第Ⅲ話 後編【桜桃と雨模様】其の三
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みんなと別れた俺は南区へと足を向けた。
人の流れに逆らい無理やり抜けていく。
途中で人にぶつかり舌打ちをされることもあったが、気にしている余裕はなかった。
早く。早くあの店に行きたかった。
ミーナの好きなあの店ならきっと何か。
そう思い――ただ急いだ。
【クンパッパ】ミーナの好きなケーキ屋の前には長い列が出来ている。
それを並ぶ余裕はない。
気持ちが焦り、並ぶ人を抜いて店へと入った。
「お客様、順番にご案内しております。お並びいただけますか?」
「店主を、店主を出してください!お願いします」
顔を上げると顔なじみの販売員と目が合った。
「困ります!」
「――あら?お客様は」
この店に俺は一人で来たことがない。
覚えていたのか、それだけ言い残して販売員は裏へと下がった。
店内にいた客は怪訝な顔で俺を見ている。
――何も知らないくせに。
嫌な感情があふれてくるのが分かった。
「お客様。店主が裏口に回れっと……」
「すぐに行きます」
――よかった。会ってくれる。ここのケーキならミーナもきっと。
はやる気持ちを抑え、店を飛び出し裏口へと回った。
裏口にはまだ誰も出てきていない。
裏の通りにも人の姿はなく、静かだ。
店主の顔を俺は知らない。ただ誰かが出てくるのを待つしかなかった。
ガチャ。
少し待っていると店主らしき男の人が出てきた。
「店主の方ですか?」
「僕様は忙しいのだ。何の用で呼び出したのだ!失礼な奴め」
怒る店主に見覚えがあった。
――マンゴージャムを買っていた、あのおじさんだ。
「お忙しいところすみません!ケーキを……ケーキを作ってください」
「お前はここをどこだと思っているのだ?ケーキなら店に並んでいるのだ」
「そっちを買えばいいのだ!帰るのだ」
おじさんは虫でも払うように手を振った。
「ダメなんです!ミーナが……友達が病気で。食べても倒れない菓子を作ってください」
店主の動きが止まった。
「……なんだって?」
「特定の食材かもしれない。何が原因かはわからない」
「だから――可能な限り、余計なものを使わないで作ってください」
商会長に聞いてきた限りの危険そうなものを矢継ぎ早に並べ、言葉が早くなる。
「卵も小麦も牛乳……いや、全部危険かもしれない」
「果物もだめかもしれない、砂糖も――」
思い出しながら指折り食材を言った。
「おい、小僧」
低い声が、言葉を遮った。
顔を上げると店主は、じっと俺を見ていた。
「それで、〝何を作れ〟と言うのだ?」
「……それは」
言葉が詰まった。
――何を?なんでもいい、何かミーナが食べられるものを。
……何が食べられるんだ。
頭の中が真っ白になった。
「何がダメかわからないのに、何を抜けばいいかもわからない」
「そんな状態で、菓子なんて作れるわけないのだ」
「……っ」
違う、でも――それしか思いつかなかった。
「お金なら――お金なら出します」
気付けば、口から出ていた。
「いくらでもいい。材料も、人も、時間も」
「用意できるものは全部……全部用意します!」
ポケットから袋を取り出し、金貨を取り出した。
「だから――」
「やめとくのだ」
静かな声だった。
「……え?」
店主はため息をつき、腕を組んだ。
「金でどうにかなる話じゃないのだ、それは」
「お菓子っていうのは、〝食べられるもの〟を美味くするもんなのだ」
「食べられないものを、無理やり食べさせて何になるのだ」
何も言えなかった。
言葉が、出てこない。
「それに――金を出す?」
店主の声が冷たく変わった。
「稼いだこともない小僧が偉そうにするな!」
「稼ぐ苦労も、その金の価値も、何もお前はわかってない!」
「違う……そんなこと……!」
口に出した言葉には、声が出なかった。
「お前の顔は、恵まれている奴の余裕がある顔だ!」
「なにも失ったことがない、そんな顔だ!」
「何が、偉そうに金は出すだ……大人を舐めるのも大概にしろ」
「僕様は忙しいのだ。もう帰るのだ」
手を伸ばしたが相手にされず、扉が硬く閉じた。
――何も、掴めなかった。俺は恵まれているのか……。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
……ここはどこだ?
見回すとそこは、鬼かくれんぼをした裏路地だった。
さっきまでケーキ屋にいたはずなのに、いつの間にかここへと来ていた。
どうやって、来たのか思い出せない。
ミーナに押し倒された時、削り取った木箱が、その不安定な姿のまま残っている。
――あの時から止まってるみたいだ。
木箱に触れるとあっけなく崩れ、ほこりが舞った。
「エル君みっ――――けっ!」
そんな声が後ろから聞こえた気がして振り向いた。
でも誰もいない。
「なんでミーナは、あの時後ろから出てきたんだ……」
ミーナが現れたところまで行くと、木箱と樽の隙間に子供が一人、通れる隙間があった。
「――あいつ、こんなところ通ってたのかよ」
顔抑えて上を見上げた。
「エル!」
後ろからガッチョの声が、聞こえた気がした。
今度も気のせいだ、そう思って気にしなかった。
「おいエル!」
――うるさい。
「エル!」
手をどかすと、ガッチョとアルテミアが並んでいた。
「ガッチョ……アルテミア……?」
「エル……あなたなんて顔してるのよ」
――俺の顔?今、どんな顔をしてるんだ。
――わからナイ。
「――何の用だよ、お前らも冷やかしにきたのか?」
「エル?あなた何言ってるの……」
「なんだよ、それなら無知なお前らでもわかるように言ってやる」
「俺は無能だ――いや、違うだろ……」
「俺は……何もできてないだけだろ?」
「なんでだよ。……なんで助けられないんだよ」
「エルあなたどうした――」
ガッチョが俺の胸倉を掴んでいる。アルテミアが何か言っているが声が届かない。
「お前まで何言ってんだよ!ミーナはどうなったんだ!」
――ミーナ?
……タスカラナイ……?
心の奥で何かが壊れる音がした。
「助けられないんだよ!食べることが出来ない。食べられるものがない!」
「だから、一人で探してたんだろ!お前らにはお前らの仕事がある、手伝わせちゃいけないって……」
「それで……。でも、もう……遅いんだ。ミーナはもう……」
「――ふざけんなっ!」
後ろに投げられ、背から木箱にぶつかった。
「この馬鹿野郎!」
「エルお前ひとりで何が出来るんだよ!俺たちがいるだろ!みんなでやれば、なんとかなるかもって――そう思ってたのにっ」
「お前の事信じてたのに。お前の顔見てミーナがやばいってのはわかってたんだ!」
「お前なら俺たちに頼ってくれる。みんなでなんとかしようって言ってくれる!そう思ってたのに――」
「……もういい。お前の顔なんて見たくもない」
「アルテミア……行こうぜ」
「えぇ……」
「ねぇ、エル。あんた今かっこ悪いよ」
「ミーナが見たらなんていうかな」
二人は俺を置いて去っていった。
木箱に投げられ、うつぶせになって俺にぽつりと雨があたった気がした。
空を見上げると、さっきまで見えていた太陽はもう暮れそうで、変わりに暗い雲が近くに来ていた。
ぽつぽつと顔に雨があたる。
「とっても美味しいよ♡エルくんありがとう♡」
また、ミーナの声が、聞こえた。
顔を上げてもミーナはいない。
雨が強くなり、もうミーナの声は聞こえなかった。
――ミーナ、俺もお前に会いたいよ……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第三話後編其の三でした。
エルにとって、ひとつの大きな壁にぶつかる回になりました。
うまくいかないこと、どうにもならないこと。
それでも前に進まなければいけない時がある――。
この先、エルがどう向き合っていくのか、
見守っていただけたら嬉しいです。
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次回の更新は明日19時30分です。
次回も引き続きよろしくお願いします。




