第Ⅲ話 前編【桜桃と雨模様】其の一
祝願祭の二週目の水の日は、毎年八人で回る約束をしている。
朝から集まり、それぞれのおすすめの屋台を回り食べ歩く。夕方にはみんなで祈りを捧げるために教会へ行く日だ。
今日なら――ミーナも来るはずだ。来るはず……だ。
二人に聞いても「会っていない」と言っていた。
その言葉が、妙に引っ掛かり。
そう言い切れなかった。
ガッチョと別れたあと、どれだけ探してもミーナに出会うことはなかった。
あの日に見た低く伸びていた雲は、次の日に雨を運んできた。
リヴォーラ山に低い雲がかかると、雨が長く続く。
雨が降り始めて二日が立った。
窓から見えるリヴォーラ山は薄暗いが雲は低くない。山の峰まで見える日は正午ぐらいから晴れだす。
街の天気はリヴォーラ山が決める。といわれるほど、よく当たる。
「今日は、雨もやみそうで良かった」
雨が降っている二日間は、新たに届いた課題をこなし講師の授業を聞いて過ごした。
課題を持ってきた配達屋が、父さんからの手紙を持ってきた。
【予定が伸びてしまい祝願祭には間に合いそうにない】。
――今年は一人で最後まで過ごすのか。
そう思うと少しだけ心が落ち込んだ。
だからこそ、今日はみんなとの約束を守るために頑張って課題を終わらせた。
街へと行く準備をしていると、扉を二回たたく音がした。
「エルネスト様。エヴァルト様からの御達しがあり領外へと少々行ってまいります。」
「三日ほどで帰ってこられると思いますので、ごゆるりとお過ごしください」
少しだけ声が低くなった、そんな気がした。
「課題はいいのか?」
「はい。期間中のお預かりしている課題は、昨日までのもので終わりでございます」
「三日ほどお休みいただいてもよろしいでしょうか?」
「――わかった。しばらくは本でも読んでおくことにするよ」
「……気を付けてな」
「――ありがとう存じます。それでは行ってまいります」
扉越しに話したキースの足音が遠くなっていった。
「ハァー。通りで課題が多いと思ったよ――」
本当は分けて出されていた課題を、キースがまとめて出していたようだ。
「――気にしていてくれたのか?」
「いや、おかげで今日から遊びに出かけられる。早く着替えて出よう」
――みんなに会えるのは、楽しみだ。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
館を出ると雨はもう降っていなかった。
まだ雲は残り、薄暗さは残っているが足取りは軽い。
待ち合わせの九時までは、まだかなり早い。
だがどこか焦る気持ちが先走り館を出てきた。
路地を歩いていても屋台の主人らしき風貌の人と住民しか歩いていない。
時間が早いせいか観光客が歩いてる感じはしない。
屋台からは窯に火を入れているのか、所々で煙が上がっている。
雨の間、閉まっていたであろう屋台。
そこにも大きな鞄を背負った行商人が物を運んでいる。
雨で止まっていた祝願祭も変わらない普段の姿に戻ろうとしていた。
屋台の準備にいそしむ横を、少し早いが教会へと向かった。
広場へ着くと、すでにガッチョとアルテミア、ガージの姿があった。
「三人とも早いな――まだ八時過ぎだぞ」
「よーエル。三日ぶりか?やっと手伝い終わったのかよ」
「大変だな、ギルドの裏方の手伝いなんて人にも内容は言えないし」
ガッチョはおせっかいな奴だ。
俺の正体を知らないガージがいる。いつも、こうやって聞かれないように先回りしてくれる。
「そうだな、やっと手伝いも終わったし祭りを堪能できそうだ」
「それは、よかったな!」ガッチョがニカリと笑った。
「暇してるなら俺の手伝いに来てくれてもいいんだぜー」
またニヤニヤしている。いじるときはいつもこの顔だ。
手伝ってやるって言ったら、どうせ「止めてくれ!」とか言い出すんだろうな。
「いや遠慮しておく。明日からは、しばらく祭りを楽しむことにするよ」
「なんだよ――せっかく、手足として使ってやろうと思ってたのに」
「まーせっかくの祭りだエルも楽しまないとな!」
「いってっ!」アルテミアが後ろから、ガッチョを叩いた。
「あんたは本当におせっかいね。――エル久しぶり」
後ろで頭をポリポリかきながら顔を背けた。
小さくて聞こえなかったが「うるせっ」と口が動いたように見えた。
「久しぶりだな、アルテミア髪型変えたのか?」
「あら、わかる」そういうとくるりと回った。
「さすがエルね。この二人とは違うわー」
二人はわからなかったようだ、後ろで気まずそうな顔をしている。
「ガージも久しぶりだな」
「エル兄、久しぶりだね。会わないなーと思ってたけど家の手伝いだったんだ」
久しぶりに会う二人は元気そうだ。
「あと会ってないのはミーナ姉ちゃんだけだ」
ミーナと会っていない?
ガージは市場に並べる野菜を運ぶ以外に、屋台にも野菜を届けているはずだ。
色々と屋台を回っているミーナに会わないはずがないんだが。
「……ガージも会ってないのか?」
「会ってないよ?もう一週間ぐらいたつんじゃないかな?」
「最初の二日ぐらいは屋台であれこれ買って手にいっぱい持ってたけど、それからは見てないよ」
――違和感が増していく。
アルテミアにも聞こうと顔を向けた。
「わたしもみてないわよ?ガージと同じでそれぐらい会ってないわ」
「えっ、どういうこと?誰も会ってないってこと?」
アルテミアとミーナの付き合いはこの中で一番古い。
ミーナの髪を切っている美容室がアルテミアの実家と聞いた。
「まぁー。まだ来てないやつもいるし、他の三人が来てから聞いてみたらいいんじゃね?」
「ごめーん忙しくて出れなかったーとか言って、ミーナも来るだろうしよ」
ガッチョの意見ももっともだ。
だが、そんなことあるはずがない。
そう言い切れるほど、ミーナは祭りを楽しみにしていたのを俺は知っている。
「――そうだな」「……そうね」
付き合いが古い分アルテミアにもわかっているみたいだった。
ぬぐえない違和感を胸に抱え、四人が来るのを待った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
祭りが始まるまではもう少しだ。
屋台から芳ばしい香りが広場へと広がり始め、鼻先をかすめた。
あと少しで九時だが、まだ他の四人は来ていない。
待つ間、ガージとアルテミアの二人が、俺が館に籠っていた間のことを話し始めた。
「そういえばエル兄。おれ、面白い旅人さんに会ったんだ」
そう切り出したのはガージだ。
「みんなで遊んだ日の次ぐらいだったかな?」
「畑で採った野菜を荷台に積んで運んでたんだけど、途中で泥濘にはまって動けなくなっちゃったんだ……」
「手で持っていける量じゃないし、距離も離れてるからさ」
「祭りに運ぶのが遅れそうで焦ってたんだ」
このあたりの畑は街の南側に広がっている。歩いても行けるが少し離れていたはずだ。
あの辺は街道からも外れていて人通りも少ない。
「それは一人で上げれねーな、俺でも無理だ」
「それで、動けなくって泣いちゃったわけか?」
ガッチョはたまに茶々を入れることがある。大体標的になるのはガージだ。
「そんなわけないだろ!」
「もう、ガッチョ君邪魔しないでよ!」
「わりーわりー、まじめに話聞いてるとついな」
二人はいつもこんな感じだな。
そう思っているとアルテミアと目が合い、両手を軽く広げ首を傾げた。
彼女も同じ思いのようだった。
「それでどうなったのよ?」
早く話せとばかりに声が一音落ちている。
「大きな鞄を背負って外套を被った旅人さんが助けてくれてー」
「大きな荷物に外套ですって!」
さっきまで微妙な顔をしていたはずのアルテミアの表情がパッと明るくなった。
「それって、もしかして。あのお方――!!きゃーー!!」
アルテミアとの付き合いも長い。
これはいつものあれだなと考えていると今度はガッチョと目が合った。
ガッチョは両手を軽く広げて首を振った。
「かっこいい人だったのか?」
「そうなの!すごくハンサムで、少しワイルドな大人の男性って感じで」
「パパの美容室に来て下さったときに見たのよ!」
「伸びた髪が闇夜よりも黒く艶やかで、少しだけ切った髪に瞳が見えて、もう――また、お会いしたいわ~」
アルテミアはいわゆる面食いだ。時折好みの男性に会うと性格が変わる。
俺とガッチョはわかっているが、ガージには早かったようだ。
ぽかんと開けた口が間抜けな顔をしている。
「でもアルテミア姉ちゃん、おじさんじゃなかった?」
――ついにおじさんまで。
「そうかもしれないし、違うかもしれないわ!」
「だって、あの方は【夢人】さんなんですもの」
――夢人?
その言葉を久しぶりに聞いた。
どこから来たのかもわからない旅人。
世界を渡り歩き、不思議な知識を残していく――そんな話を聞いたことがある。
……本当にいるのか?
「でも、どうしてわかったんだ?」
実際に会ったのは初めてのはずだ。俺はあったことがないから、多分わからない。
「エル、この街……いいえ、この国に黒髪の人はいないわ」
「吟遊詩人の歌にも、黒髪の~って歌っていたのを聞いたことがあったし。きっとそうなのよ」
「あら、その方ならさっきお会いしたわよ?」
後ろから声がした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
楽しいはずの一日が、少しだけずれていく。
その小さな違和感が、この先どう広がっていくのか――。
まだ名前しか出ていない存在や、語られていない出来事も含めて、
ゆっくりと物語は動き始めています。
次回も読んでいただけると嬉しいです。
次回更新は明日19時30分です。
引き続きお付き合いお願いします。




