閑話【ヴィターリ】
祝願祭が始まってからというもの、商会は目まぐるしく動き続けている。ヴィターリ商会に勤めてから十年を過ぎ、任される仕事も増えた。
今年は祝願祭の取次ぎ業務も任されるようになり、張り切っていたのも懐かしく思える。
取次の業務は、屋台を出店したい希望者からの出店要請の審査だ。本来はギルドの仕事だが、ヴィターリ商会の紹介があるかないかで話が変わってくる。それを知ってか、今年の出店希望者はいつになく多い。来店があるたびに応接室で個別対応していたが、とてもじゃないが対応できなかった。
広い部屋で複数人ずつ審査を行い判を押す。いつもは副会長である奥様の仕事だったが、今年からは任された私の仕事。最初は時間をかけて話を聞き、判を押すまでにしっかりと考える時間を設けていた。だが、とてもじゃないが間に合わない。出店希望が多すぎて対応しきれず手を挙げた。
今は数名の部下と共有して何とか対応できているが、これ以上増えたら間に合いそうもない。
「副会長をお見かけしなかったか?」
「そういえば最近見てないですね」
三日程前にお見かけして、「あなたなら大丈夫よね」と微笑みながら声をかけてもらった覚えはあるが、それ以降はお会いしていない。
副会長の言葉に張り切って業務に邁進したが――正直ここまでとは思っていなかった。
日を追うごとに増えていく希望者にみんなの目が回った。希望者を一人で請け負っていた副会長の凄さを、私はまじまじと実感していた。
「それにしても副会長も薄情ですよねー」
部下の一人がそう口にした。確かに最初から全ての業務を任されたのは意外だった。いつもなら、それとなく顔を出し、わかりやすく教えてくれるのだが……。そこまで考えてやめた。いや信頼の表れだろう、私の仕事は任された仕事を部下と共にやり切る事だ。
「――そういうな、これも試験かもしれない」
「えっ?なんのですか」
「三年ほど前にいた人なんだが、新しい業務を任された事があった。その人も同じ様に四苦八苦しながら業務を進め、しっかりと結果を出した。今は支店の切り盛りを任されている。いわゆる昇進だな――」
「昇進!」
部下の目の色が変わった――上手くいったようだ。
実際は副会長の手助けもあっての事だが、当時補佐をしていた私以外には知らない事だ、無理に言う必要もないだろう。
「わかったら、黙って手を動かせ。結果が、伴わなかったら逆もあり得るんだ」――まぁ、相当な事がない限り会長もそんな事はしないだろうがな。
「わかりました」部下は書類に視線を落とした。
それにしても、会長まで姿を表さないのは初めての事だ。普段なら朝一番に顔を出し進捗を聞き指示を出している。だが、今年顔を出すのは決まって夜になってからだ。日中は出掛けている姿を幾度となく商会員が見ているが、また新たな事業でも考えているのだろう。そう思い、部下から上がってきた書類に目を通し判を押した。
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「わが町を守護する三柱の女神よ……なぜ……」
「なぜミーナなのですか……娘が何をしたというのだ……」
「何かの罰なら私が甘んじて受けよう。だから……だから娘の命だけは救ってくれ」
誰もいない教会で私はすがる思いで、ただ祈りを捧げた。
娘――ミーナが最初に倒れてからもう五日。最初は体調が悪いのかぐらいに思っていたが、どうにも様子がおかしい。普段なら喜んで食べていた物も、なぜか食べようとしない。理由を聞いても「何か嫌な気がする」と言って、ミーナ自身も要領を得ていないようだった。
何が娘を苦しめているのか。街の医者にも学者にも、繋がりのある所にはすべて声をかけた。
なのに、なにも変わらない。何もわからなかった……。
家族を守るための金ならいくらでも出そう、そのために商会を大きくし金貨を山と積んだ。だが、それがなんだというのだ。理由の分からないものが、娘を連れて行こうとしているのに止めることも出来ていない。
「私は何の為に金を貯めた。家族を……娘を救えないのでは意味がないではないか――」
教会に響いた私の声は虚しく消えた。
「まだだ……神が見捨てても、娘だけは私が必ず……」
私は教会を後にした。
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宿願祭が始まってから、明日でもう半分を迎える。ここ二日は雨のおかげで希望者の来店は少なく、早く帰る事が出来ている。
今日はどうだろうか、屋上に登りリヴォーラ山を見上げると、山の峰までくっきりと見える。
「そうか……晴れか」
今日は早く帰れそうにないな。外階段から下へ降りると一人の部下と鉢合わせた。同じ様に屋上に登り天気を見に行くところだったのだろう。私は肩に手をぽんっと当て首を振った。察したようだ、部下は肩を落として私の後に続いた。
下に降りると若手の二人が裏口の近くで話しているのが聞こえてきた。
「奥様、今日も降りてこられないんだな」
「そうだな。何日もお嬢様も見ないし何かあったのか?」
確かに奥様――副会長もお嬢様も祭りが始まってからほとんど見ていない。希望者の来訪に追われ、会えていないのは私だけかと思っていたが、そうではないようだ。
お嬢様はともかく副会長にはほかの業務もあるはずだ。
最近商会内の空気が重く感じていた。疲れているだけかと思っていたが、そうではなさそうだ。副会長がいらっしゃれば業務が進み、お嬢様が来られれば場が和む。珍しい差し入れもその一つだが……。姿を見せないとは何かあったのだろうか……。
だが、商会の話を外でするなど指導が足りなかったようだ。裏路地とはいえ、誰が聞いているかも分からない。ましてお二人の話など我々がして良い話ではない。
階段を降りた私は二人に釘を刺し、広めの応接室へと足を向けた。
今日は久しぶりに会長も来られている。会長室からは出てこられてはいないが、報告が山とある。だが、約束の時間までもう少ししかない。――後で報告するとしよう。
いつものように複数人の出展希望者と面談を数件終え、一息ついた。私は部下に書類を任せ、報告のため会長室へと向かう。途中で、女性の商会員が抜き去っていき会長室の前で止まり中へと入っていった。
――しまった先起こされた。
そう思ったがどうやら違うらしい。すぐに出てきた商会員と会長が、何やら来訪者らしき名前を告げ話している。名前を聞いた会長の顔色が変わり裏口の方へと向かい歩いてきた。すれ違いざまに、久しぶりにお会いした会長の顔はいつになくお疲れのご様子だ。
痩せて……いや違う、あれはやつれた顔だ。
あんな顔の会長をこの十年一度たりとも見た事がない。
私の知らないところで何か起こっている。それが何かは分からないが、不安だけが押し寄せた。
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「先程エヴァルト様からの返事が返ってきた……」
「あなた、どうだったのです」
先ほどキース殿が届けて下さった手紙を取り出した。
館の執事長であるキース殿自ら途中の町まで取りに行ってくれたようだ。おかげで予定よりも早く返事を受け取ることが出来た。
商会で一度開いて読んでいるが、そのまま妻にも伝えよう。
【わが親愛なる友 グスターヴォ・ヴィターリ。娘の話は聞いた、王都でも方々に便りを書いたがこれといった収穫はない。そなたの要望通り、出国の手続きと移住の手続きはこちらでしておいた。それと、祝願祭の終わった次の日に出る、Ⅷの国までの高速船を手配しておいた。それならば三ヵ月の航程も一カ月で着けるだろう。そなたのこれまでの功績に対する礼だ。甘んじて受けよ。そなたにはわが領地を陰から支えてもらわねばならん。そなたとそなたの家族の無事を私も祈っている。必ず帰ってこい、わが友グスタフ。エヴァルト・フォン・カリス】
「――では、やはり行くのですね……」
「あぁ、この国の医療が無理なら向かうしかない。医療大国Ⅷの国へ」
「それにしても高速船なんて――」
妻はそこで言葉を止めた。高速船は我々庶民がいくら金を積んだところで乗れるような代物ではない。他国に行く国の外交官が使うための船だ。それを手配してくれるとは、なんとありがたいことか。
グスタフ。幼き日、エヴァルト様に呼ばれていた私の愛称をここで使うとは、ヴァルトも変わらないものだ。私たち二人が出会ったように、エルネスト様とミーナが出会ったのも偶然ではないのかもしれない。エルネスト様も動いておられるとキース殿も仰っていたが、果たして……。
「明日から、旅路の準備を始めよう。ミーナを救うために――」
読んでいただきありがとうございます。
今回は少し視点を変え、ヴィターリ商会側の様子を書いてみました。
商人として成功し、多くを持っていても、娘一人救えない。
祈ることしか出来ない。
その苦しさを書いていて胸が痛くなる回でした。
それでも、まだ諦めてはいません。
次回はまた本編へ戻ります。
次回更新は5月15日19時30分です。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




