第Ⅳ話 後編【闇夜の出会いと貴腐ワイン】其の一
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積みあがった木箱に俺は腰を下ろした。
男は、木箱へは登らず地面に座り、木箱に体を預けている。
街にかかっていた霧は海へと流れ、水平線は少しだけその姿を現した。
日の出まではもう少し。
太陽の姿は見えないが、あたりはだいぶ明るくなり、街灯が音もなく消えていく。
「……俺の」
「……俺の大切な友達が、病気らしいんだ」
重い口を開け、出来れば口にもしたくなかった言葉をつなげた。
「どうすれば、助かるのか――わからない」
「何をしたらいいのかも……」
男からの返答はない。
話す声はどんどん小さくなっていった。
「なんだったら食べられるのか」
「……それもわからないんだ」
「――そうか、大変だな」
口を開いた男の声がとても軽薄に聞こえた。
「それで?」
――何がそれでなんだ?
俺は意味が分からずに聞き返した。
「それでって何がですか」
口調が少しだけ荒れた。
木箱に寄りかかる男へ視線を向けると、男と目が合った。
「マジか……」
小さなため息が、聞こえた気がした。
「それでお前はどうしたんだ?って聞いてんだよ」
「わからないから落ち込みました。それだけなのか」
「俺だって出来ることを探したんだ」
「ミーナの好きなケーキ屋に食べられるものを作ってくれって」
「……でも……断られた」
なぜ断られたのだろうか。お金を出したのが失敗だったのか。
でも、それ以外に俺が出せるものなんて……。
「そりゃ断るだろ」
「で?」
――じゃあ、どうすればよかったんだ……。
……いや、違う。そうじゃない。
あの時、店主は確か「僕様は忙しいのだ。何の用で呼び出したのだ!」といっていた。
忙しい。忙しい時に俺が呼んだ……。
――俺が、邪魔をしていた?それなら。
それなら、忙しくないときに行けば聞いてもらえるかもしれない。
この時間から待っていれば……会えるかもしれない。
「……もう一回、行けば」
ぽつりと出た言葉は風に消えた。
「――やめとけ」
立ち上がろうとした矢先に男から声がかかった。
「変わらねえよ」
「……っ」
――そうだった、祝願祭はまだ続いている。
男に言われるまで忘れていた。祝願祭はあと一週間も続く。
「もう、できることなんて……やっぱり」
顔を落としたその時、鼻先を甘い香りが抜けた。
下にいる男がワインを開け、口をつけた。
「人が悩んでるときにワインかよ……」
「お前みたいなワイン持ってたの思い出したからな」
男は瓶を持ち上げ、中身を空に透かしている。
透明な瓶に琥珀色した液体が、少しだけ光って見えた。
「……どういう意味だよ?」
また、ワインを一口飲んだ。
「腐ってるってことだよ――」
「……は?」
「お前と同じってことだ」
言われてることが分からない。
この男と会話をしても、話を聞いているのかもわからない。
「それで」
また、男は同じことを言った。
「……それで終わりなのかって、ことか?」
「いや、知らねー」
――なんなんだこいつは。
質問には返さない、言っていることは意味が分からない。
俺の言っていることを拒絶されてるみたいだ。
――拒絶?
断る?ケーキ屋に断られた……。
他に頼るところなんて……。
…………。
いや、ケーキ屋〝には〟断られたが街中で聞いたわけじゃない。
もしかしたら――。
「やめとけ、一緒だ」
まただ、考えていることを読まれてるみたいに先に止められる。
「で?」
また同じことの繰り返し。
「じゃあ、どうすれば……」
同じ場所をぐるぐる回っている気がした。
「はぁー」
男が短くため息をついた。
「それで、お前は何したいんだって聞いてんだよ」
――俺は……。
浮かばない、なにも。
わからないから歩いた、街を一人で。
でも、ここまで来ても何も浮かばなかった。
「……考えてる」
「違う」
「俺は〝何したい〟って聞いてんだ」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
――何したい?何がしたい……考えている。
考えることをしている……。
でも、それは……。
……違う。考えてたんじゃない。
――逃げてただけだ。
「……何もしていない」
口にした瞬間、胸の奥がざらついた。
考えているつもりだった。でも、それは――。
自分で認めたくなかった言葉だった。
「そうか」
男は短く会話を遮った。
――どういうことだ?何が出来る。
ほかにできることなんて何も。
「……でも、何をすればいいか――」
「考えて終わりか?」
その言葉に、胸の奥がざらついた。
――考えても答えなんて……。
似たようなことを、前にも言われた気がする。
「考えてもわからない物はわからないの!」
頭の奥に、誰かの声が引っかかる。
明るくて、強引で――。
「――自分で探さなきゃね」
ミーナと前にもこんなことあった。
あれは確か……。
「そっちの方が面白いでしょ♪行こうよ」
俺の手を引いてくれていた――。
そうだ……去年の祭りの時だ。
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去年の祝願祭。
あの日、二人で回っていた時。
「おかしいなー確かこの辺だった気がするんだけど……」
オススメの屋台の一つへ、俺を連れて行こうとしていた。
だが、ミーナが屋台の場所を忘れてしまった。
あの日も、人が多くて。二人で裏路地に入って、ミーナが思いだすのを待っていた。
「なー西区とか東区とかはわからないのか?」
「んー考えてるんだけど……どこだったかなー」
握った手を口に当て、思い出そうとしていたミーナ。
「んー……うんー……よし」
唸っていたミーナがいきなり振り返った。
「考えてもわからない物はわからない!」
「は?」
思わず呆けた顔で答えてしまった。
「だから、考えてもわからない物はわからないの!」
「じゃあ別の所へ――」
あの時、俺はあきらめたと勘違いした。
別の屋台へ行くのだろうとそう思っていた。
だが、続いた言葉は違う。
「それなら――自分で探さなきゃね」
「はぁ?どれだけ店があると思って――」
「そっちの方が面白いでしょ♪行こうよ」
ミーナは手を伸ばし、掴んだ俺の手を引っ張り、大通りへ向かった。
西区から北区へ、そのまま東区……結局、街中を連れまわされた。
――でも、あの時は結局見つからなかったっけ……。
「見つからなかったね――でも、」
ミーナと一緒にいると、歩いてばかりな気がする。
「楽しかったね♪」
歩いて回るのは、疲れた。でも。
見たことないものを一緒に驚いて。
新作の看板にミーナが走っていくのを止めて。
――楽しかったんだ。
考えてなんていなかった。
ただ、あいつに引っ張られて――動いていた。
…………あの時は、わからなくても動いていたのに。
それなら――今は。
第Ⅳ話後編【闇夜の出会いと貴腐ワイン】其の一を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はエルの中で、少しだけ変化が生まれた回になりました。
夢人の言葉と、ミーナとの記憶。
その二つが重なった時、エルはどう動くのか。
次回も読んでいただけると嬉しいです。
次回更新は明日19時30分です。
引き続きお付き合いお願いします。




