーチェの言うことが正しいかったら膨らみすぎてしまう。これで三度目だ、またミーナに渡せなくなってしまうと思うと、不安で混ぜることが出来ない。ヘラを握る手が少し震えている。


「エルさまー迷うのもいいんですけどー。時間を置いても生地って潰れていきますよー」

「それを先に言ってくれ!」


 迷っている場合じゃない。

 時間を置いても潰れるなら混ぜて潰した方が、状態もわかる。

 慌ててヘラをボールに入れ、底からもう一度混ぜていく。アリーチェの言っていた通り、底から混ぜると少しだけ緩くなった生地が出てきた。全体に馴染むように混ぜ、アリーチェの方へ向くと首を振っている。

 ――もう少しか。

 もう少しだけ、ゆっくりと一定の間隔で混ぜ合わせた。

 すると「それぐらいですー」とアリーチェがいつもの調子で言うと手を止めた。

 先ほどよりも流れ落ちる生地が少しだけ早い気がする。見ていると小さな泡がプクリと浮かんできた。


「エルさまー早く流して窯に運ばないとー」

「――わかってる、いまするよ」

 アリーチェに焦らされながら、出来上がった生地を二つに分けて型に流し入れ、底を叩いた。

 急いで型を二つ持ち、窯へと向かう。


 両手がふさがり窯が開けられない。途中で気づいたが、置きにいく時間も無駄だ。アリーチェに声をかけようと、振り向こうとした時、すでに窯の前で待つアリーチェの姿が目に入った。

 「エルさまー早くー。開けますよー」

 

 「あぁ、開けてくれ!」


 窯の中央へ二つ並べて置き、扉を静かに閉めた。

 あとは焼き上がるのを待つだけだ。

 

 

読んでいただきありがとうございます!


今回はアリーチェ回でした。

普段はゆるいのに、お菓子作りになると妙に頼もしい。

そんなアリーチェを書いていて楽しかったです。


ふわふわしているのに、妙に勘が鋭いです。

そしてアリーチェのおばあちゃんは何者なんでしょうね……。


次回の更新は5月13日19時30分です。

引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。

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