第Ⅱ話 後編【揚げパンと宴】其の三
二人と別れた俺は街の南区――ミーナの好きなケーキ屋がある方へ足を向けた。
ティアは夜の営業へ向けて店に戻り、途中まで一緒だったガッチョも急な修理依頼が入り教会で別れた。
南区の屋台はミーナとみて回ったが、屋台が少しだけ変わっている。
希少な果物を使ったジャムを販売していた店は違う店に変わり。
燻製のローストビーフを扱う店には長い列が出来ていた。
『ミーナは本当に先が見えてるみたいだな』
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昨年までは数種類の料理を屋台で販売していた【美食のウサギ亭】。今年は一種類しか販売していないことが不思議だった。
それを伝えるとティアがミーナの助言があったこと教えてくれた。
「なーティア、なんで今年は一種類だけなんだ?」
「いつもは何種類か販売していたじゃないか?」
少し考えたティアは「ミーちゃんのアドバイスなんだっ」と答えた。
『なんでここでミーナが出てくるんだ?』不思議な顔をしていたんだろう。
ティアがその時に教わったアイデアを話してくれた。
「ボクとお父さんも、はじめはいろんな種類を販売しようと思ってたんだ」
「でも、実際屋台で数種類出すのって中々難しいんだ」
「材料もいっぱい要るし、夜の営業もあるからそっちの準備もしないといけないし」
「――去年、お父さん祭りの後に寝込んじゃって。だから、無理してほしくないんだ。ってミーちゃんに言ってみたの」
確かにそうだ。ティアの店は家族三人で営んでいる。
普段は夜しか営業していないから何事もなくても、祝願祭は三週間と長い。
毎日、屋台までとなったら負担は倍以上だ。
食材の仕入れに仕込み、店からの運搬。屋台から店の営業への準備まで休まる暇がない。
「そしたら、ミーちゃんが教えてくれたんだ」
「販売・宣伝・開発とかを合わせて……なんだっけ?」
「えっとマーケティ……。マーケティング!」
「そうマーケティングっていうらしいんだけど、それを使ったアイデアだって」
マーケティング聞いたことない言葉だ。この国の言葉じゃない気がする。
ミーナは違う国に行くことが度々ある。――その時に教えてもらったのか。
ティアの言葉を思い出しながら自分で整理する。
屋台でいろいろな種類の料理を並べるのは負担も大きく、難しいことのようだ。
それならば一種類に絞った方が、材料の仕入れと仕込みも楽になり時間が作れる。
販売するティアも迷いなく提供できるので、時間は早くなった。
――いろんな考え方があるんだな。
「ボクも最初はいろんな種類売った方がお客さんも喜んでもらえると思ってたんだ。でも、「それで体壊したら意味ないよ。倒れそうなお父さんをティアは見たいの?」ってミーちゃんに言われて」
「ボクね、わかったんだ。お父さんが無理せずに、力いっぱい出来る屋台を一緒にやろうって」
いろんな種類が売っている方が、選ぶ楽しみもあって良いと思っていた。
でも、店側の負担を考えたことはなかったな。
ティアの話を聞いて胸が少し……痛くなった。
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それにしてもマーケティングか、面白い話だったな。
歩きながらティアの話を思い出していた。
――ミーナの販売戦略。そこに隠されていたミーナの策略は、ミーナらしさにあふれていた。
祝願祭で開かれる屋台は朝の九時からと決まっている。
そこでミーナが提案したのは【一品集中販売による数量限定販売】なのだそうだ。
品数を一品に絞り、数量限定で昼までに完売させる作戦。
一日の販売数は五百と決めているらしい。
五百個でも十分多いと思ったが、さっきまで並んでいたのでよくわかる。あれでは全然足りていない。
『品切れを意図的に起こして列をつくる。か』
ふと前を見ると列が出来ている屋台があり、のぞき込んだ。
「確かにな、列があったら何が売ってるのかとのぞき込む。これで並んで売り切れて買えなかったら、また買いたくなる」
よく考えてるよ。
「売り切れた方がいいんだよ!」
「え?」って顔したらさ、「だってさ、買えなかったら悔しいじゃん?」
「悔しいとさ、次は絶対買いたくなるんだよ!」って笑ってたんだ。
ミーナらしいなと思いティアの話を聞いていた。
だが、よりミーナらしいと思ったのは次だ。
「フッフッフ、ティア。私の顧問は高いよ~」
顧問料、授業料。何かを教わるなら支払われるべき報酬だ。
ミーナは祝願祭への橋渡しとして、屋台から少し貰っていると前に聞いたことがある。
商売人の娘だ、父からもなにか教わっているのだろう。
『そういえば、報酬を聞いたことがなかったな――』
そう思っていたが、ティアの放った言葉に驚いた。
「ティア!新しいのが出来たら、まずは私に試食させて!それが顧問料だよ」
普通は金銭のやり取りになるところを、現物支給。――どこまで行ってもミーナだな
それを思い出し、一人で歩きながら笑ってしまった。
気が付けば、南門の近くまで来ていた。
南門は石橋を渡れば街道へと抜ける唯一の門だ。入門の審査を待つ馬車が列をなしている。
門のそばには馬車の停留場があり、何台もの馬車が並んでいる。
乗ったことはないが、あれに乗れば王都にいけるはずだ。
並ぶ馬車に目をやると、ついたばかりの乗り合いの馬車から驚くほどの人が降りてきた。
『これが先生の言っていた立ち乗りか』
想像よりもかなり人が多い――あの大きさの馬車にこんなに乗っているなんて。
――これは疲れそうだな。
降りてきた人波をよけ、脇道へと入った。
門から少し行くと、かなり古い石造りの物見塔が建っている。
昔は見張り塔の役目もあったが、門の改修で新たな塔が建てられその役目もなくなった。
今では誰でも登れるように解放され街道を見渡せる。
だが、塔の入口に人の気配はない。
塔の壁面はツタが巻き付き、所々が欠けている。
古くなった塔が不気味なせいか、解放していても人の気配は少ない。
あまり人が来ていないのか、扉を開けると埃が舞った。
欠けて登りにくい螺旋階段を進む。中は採光の窓から漏れた光が入るだけで薄暗い。
頂上にある扉を開けると、蝶番のきしむ音が後ろへと響いた。
少しだけ空が近くて音が遠く感じた。
陽の光が少しだけ傾き、街道を走る馬車には少しだけ影が伸びている。
見渡す限り広がる田園に、少しだけ――心が軽くなった気がした。
風を受けてゆっくりと回る風車。川のそばでせわしなく回っている水車。
流れてきた風は少しだけ土のにおいが混じっている。
季節外れの低い雲がリヴォーラ山にかかり、いつもなら見えるはずの白い峰は隠れていた。
山に低い雲がかかると雨になることが多い。
――降らなければいいのに。
空には薄く雲が広がり、うっすらと陽の光に陰りを落としている。
いつもの見慣れたリヴォーラ山はどこか冷たくて少し怖い。
でも、ここから見えるリヴォーラ山は少しだけ。
ほんの少し暖かい感じがした。
耳へ届いた音に振り返ると、街は人で賑わっている。
祝願祭の前夜祭は昨日で終わりを迎え、神事の宴が今日から始まる。
それに向け訪れる人も増え街は人で溢れていく。
振り返るときに見えたミーナの好きなケーキ屋。いつもと同じ並ぶ列は長い。
目を凝らしてみても、やっぱりミーナの姿はない。
宴が始まる日にミーナがいない。そんなことは今までに一度もなかったはずだ。
塔を降り人の波に流されながらミーナの姿を探した。
みんなで食べようと思っていた雲菓子。
人波に袋の端がぐしゃりとつぶれ、袋の中でカサカサと乾いた音で動いた。
夕方まで街を回ったが、ミーナの面影はどこにもなかった。
今回は【揚げパン】のお話でした。
書いていて一番楽しかったのは、やっぱり味の部分です。
エビの香りやトマトクリーム、そこに重なる香草やスパイス――
頭の中で何度も試作しながら書いていました。
そしてもう一つ。
この回では“料理”だけではなく、“どう売るか”という部分も少しだけ描いています。
ミーナの考え方は、どこか極端で、でもとても彼女らしい。
その一端を感じてもらえていたら嬉しいです。
……ただ、少しだけ気になる点も残っていますね。
それが何なのかは、次のお話で。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次回の更新は明日19時30分です。
引き続きお付き合いよろしくお願いします。




