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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅶ話 前編【友達とミルクシフォン】其の二


 北区の最奥、リヴォーラ山にほど近い北門のそばで酪農市は開かれている。酪農市は他の市場と少しだけ趣が違う。並んでいるのは卵と搾りたての牛乳がほとんどで、生乳を加工したチーズも並んでいるが、市場はそこまで広くない。

 

 だが、教会から北門への路地は、屋台の並んでいる数では他の路地よりも圧倒的に多い。

 長く小上がりの路地は、遠くに北門が見える。左右を向かい合った屋台が埋め尽くし、路地は人で溢れかえっていた。


 教会から広い路地を歩こうと、港を抜けてここに来たが間違いだったかもしれない。

 港を北へと抜ける路地もあるにはあった。だが、そこは入り組んでいるうえに階段だらけ。それにかなりの急勾配でかなりキツイ。


 仕方なく人の流れに乗って北区を進んだ。

 この通りは左側が北門へと人波が動き、右側が教会へと戻ってくる。真ん中の一番広い部分に屋台は出ておらず、代わりにベンチが多く置かれ、屋台で買った物をすぐに食べられるようになっている。

 流れに沿って進むと、屋台からチーズの焼けた匂いが鼻先を過ぎていく。どの屋台も種類の違うチーズを使っているのか、匂いはかなりキツイ。

 香りの強いチーズが苦手であまり好きではない。鼻が曲がりそうな程の匂いのキツさに鼻を抑えた。

 ――あれが美味しいんだろうか……。


 だが、横目でチラリと見えた屋台で売っていた物に、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ――なんだあれ。すごく美味しそうだ……。


 半円型の分厚いチーズを上から熱を加えて溶かし、焦げ目のついた部分をナイフを当てて動かすとドロリとチーズが流れて落ちた。その先には細長いパンにソーセージに挟まり、上から流れてきたチーズを受け止めている。

 パリッと焼かれたパンに焦げ目のついたソーセージ。そしてトロトロのチーズ。朝食を食べてきたのに腹が鳴り立ち止まった。

「坊やもいるかい?」店主と目が合うと声をかけてきた。


 ――食べている暇なんてない……でも。

 

「すみません、一つ下さい」欲望には勝てなかった。

「あいよ、少し待っててくれ」

 

 店主は後ろを向くと、パンを一つ窯に入れた。茹でていたソーセージを鉄板に置くと、ジュっとソーセージが鳴いた。焼き色を見ながら返すとテカテカとした表面に一筋の割れ目が出来ている。割れ目から垂れた油が鉄板に落ちるとジュワリと香ばしい煙が上がった。

 窯でパリッと焼けたパンを手に取ると、波の形をしたナイフでガリガリと切れ込みを入れ、手早くソーセージを差し込む。

 こちらを向いた店主が、小さなナイフを手に取ると、こんがりと焼き目の入ったチーズをドロリとかけた。

 それを見ていると、ごくりとまた喉が鳴った。

 

「お待ちどうさん、銅貨四枚だよ」

 銅貨を渡し、近くのベンチに腰掛けると受け取ったパンにかぶりついた。

 パンがバリッと割れて中はもっちりとした食感だ。パキッと弾けたソーセージから肉汁が飛び出し、口の中に広がる。

 ――熱っ!

 思わず噛んだ所を放し、夢中でもう一度かぶりついた。

 ドロリと溶けたチーズが口を伝ってパンとの間を伸びていく。行儀は悪いが伸びたチーズをすするように食べた。


 小麦の甘い香り、そこに粗い小麦が混ざり香ばしさが増している。塩気の効いたソーセージに焦げたチーズが絶妙に合う。隠し味に塗られたマスタードがピリリと下を刺激し、食欲が湧くのが止まらない。

 熱さも苦にせず、夢中でかぶりついた。


 あまりの美味しさに、もう食べ終わる。最後の一口を運ぶと大きく息を吐き出した。自然と頬が上がり、目を閉じた。


 「美味い……」

 あまりの美味しさにそれ以外に言葉が出なかった。でも、一つだけ気がかりな事があった。美味しいはずなのに、どこか満足いっていない自分がいる。

 昨日の夕食も今朝の朝食も、何かが足りないとずっと感じていた。

 

 ――何が足りないんだ……。

 どれもこれも美味しかった。満腹になるまで食べた、なのに気持ちが晴れない。虚しさにも似た何かを抱えていた。


「食事にとって一番大事なものが何かわかる?」

 不意に浮かんだミーナの問い。考えても答えはわからなかった。宿題として残され、次に会ったら答えを聞く言っていたが、約束はまだ果たされていない。

 

「ミーナと……ミーナと食べたらきっと……」

 そこで考えるのを止めた。隣に誰もいない寂しさに、気持ちが少し落ち込んだ。


 だが、早く元気になってほしい。その為に、自分に出来ることをしよう。そう思い、ミーナに届けるケーキの材料を求めて北門を目指した。


    ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 人の波は酪農市の始まりで折り返しを迎えた。人の波に飲まれながら北通りをもみくちゃにされながら進んできた。

 

 ――やっと着いた……。

 膝に手をつき肩を落とした。ぶら下がった懐中時計を開くと十一時を過ぎている。昨日も来たが、今より早い時間だった事もあり、そこまで人も多くなかった。

 息を整え、酪農市の老婆に言われた入ってすぐ左の店を探す。だが、入ってすぐ左の店は【白いチーズケーキ】と看板に書かれた屋台だ、市場とは違い材料は売っていない。

 一応女性の店員に声を掛けたが、不思議そうな顔をされ恥ずかしくなり、すぐ後にした。


 ――どこにあるんだ?聞いてきた話と違う……。

 入ってすぐ左の店は屋台。その隣も、卵が並んでいるだけで乳を乾燥させた物とは程遠かった。

 

 騙されたのか?そんな思いがよぎったが、顔を上げると北門の門壁を見て違うことに気付いた。どちらからとは言われていない。教会の方からなのか、北門の方からなのかは入る方によって見方は変わる。

 左右に十軒程しかない短い市場を抜け、北門から酪農市を入り直した。入ってすぐ左、そこには牛乳と卵が並び何故かプリンも置かれている不思議な屋台。看板には【アレモ酪畜謹製プリン】と書かれ、プリンが置かれたところだけ列が出来ていた。

 ――アレモ……パームスのところか。

 少し躊躇いながら、店を覗くと店番にはプリンの所にティアよりも年下だと思う少女と、誰も並んでいない牛乳の後ろでパームスが寝息を立てていた。

 

 店番してまで眠るのかと思ったが、ここに売っているはずだ。そう思い声をかけたがパームスは寝息を立てたまま起きない。見かねた隣にいた少女が声をかけてくれた。

「いらっしゃいませー。お兄ちゃん起きてよ!」

 ――妹だったのか、どおりで似ていると思った。

 兄とは違い、キビキビとプリンを買い求める客を手早く捌いていく。

「もう、お兄ちゃん!」

 二度目の声で目を覚ましたパームスが、俺に気づいて声を出した。

「あれ〜エル君。珍しいね〜今日はどうしたの〜?」

 こちらを向きながら、大きな欠伸を一つかいた。

「……材料屋のおばあさんに言われて来たんだけど、ここに乳を乾燥させた物があるのかな?」

「――よく知ってるね〜。あるよ〜」


 ――まさか、パームスのところだったとは思ってなかったな。

「どれぐらいいるの〜?あんまり多いと〜固まっちゃうから〜沢山は買わない方がいいよ〜」

 老婆も同じことを言っていたな。貰ったルセットを開いて目を通し、六個分の材料に少し足して注文を伝えた。


「わかった〜すぐに準備するね〜」

 後ろに置いてある箱から、粉のようなものを量り始めた。

 失敗するかもしれないし、余分に買っておこう。これで三回は作れるはずだ。

 小さな小瓶に量った粉を入れ、受け取ると銅貨三枚を渡した。

「そういえば〜ガッチョ君が探してたよ〜」

「……いつの事が覚えてるか?」

「ここ三日ぐらいずっとかな〜今日はまだ来てないけど〜」


 ――ガッチョが何の用だろう。でも、……まだ会いたくないな。

 

「――わかった、見つけたら声をかけておくよ」

 

 そう言い残して、来た道を外れ西の館までの裏路地に向かった。

 


 

今回の屋台の料理、実はラクレットをイメージしています。

溶かしたチーズを削ってかける、あの料理です。


「匂いが強くて苦手だけど美味しそうに見える」っていうエルの反応は、個人的な実体験から引っ張ってきました(笑)


あと今回から「満たされない理由」というテーマを少しずつ前に出しています。

味だけじゃない部分に踏み込んでいく流れになるので、そこも楽しんでもらえたら嬉しいです。


現在は二日に一度の更新となっておりますが、丁寧に物語を紡いでいきたいと思っています。

次回の更新は5月7日(木)19時30分です。

少し間は空きますが、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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