第Ⅲ話 前編【桜桃と雨模様】其の三
ミーナの話を聞いた俺たちは、みんなの元へと帰れずにいる。
家のそばにあった木箱へと座ったが誰も口を開かない。
薄暗い路地。流れた雲の隙間から差し込む光が、時折顔を出した。
聞こえてくる喧騒はまだ遠い。
「……なーエル。どうするよ」
重い口を開けたのはガッチョだ。
「……」
少しだけガッチョと目が合ったが、すぐに頭を伏せ目を閉じた。
握ったこぶしに力が入らなかった。
「なぁーって!」
少しだけガッチョの声が強くなった。
「ちょっと、ガッチョ……エルだって考えてるんだから」
「でもよ、みんなになんていえばいいんだよ。ミーナが病気で、外に出られない。相当やばそうだ!って、そういうのかよ!」
「それは……そうだけど」
二人とも俺と同じ思いのようだ。
夫人の顔を見る限り、状態は多分悪い……それもかなり。
老婆の言っていた、お嬢様は何も……。奥様は付き添って……。
わからないことだらけだ。
「――今のところ、ミーナの事を知っているのは俺たちだけだ」
「でも、俺たちもミーナに会ったわけじゃない。」
「夫人の話も会えないって言われただけで、わかっていない事ばかりだ」
「だから――みんなには黙っていようと思う」
「……嘘つくって事か」
「そうじゃない。よくわかっていないことを言って、不安にさせてもだめだと思うんだ」
「だからみんなには、会えなかった。体調がよくないみたいだ。しか言わない」
「わからない事だから、言わない。――それだけだ」
嘘じゃない。だますわけじゃない。……ただ、そう言い聞かせただけだ。
「そうね、わからないのに広めるのはよくないわ」
「確かにな――でも、このままにしとくのか?」
あの感じだと、夫人にはもう会えそうにない。
「一人だけ話が聞けるかもしれない人がいる。……会ってくれればだけど」
「二人は、戻っててくれるか?あんまり時間がかかってもおかしいし」
「エルはどうするの?」
「――俺は会ってくるよ」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
二人と別れ俺はヴィターリ商会の裏口へと向かっている。
二人には、「少し忘れ物をしたから取りに帰る」とみんな伝えてもらっている。
裏口の近くには先ほどまでいた従業員の姿はなかった。
誰もいない路地は祭りの音が少し近くなっていた。
「少しでも話が出来ればいいけど……」
不安を抱えながら扉の金具を静かに二回鳴らす。
少しすると扉が開き、女性が出てきた。
「はーい。えっと……どちら様ですか?」
「ヴィターリ商会長はいらっしゃいますか?エルネスト。そう言っていただければ伝わると思います」
子供が訪ねてきて、商会長を呼ぶ。普段はそんなことがないのだろう。不思議な表情を浮かべて戻っていった。
しばらくして、扉が開いた。
出てきたのは、ヴィターリ商会の会長。ミーナの父だ。
「エルネスト様っ!」
扉を閉めると、会長は膝をついた。
「会長、今日はお聞きしたいことがあり、まいりました。立ち上がっていただけますか?」
立ち上がった会長の顔は、夫人と同じく疲れて見える。
「それで、本日はどうなさいましたか。聞きたいことと申しますと?」
「はい。――――ミーナについてです」
「先程、約束の時間になっても来ないので、ミーナを呼びにお宅へと行って来たのです」
「夫人には、ミーナは寝たきりで会わせるわけにはいかない。と言われました」
「夫人も会長も随分とお疲れの顔をしております!ミーナは大事な友達です。私にも何かできることはないでしょうか?」
会長は、難しい表情をしている。以前何度かお会いした時は表情を変えず、父と話しをしていた覚えがある。
「よくわからないのです――」
会長の声は、ひどくかすれていた。
「えっと――それはどういった意味でしょうか?」
俺の問いに、会長は少しだけ視線を落とし重い口を開いた。
「一週間と少しほど前でしょうか。ミーナは祝願祭へと出かけ……土産をたくさん持って帰ってきました」
「それは嬉しそうに。これはね、と――一つ一つ、話してくれて……」
その光景を思い出しているのか、会長の口元がわずかに緩む。
だが、それはすぐに消えた。
「……夕食の時間になっても降りてこないあの子を呼びに行くと、部屋で倒れていました」
「すぐに医者を呼びましたが、疲れだろうと……それだけで」
そこまでは、まだよくある話かもしれない。
問題は――その先だ。
「翌朝、いつも通り起きてきたミーナは……何事もなかったように席につきました」
「ですが――」
会長の言葉が、そこで止まりわずかに震えていた。
「……食事を口にした瞬間、再び倒れたのです」
「意識を失い、そのまま……」
そこで、言葉が途切れ沈黙が落ちた。
嫌な想像が、頭を埋め尽くした。
「……それからは?」
俺は、できるだけ落ち着いた声で続きを促した。
「――食事を、受け付けないのです」
短い言葉だった。だが、その意味は重い。
「口にした途端、呼吸が乱れ、ひどい時は意識を……」
「医者にも原因はわからないと……そう言われました」
……理解が追いつかない。
食べられない?
それで、どうやって――
言葉の続きを、これ以上考えたくもなかった。
握る拳が強くて自分の手が痛い。
何もできないまま、倒れていくミーナの姿が頭に浮かんだ。
「……そう、ですか」
絞り出した声が、自分でも驚くほどに弱かった。
視線を上げると会長の目は、俺ではなく――どこか遠くを見ていた。
助けを求めるでもなく、ただ諦めたように。
「何人ものお医者様にも診て頂いたのですが……答えは変わらず」
――やめてくれ!違う、そうじゃない。
まだ、終わってない。
「会長」
声をかけると、その目がわずかに動いた。
「ミーナは……何を口にしたんですか?」
「食べ物でも、飲み物でも。何でもいいんです」
「倒れる前に、何か――きっと何かあるはずなんです」
「……このままじゃミーナは」
「俺が……」
「俺がミーナを助けます!」
何が出来るかはわからない。でも、ミーナを助けたい。
ただ、純粋にそう思い頭を下げた。
「お願いします!教えてください」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ミーナの状況が、少しずつ明らかになってきました。
まだ何も解決していません。
それでもエルは、前に進むことを選びました。
次回、彼の「やる」という言葉がどう形になるのか。
見届けていただけると嬉しいです。
次回更新は明日19時30分です。
引き続きよろしくお願いします。




