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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅴ話 後編【材料屋とシフォンケーキ】其の一



 庭園を抜けた先に離れはある。ミーナと初めて会った庭園、すぐに再開した離れ。

 ――ここから先は俺一人だ。


 離れの扉を開け、厨房へと進んだ。

 

 離れの厨房は、本邸と比べてそこまで大きくない。母さんが開く、お茶会の準備で使うことがほとんどで、設備はそこまでそろえられていない。だが、お茶会に出すケーキは本邸ではなく、ここで作っていた。


 ――それならここで出来るはずだ。

 

 厨房に入ると中は綺麗に掃除されていた。両親が王都へ行ってから使われていないにも関わらず、ほこり一つ見当たらない。

 少し高い作業台、下には台が置かれている。窯はすでに温められ、何を作ろうとしているか、わかっていたかのように準備されていた。


 ――いつから準備してたんだ。でも、今はそれよりも。


 買ってきた袋を開け、台に並べていく。卵と小麦、砂糖や牛乳などの乳製品。あとはバニラと油だ。心配していたバニラが見つかってよかった。材料屋には並んでいなかった。通りすがりの市場を見ても、それらしいものはなさそうだった。

 ――希少なんだな。買えてよかった。あとは――。


 袋には器具と型、バニラとは違う大きな瓶が入っている。

 この瓶は、南区にあった植物油だ。ルセットには油と書いていたが、これでも大丈夫だろう。そう思い買ってきた。

 袋の底に入っていたのは、泡だて器やヘラ、銅製の小さなボール。型が二種類、両方共底が取れる低めの筒状をしている。

 片方は平たい円形の板がピタリとはまり、もう一方は、妙な形の型だった。真ん中に柱みたいなのが突き出ていて中は空洞だった。


 ――シフォンケーキ、ミーナが食べていたのは確か……真ん中が開いていたはずだ。

 変わった形状の物を台に残し、もう一方を袋に戻した。

 買ってきた器具や型が少し汚れている気がする。洗い場へと運び、洗って干しておいた。

 

 

 ルセットを台に置き、材料を確認していく。

 砂糖――薄力粉――牛乳――油――卵黄――卵白……?

 ――卵黄と卵白ってどうやって分けるんだ。そもそも、卵ってどうやって割るんだ……。


 生の卵を今までに割ったことがない。ゆで卵と同じだろうか。わからないことが出てきた。もう一度ルセットに目を落とした。

 ルセットをよく見ると卵白の横に〝メレンゲ〟と書かれている。メレンゲどこかで聞いたことがある。

 最近だったはずだ。いつだ……いつ聞いた――。

 

 メレンゲ……メレンゲ……ふわふわ?

 

 「二つを混ぜて空気を含ませると、ふわっふわになるんだけど」


 ミーナの声が頭に浮かんだ。

 ――そうだ、ミーナが食べていた雲菓子だ。

 確か砂糖と混ぜて、立てるとふわふわで…………だめだ、そこから思い出せない。

 記憶を辿っても思い出せそうにない。ルセットには卵を分けて量ると書かれている。

 ――この通りにやってみよう。


 台に置いてあった計量器を動かし、皿を上に乗せると、ガシャンと針が動いた。

 これは、後ろの突起を回すと零になるはず――突起を手をかけクルクル回すと針は元の位置へと戻った。


 ――よし。


 ルセットに目をやり、材料の所で止めた。砂糖の文字が二か所に書かれている。その通りに二つに分けて量った。

 小麦が二種類、薄力粉と強力粉と書かれている。どっちが薄力粉だろうか、袋に目をやると袋にはポルト産薄力粉と書かれ、もう一方には強力粉と書かれている。二つを同じ皿に量り、台の上へと移した。

 同じように牛乳と油、書かれている残りの材料を量っていく。

 

 ――あとは卵だけだ。


 新しい器を計量器に乗せ、卵を握った。どれぐらいの力で握ればいいんだ。割れやすいと聞いたことがあったので、そっと指で掴むと殻はいつものゆで卵ぐらいだった。それならばと台に力を込めて打ち付ける。


 コンゴンッ。


 いつものようにやると、卵がぐしゃりと割れ、中身が台に広がっていく。割れた殻が卵黄に刺さったのか、透明な部分と混ざっている。

 

「……くそ、失敗か」


 台を拭きなおして、もう一度卵に手をかけた。二回目はやさしく台に打ち付けたが、今度はヒビも入らなかった。

 もう一度、今度はもう少しだけ力を込めて台の角へと打ち付ける。


 卵は見事に割れた。だが、殻が半分と中身がすべて床へと落ち、打ち付けた絵のように床に模様を描いた。

 卵は床に広がったまま、ゆっくりと伸びていく。手もそのまま止まり、動けなかった。まだ何も始まってないのに、もう失敗している。


 「……無理、なんじゃ」

 

 

 「そっちの方が面白いでしょ♪」

 ミーナの声がまた聞こえた気がした。


 ――……違う。

 首を横へと振った。ミーナはいつも面白い方へと動いていた。

 ――出来るかどうかじゃないだろ、やるって決めたんだ。



 床に落ちた卵へ視線を落とすと、手を止めた。


 「……台じゃなくて、器の中で割れば」


 そうすれば、落ちない。そうすれば失敗しても、無駄にならないんじゃないか。

 今度は器の縁に、軽く打ちつけるとコツン、と小さな音がした。さっきより、浅いひびが入り指を添えて、ゆっくりと開いた。


 中身がとろりと器の中へと落ち、卵黄と卵白が、混ざらずに残っていた。


 「……できた」小さく、息が漏れた。

 三回目でようやく割れ、肩の力が抜けた。


 「それで……これを分けるんだよな」

 

 卵の入った器をのぞき込んだが分け方がわからない。分けるやり方が乗っていないかルセットにも目をやるが、やはり載っていなかった。

 しかたなく、台下からフォークを取り出し、卵黄の下へと滑り込ませた。卵黄がわずかに揺れ、そっと持ち上げる。プルプルと震えながら静かに持ち上げると、くっついてきていた卵白が器へと落ち、卵黄だけを取り出すことが出来た。


「ふー……卵を割るのって難しいな」

 息を吐き、分けた卵黄を違う器へと入れる。量りにのっている器に入った卵白の重さを見ると、ルセットに書かれているものはまだ五個分ほどある。まだこんなにあるのかと、思わず顔をしかめた。

 だが、さっきよりも手は止まらず、もう一つ卵を手に取った。器の縁に軽く当てるとコツンと音とした。

 綺麗にひびだけが入り、そっと指を添えて開くと、とろりと中身が器へと落ちた。


 「……おっ、今度も崩れなかった。これならいけそうだ」

 

 小さくつぶやき、次の卵へと手を伸ばした。

 


   ♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 

 

今回も読んでいただきありがとうございます。


卵を割るところから始まる主人公、なかなかいない気がします。

うまくいかなくても、ミーナの言葉を思い出して、もう一度やってみる。


それだけのことですが、エルにとっては大きな一歩です。


「出来るかどうか」じゃなく「やると決めたかどうか」。

その違いを書いた回でした。


仕事が立て込んでいて4/18(土)4/19(日)の更新はお休みです。

次回更新は週明け4/20(月)19時30分です。


次回も引き続き、エルを見守っていただけると嬉しいです。

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