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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅵ話 前編【夕食と卵】其の三

第Ⅵ話 前編【夕食と卵】其の三


 時間をかけゆっくりと前菜を食べ終えると、待っていたかのように次々、料理が運ばれ並んでいく。


「本日のメイン、若鶏のもも肉ローストでございます。小さな器のソースをつけてお召し上がりください」

 

 ジュウジュウと肉汁が沸き立ち、見るからに熱そうだ。こんがりと焼かれた皮目は、ぱりぱりとして湯気が立ち香草の香りが食欲を刺激していく。一緒に運ばれてきたのは熱々のパンと蕪のポタージュ。

 

 運ばれてきた料理にごくりと唾を飲んだ。


 ナイフとフォークを持ち、一太刀入れる。当たったそばからナイフがスッと沈み、肉汁が溢れてきた。

 フォークに刺して持ち上げると、湯気が上がり肉汁が滴り落ちる。添えてあるソースへ少しつけて口へと運んだ。


 ソースに付けてもまだ熱く、思わず息を吐いたが、それでも止まらない。焼いたとは思えないほどに鶏肉は柔らかく、噛むたびに肉汁が溢れてくる。下味に付けられた塩と胡椒。香草の香りが臭みを微塵も感じさせない。味わうつもりがすぐに飲み込んでしまった。

 考えるよりも先にもう一口フォークで刺していた。今度はソースにどぷりと付け、口へと運ぶ。

 

 野菜のやさしい甘み、これは玉ねぎだろうか。ソースには、細かく切られた飴色の玉ねぎが浮かんでいる。中には黒い小さな粒が一緒に浮かび、噛むとピリリとした辛みが舌を走った。一瞬辛みを感じたが、辛さはすぐに消えた。鶏肉の香ばしさと玉ねぎの甘さが引き立ち、鶏肉の旨味が増した。


 一度手を止めて、パンへと手を伸ばした。表面はカリッとしていて、中からじんわりと熱が伝わってくる。半分に割ると、焼き面がバリバリと崩れ、中はフワッとした柔らかそうなパンだ。立ち上る小麦の焼けた匂いに我慢できずに噛みついた。

 

 表面はカリッとした膜で包まれているかのようで食感が楽しい。中はふんわりとして、小麦の風味がかなり濃い。鶏肉からあふれた肉汁とソースに付けると、また違った顔を見せ思わず頬が緩んだ。

 

 一緒に運ばれてきたポタージュ。真っ白な蕪のポタージュに深緑色のオリーブオイルが、まばらに浮かび灯りに照らされキラキラと輝くさまは、見事な美しさを放っている。

 

 パンを一つ食べ終えると、スプーンへと手を伸ばした。スープが混ざらないように一匙掬い、口へと運ぶ。

 蕪のやさしい甘さが舌に残る。蕪のポタージュは滑らかな舌触りで、口の中をトロリと広がっていく。

 浮かんでいたオリーブオイル、ポタージュの上で温められたオリーブオイルの香りが立ち昇り鼻を抜けた。

 

 ――何か違う……?


 いつものオリーブオイルとはどこか違う。少しだけ違和感を感じ、もう一度、一匙掬った。オリーブの青々とした爽やかさに混ざり、オリーブオイルとは違う少し荒い香りを感じ首を傾げた。


「お気づきになられましたか。こちらは蕪の葉を加工してからオリーブオイルに混ぜたものです」

 葉を加工して混ぜる?言っていることはわかるけど、どうやって混ぜるのかがわからずに、また首を傾げた。


「新鮮な蕪の葉を一度下茹でし、オイルに混ぜながら磨り潰していきます。細かめの布で裏ごし、時間をかけて絞ると蕪の葉の香りの混ざったオイルが出来上がるのです。元は同じ野菜ですから相性も良いのですよ」

 蕪のポタージュに蕪のオイル、元々は同じ野菜だからこんなにも合うのか。説明を聞いてから、もう一匙口へ運んだ。口の中で、蕪の風味が合わさり、溶けていく。


「うん、これもおいしいよ」

 笑みを向けると、料理人も嬉しそうに笑顔を返した。

 最後の皿をお持ちいたします。そう言い残し厨房へと向かって下がっていった。


 

 こんなにも楽しい食事は久しぶりだ。一人で食べるようになってから、何も考えずにただ食べて終わっていた。

 料理に疑問を持ったこともない。うまいかまずいか、そのどちらかだけ。

 

 少しだけ知った菓子のこと、自分で作って初めて学んだこと。説明も聞かずに食べていた自分を思い出し、今まで作ってくれた料理人に失礼なことをしていたと、少し胸が痛んだ。


「お待たせいたしました」

 そういって運んできたのは、俺が割り損ねてしまった卵を使ったオムレツだ。

 皿の中を見てギョッとした。運ばれてきたのは俺が知っているオムレツではなかった。


 いつものオムレツは野菜を卵で包んだ物だった。だが、目の前にあるのは二つに折られた卵焼き。その卵焼きらしきものが、ふっくらと膨らみふわふわの雲を折りたたんだように見えた。

 

「こちらはⅣの国の料理でスフレオムレツでございます。時間が立つと萎んでしまいますので、お早めにお召し上がりください。下味を効かせておりますので、ソースはなしで素材の味をお楽しみください」


 ナイフとフォークを手に取り、切れ込みを入れた。ナイフを入れると、ケーキでも切っているのかと思うほどに軽く、開いた中には何も挟まっていない。一口ぐらいの大きさに切ると口へと運んだ。

 口に入れた瞬間、本当にケーキでも食べているのかと思うほどに軽い食感で、シュワリと音が聞こえた気がした。卵本来の素朴なコクに塩と胡椒のシンプルな味付け。粗挽きの胡椒がピリリと、時折顔を見せるのがまた楽しい。

 気がつけば、皿の上のオムレツは少しずつしぼみ始めていた。さっきまでのふくらみが嘘みたいに、ゆっくりと高さを失っていく。名残惜しさを感じながら、急いで残りを口へと運んだ。

 

 最後の一切れを飲み込んだあと、皿の上には、もうあのふわふわは残っていなかった。


 

「ふー――お腹がいっぱいだ」お腹をさすると満腹が分かるほど膨らんでいる。

「今日の夕食はどれも素晴らしかった。本当においしかったよ――全部、ちゃんと覚えておくよ。また……作ってくれるかな?」

 「えぇ……えぇ、もちろんです!喜んでおつくり致します」

 淀みながら応えた料理人の目が、少しうるんで見えた。

 

 「――フルーツがいくつかございますが、食べられますか?」

 デザートにフルーツを聞かれたが、お腹も一杯で食べれそうにない。お腹をさすり料理人の方を向いた。

「流石にお腹がいっぱいだ。代わりにミルクが多めの温かいカフェオレをお願いできるかな?」

  

 空いた食器を引き、「砂糖多めでお作りします」と言って、にこやかに料理人は下がっていった。


 父さんが食後に飲んでいる苦いコーヒー。少しもらったけど苦かった思い出しかない。

 あの思い出からは、随分と経ったから飲めるかもしれない。でも、やっぱり食後には甘いカフェオレが飲みたくなる。


 カフェオレはすぐに運ばれて来た。目の前に置かれたカフェオレの入ったカップ。その横に、追加で足せるように砂糖も一緒だ。

 いつもならそれだけだが、料理人はもう一つ器と短い木の棒を、その隣へ置いた。

 

 ――これは?

 器を覗くと中には何も入っていない。中はギザギザとした波の模様が入り、木の棒の先端は丸く磨かれていた。

「こちらが、先ほど言っておりましたアレ――すり鉢とすりこぎでございます」


「……すり鉢とすりこぎ?」

 聞いた事ない言葉だった。

 

「こちらはIの国の物らしいのですが、詳しい話は存じ上げておりません……。本日初めて使いましたので、使い方も、合っているかはわかりません。固い物や滑らかにしたい物を、擦り潰す時に使う調理道具のようです。固いバニラのさやもこれでしたら、あるいわ――」


「――初めて使った道具を借りてもいいのか?それに……何に使ったんだ?」

 

「今日の昼過ぎに買い出しへ出た時、薬市で偶然目に留まり、いくつか買って来ました。予備がございますので大丈夫ですよ。――初めて使いましたので難儀は致しましたが、蕪の葉のオイルを作る時に使ってみました。すると、今までよりも数段濃いオイルが作れ、料理の幅が広がった思いです」

 

 ――料理の幅か。

「楽しみにしているよ」

 そう言い、すりこぎを手に持った。中のギザギザに当たると引っかかって上手く動かせない。器を左手で押さえてすりこぎを動かしてみた。

 ――こうか?

 すりこぎを回すと、ゴリゴリと音を立てて動いた。

 ――これなら細かく出来るかもしれない。あとでやってみるか。


 運ばれてきたカフェオレを一口含んだ。

 


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は「夕食」という一つの時間を、少し丁寧に描いてみました。

ただ食べるだけだった食事が、少しだけ特別なものに変わる――そんな瞬間を書けていたら嬉しいです。


エルにとってはまだ分からないことばかりですが、それでも「美味しい」と感じたこと、覚えておこうとしたこと。

その一つ一つが、これからの彼に繋がっていきます。


物語はゆっくりと進んでいきますので、どうぞよろしくお願いします。


次回更新は明日19時30分です。

引き続きお付き合いよろしくお願いします。

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