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Gateau de fantasie~ガトー・ド・ファンタジー~【港町ポルトと甘い約束の物語】  作者: kou pâtissier


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第Ⅲ話 後編【桜桃と雨模様】其の一



 商会長――ミーナの父親は扉の中へと入っていった。


 

 「――ありがとうございます」


 誰もいない扉へ頭を下げ、その場を離れた。


 

 『絶対に俺が……何とかしてやる』

 広場に向かう足は、ゆっくりと動いた。


 ミーナの姿が浮かび、みんなへの説明を少しだけ考えたかったから。


 

 会長が教えてくれた、食べられない食事。

 

 

 話しの中で聞いていた通り、わかっていることは少ないようだ。

 

 食事だけが碌に出来ない。

 何かを食べたら倒れる——そこまではわかっているらしい。


 ……だが、それだけだ。

 何が食べられないのかも、原因もわからない。

 

 

 普段通りの生活が出来ていて、食事だけが出来ないそんな病があるのか……。



 そんな病気は聞いたことがなかった。

 


 「おや、エルネスト君ではありませんか?」


 

 考えに沈みすぎて、視界がやけに狭くなっていた。

 下を向き立ち止まっていた俺は、向かいから来る人に気付かなかった。


 「――先生」

 名前を呼ばれ、顔を上げると見知った先生の顔があった。

 『なんでこんな時に……』


 

 「一週間ぶりですね、課題は順調で……ふむ」

 長く伸びた髭へと手を動かした。

 

 「……顔色が優れませんね」

 「今日はことほか悪いご様子だ」


 

 「先生、王都へ帰られたんじゃなかったんですか」

 推しについて教えてくれた歴史学の先生が目の前に立っている。

 今はあんまり話したくない、その思いからか、少し棘のある言い方になってしまった。

 

 「えぇ、帰るつもりでしたよ」

 

 「せっかくの祝願祭ですから、少しのんびりしてから推しの女神メイディス様に祈りを捧げておりました」

 「帰る前にこの街の友人の元へ行っていたのです」

 

 「幾人もの医師に断られたという患者のお父様が来られましてね。これが中々、珍しい症例でしてね」

 「わたくしも医師の資格を持っておりますので、駆り出されたというわけです」

 

 ――年に数度会うぐらいだが、聞いたことなかった。

 

 「初めて聞きました、お医者さんだったんですね」


 先生は首を振り、「少し違います」と人差し指を立てた。


 「私は研究の分野で医師として活動しております」

 「未知なる病気、稀な症状。各国から書籍を取り寄せ研究している。というわけです」


 ――未知の病気。それってもしかして。


 「その、さっき言っていた珍しい症例というのは……ミーナ。ミーナの事ではありませんか?」

 

 先生は一瞬目を細めた。


 「――守秘義務がございますので、申すわけにはまいりません」


 

 「……そうですよね」

 俺は肩を落とした。

 

 ――何か少しでも聞きたかった。何か少しでもミーナのために。

 そんな俺を、先生はしばらく黙って見ていた。


 

 「――隠せているつもりですか?」

 そう言って、先生は小さく息をついた。


 

 「ふむ――少し歩きながら話しましょうか」

 髭をなでながら、先生の口元が笑んだ。

 

 「先生そんな時間は――」

 

 「エルネスト君、考えるときは歩くのです」

 「立ち止まっていると、思考も一緒に止まってしまいますからね」

 

 先生の横について、路地を進む。

 

 「先生、珍しい症例とおっしゃっていましたが――」

 

 

 「守秘義務がありますのでね」


 顔を見上げると先生はこっちを向いたまま、返事は変わらない。


 「……食事が出来ないんです」



 先生は立ち止まった。

 「ほう、それは確かに珍しいですね」

 「――食べるたびに、ですか?」


 「はい、ですが食べられない訳でもないらしく……」

 会長から聞いたが、よくわかっていない事ばかりで、言葉を濁した。


 「それは〝食べられない〟のではなく――体が拒んでいる可能性がありますね」


 「……拒んでいる?」

 ――どういう意味か分からない。

 

 「えぇ」

 「ですが安心なさい――それは〝何も食べられない病〟ではありません」

 

 「すべての食事で、必ず起きるわけではないのでしょう?」

 「そうであれば、原因は〝食事そのもの〟ではなく、〝含まれる何か〟です」


 

 「――!」

 

 

 「原因さえ特定できれば、対処は可能でしょう。問題は……それが何か、ですがね」


 

 先生の言葉に少しだけ、救われた気がした。

 何も食べられないわけじゃない――その一言で、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


 

 「では、食べられないものの中に、ミーナが拒んでいるものがあるということですか?」


 「えぇ、推測の域を出ませんが、おそらくその可能性が高いでしょう」

 

 「顔色も少しは戻ったようですね」

 髭を擦る先生の表情は笑んでいる。


 「先生、ありがとうございます」

 顔を上げると先生は少しだけ目を細めていた。

 

 「エルネスト君、あまり無理はしないようにしてくださいね」


 「――はい!」

 そんなに顔色が悪かったのかな。でも、ミーナを助けるためなら多少の無茶はやるつもりだ。

 

 「本当にありがとうございました」

 「はい、検討を祈っておりますよ」


 先生と別れてすぐ俺は立ち止まった。

 振り向くと先生は、その場で手を振っていた。


 「先生!」


 「どうされましたか?」

 先生に聞いておきたいことがあったのを思い出した。


 「以前おっしゃっていた、〝推し〟ってなんですか?」

 

 路地には誰もいない。遠くで祭りの音と笑い声が微かにするだけで、静かだ。

 

 「推しとは――理念です。理想と捉えてもよいでしょう」

 「人はね、その理想に近づこうとする時に、初めて〝変わる〟んですよ」


 ……理念?その言葉だけが、やけに頭に残った。

 ――ミーナを助けたい。その思いも、もしかしたら。


 

 「――まぁ、私の持論ですがね」


 そう言って先生は、嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。


 

今回も読んでいただきありがとうございます。


ミーナの状態はまだ何も分からないままですが、

少しだけ「希望」に繋がる話が出てきました。


エルにとっては、ただ焦るだけだった状況から

“考えるための手がかり”を得た回でもあります。


そして先生の言葉――

「推しとは理念」という考え方。

これがこの先、エルの行動にどう影響していくのかも

見てもらえたら嬉しいです。


次回は、エルが実際に動き出し、少しずつ物語も動いていきます。


次回更新は明日19時30分です。

引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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