第Ⅱ話 後編【揚げパンと宴】其の二
「なーティアのところに行くんじゃないのか?」
ティアが手伝っている店は、家族で営んでいる店だ。普段は昼に営業していない酒場だが祝願祭では屋台で出店している。毎年人気が上がり続け、昨年も売り上げ一位の人気店だ。
祭りの場所は昨年の売り上げによって場所が変わっている。人の集まる教会の広場が上位の店。港へと抜ける開けた場所に毎年出店しているのが【美食のウサギ亭】だ。
だが、ガッチョと二人並んだ列は、港へから続くもう一方の路。それもまだ港が見えるほどに近い場所だ。
「もっと上ったところに出店してただろ?場所でも変わったのか?」
疑問に思って、ガッチョに聞いた。
「ここで合ってるんだよ。今年は今までにないぐらいの人気だ!間違いなくこの列がウサギ亭だぜ」
「エル、【おじさんまたやりました】っていっただろ?」
『いや、それにしても――』
長すぎて、先が見えないほど並んでいる。
『また並ぶのか――今年は並ぶのが多いな』
「楽しみだったしな。並ぶか」
「おう、その価値は絶対にあるぜ」
親指を立て、太鼓判を押した。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
かなり並んで、列の終わり。あと二組で買えるところまできた。
「……つかれた」
久しぶりに外に出た俺には、並ぶのが中々きつかった。
「なんだよエル、なさけねーな」
そういうガッチョも途中でしゃがんだり、交代でうろうろしたりして時間をつぶしていた。
中々戻ってこないと思ったら、港まで戻り筋トレしてきたらしい。
帰ってきたときには、嬉しそうに汗を流していた。
「エルもやってきたらどうだ?軽く動くだけでも全然違うぞ?」
体力が落ちているのにするわけがない。断って少し街をぶらついていた。
どこも人が多くて、見て回るだけで疲労がたまる。
港を中心に東地区を回っていたが、気になったのことが一つある。
――ミーナを見かけなかったことだ。
屋台を見て回っても市場に顔を出しても、一度も見なかった。
一回ぐらい見かけてもいいはずなんだけどな――家の手伝いでもさせられてるのか?
戻って、ガッチョにも聞いてみたが「今日は見てねーぞ?……いや、ここ二~三日見てないかもな」。
街中回っていたガッチョが、一度も見ていない。そんなこと今まであったか?
胸の奥に、少しだけ――少しだけ変な感じがした。
「ミーナの事だから、どっかで食べまくってるんだろうぜ!さぁやっと次だ!」
「俺らも食べようぜ、マジでうまいから!」
「次の方―どうぞー」
聞きなれた声に呼ばれ、店先に行くと声を出していたのはティアだった。
「あれ、エル兄ちゃん!久しぶりだねっ」
「いらっしゃいませー!ようこそ出張【美食のウサギ亭】へ!」
ぱっと花が咲いたみたいに笑い、片手を振っている。
忙しいはずなのに、その笑顔は全然崩れていない。
「ガッチョ兄ちゃんもまた来てくれたんだー!ありがとねっ」
「おう、ティアまた来たぜ!金さえあれば毎日三食でも食べられるぜ」
「えー?それはちょっと困るかも」
「だって、すぐ売り切れちゃうもん!」
くすっと笑いながら、手は止まらない。
包み紙を取り、揚がったそばから半分開いた包みに入れ、次々と商品を仕上げていく。
その手は止まらず手際よく包みながら、次の客にも声を飛ばしている。
「いらっしゃいませー!今揚がったよー、列そのまま前に詰めてくださーい!」
くるりと視線を戻し、「でも、その気持ちはわかるよっ!今年のは去年より絶対おいしいんだから!ボクが保証する!」言いながら、紙袋をひとつ仕上げて次の客に流す。
「はい、次の方どうぞー!あ、そこのおじさん列こっちねー、はいはい順番守ってー!」
ぴしっと指で列を整えつつ、ちらっとこちらに目を戻した。
――対応が速い。言葉と手の動きがぴったり合っている。
「エル兄ちゃんは?今日は一人?」
「いや、ガッチョと――」
「じゃあ二人分だね、ちょっと待ってて!」
包みを渡そうとして時、後ろで揚げている親父さんが、ティアに声をかけた。
「ティアあと百だ、並んでくれてるお客さん止めてきてくれ!」
「はーいっ!」
「ごめんっ。ちょっと行ってくるから少しだけ待っててもらえるかな?」
俺はガッチョと顔を見合わせた。
「俺らが言ってきてやるよ」ガッチョがにやりと笑った。
「えっ、いいの?次の方ーどうぞ―」
「忙しそうだし代わりに言ってくるよ」
「ティアー俺とエルの分は置いといてくれよー」
「わかったっ!おねがいするね。次の方――」
手を振り返し、人数を数えながら列の後ろへと向かった。
ティアのところから数えて百。俺が最後尾に立ち並ぶのを止め、ガッチョがその後ろに並んでいる人に言って回った。
ずいぶんと時間をかけガッチョが帰ってきた。
列もだいぶ進んで、あと十組ほどが俺の前に並んでるだけだ。
――ティアの奴どんな速さで捌いていってるんだ。
普段の天真爛漫な感じからはわからなかった、仕事への熱い思い。それが見えた気がする。
「ずいぶん遅かったな?」
「あぁ、いろいろあってな――」
そのまま列の最後尾につき、ティアの元へと戻った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「お疲れさまー!エル兄ちゃん、ガッチョ兄ちゃんありがとっ。ボクすっごい助かったよ」
「いいってことよ」「気にしなくていいよ」
二人の声が被り、三人で噴き出して笑った。
行列がなくなって、ほっとしたのかいつも見ているティアに戻っている。
「約束の今から揚げてもらうから裏で待っててくれる?」
「片付け終わらせたら、ボクが持って行くから」
二人で積まれた木箱に腰掛け待っていると、しばらくしてティアがやってきた。
「お待たせ―。あぁ、つかれた――」
あれだけの人を相手にするのは相当負担だったようだ、顔が少し疲れて見える。
「これ、約束の揚げパン持ってきたから食べてっ」
「お父さんが、手伝ってくれたお礼だって!」
「いいのか?」もらってもいいんだろうか、そう思っていると。
「やったね!」
隣にいたガッチョは嬉しそうに受け取り揚げたてにかぶりついた。
「じゃあ、遠慮なくいただくよ。ありがとう」
ガッチョに習い、俺も受け取った。
「アッツ、――――うめー!やっぱり最高だぜティア!」
「でしょー、お父さんも今年はいいのが出来たって言ってたから相当な自信作みたい――ボクも、いただきまーすっ」
「んーやっぱりお父さんが作るのは一番おいしいよ」
手から伝わる熱に、嚙みつくのを躊躇ってしまった。
「食べないのかエル?」
横で食べ進めていたはずの手には、もうほとんど残っていない。
受け取った揚げパンからは、エビの尻尾みたいなものが飛び出している。
じっくりと揚げられた尻尾は見るからにカラッとしていて、油がキラキラと光っていた。
まだ手に伝わる熱さは変わっていない。
口を近づけると芳しいエビの香りが鼻先を霞め、我慢出来ずにかぶりついた。
一口噛むと、中からトロリと出てきたのは、じっくりと煮込まれたトマトクリームのソース。
酸味のあるトマトに生クリームのコクが舌の上でゆっくりと溶け合っていく。
クリームに包まれながらじっくりと熱が伝わっていたのは、尻尾が飛び出ていた地物のエビだ。
ほどよく揚がったエビは、ぷりぷりと口の中で弾け、トマトクリームと絡まりあう――。
適度な甘さと卵を練りこまれ、微かに黄色がかっているパン生地。
――何より驚いたのはこのパン粉だ。
パン粉からエビの芳ばしい香りが膨れ上がって、 口の中をエビが支配していく。
「うっま!これはやばいぞガッチョ!」
口の中いっぱいに広がる熱と香りに、思わず笑いがこぼれる。
噛むたびにエビとクリームが混ざり合って、止まらない。
「だろっ――俺が毎日通いたくなる気持ちわかってもらえたんじゃね?」
「……いや、これすごいな。この味なら納得だ」
もう一口かじって、ようやく気づいた。
この味は、ただのトマトクリームじゃない。
「オレガノ……バジル、それにタイムか、ほんの少し月桂樹の香りも――炊くときに入れたのか!」
「かすかに来る刺激はブラックペッパーと唐辛子」
「余韻を残すこの甘い香りは――スターアニスだ」
——あとからじわっと、香りが重なって重層的に広がってくる。
『複雑な風味の香草やスパイスをまとめ上げられるだけの技量とアイデア。これは――今年も一番だろうな』
「エル兄ちゃんすごいね!ボクでも全部はわからなかったのに!」
「スターアニスなんてよく知ってたねっ。エル兄ちゃんのお家も料理屋さんなの?」
料理の話に気分の上がったティアが矢継ぎ早に聞いてきた。
「――ミーナに連れまわされて、いろいろ食べたからな。詳しくもなるさ――」
これは――半分本当で、半分が嘘だ。
館で食べる料理は、熟練の料理人が作ったものを毎日食べて育ってきた。
色々な材料や製法を知っていたのはそのせいだ。
俺が領主の息子と知っているのは、三人。同い年のガッチョとアルテミア。そしてミーナだ。
父さんから口止めされているから、他の四人にはまだ言っていない。
『ついうっかり喋りすぎてしまった。気を付けないと』
「そっかっ――そういえばエル兄ちゃん、ミーちゃんと一緒じゃなかったの?」
「いや、俺も家の手伝いで久しぶりに街へ出てきたから、会ってないよ」
「四日目ぐらいまでは、毎日来てくれてたんだけど最近ミーちゃん来てなくて……毎日来てくれるっていってたんだけどな」
「ティアも見てないのか?」
「……うん」
屋台を回るのを楽しみにしていたあのミーナが、食べ物の約束を破る。そんな事があるのか?
胸の奥に引っかかるものが、さっきよりもはっきりした。
『――おかしいな。ミーナが来ていないなんて』
何か起こっているそんな気がした――。
今回は、祝願祭の屋台【美食のウサギ亭】のお話でした。
この揚げパンは、作中でもかなりお気に入りの一品です。
「もし屋台でこんなのが出てきたら、絶対並ぶよな……」という妄想から生まれました。
エビの香ばしさに、トマトクリームのコク。
そこに香草やスパイスを重ねて、食べ進めるたびに味が変わっていく――
そんな“何度でも食べたくなる一品”を目指しています。
ティアの慌ただしくも楽しそうな姿や、
ガッチョの食べっぷり、エルの分析も含めて、
少しでも屋台の空気を感じてもらえていたら嬉しいです。
そして、そんな賑やかな中で――
ふと触れられた「ミーナの不在」。
この小さな違和感が、この先どう繋がっていくのか。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
次回の更新は明日19時30分です。




