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34話

「ドキッ! 全員水着、女だらけのスイカ割り大会ー! ポロリはないよ」


 おうち3Dで組まれた砂浜の海岸セットの真ん中で、つばさが両手を広げてタイトルコールを決める。

 ひかね、レジー、みさきの三人は、それぞれ少し距離を取った位置からつばさのほうを向いて立っていた。


 ひかねが吹き出し、レジーが素直に拍手する。


「ポロリないのかよ! 普通はあるって言うところだろ」


「ばかやろう! ポロリなんかしたらチャンネルバンされるだろ」


「みんな期待してるんだから、バン覚悟でポロリしないと駄目だろ」


「おまえ、人のチャンネルだと思って好き勝手言いやがって」


 レジーがぐいっと身を乗り出し、これ見よがしに胸元を押し出しながら話に割って入る。


「まあでもー、ひかねちゃんはこぼすものがないから大丈夫だよ」


「何言ってんだお前、ふざけるなよ! ちゃんとあるわ」


「えっ? どこー? どこかなー?」


 レジーはさらに大げさに前かがみになり、カメラの前で角度を作って、谷間を見せつけるようなポーズでひかねを煽る。


 その横で、みさきだけが露骨に眉をひそめていた。


「はぁ……なんでわたしがこんなよごれを担当しないといけないんだ……」


「ばかやろう! よごれとか言うな」


「あははは、だってわたしのイメージに合わないじゃない」


「みさきのイメージってどんなだっけ?」


「復活した歌姫が華麗に活躍する的な?」


「ふざけんな。おまえはブランクあるんだから下積みからやり直せ」


「ええぇぇぇー」


 みさきが本気で嫌そうな声を出すほど、つばさは楽しそうだった。


「じゃあみんな自己紹介とかやっとくか。

 はい、トップバッター、天地つばさ! ミラージュの夏を背負って立つ女! 見ろ、この動きやすさ全振りの健康水着!」


 胸を張ってポーズまで決めたつばさへ、三人の反応はきれいに揃った。


「色気がない」


「爽やかすぎて、海の家の手伝いみたいねえ」


「女子小学生の水泳教室かと思った」


「何で全員ブーイングなんだよ!」


>>ひどい言われようで草

>>競技用水着みたいで逆にエロい

>>色気がログアウトしてる


 コメント欄まで乗ってきて、つばさは早くも納得いかない顔になる。


「次、ひかね!」


「天にまします我らの乳を称えよ。

 ヒンヌー教天使の白羽ひかね。

 心のきれいな人にだけ僕の巨乳が見えます」


「……」


「……」


「おい! だれかツッコめよ! すべったみたいになっちゃうだろ」


>>ヒンヌー教は偉大なり

>>心がきれいじゃないから巨乳見えません

>>全員心が汚かった


 数拍遅れてコメント欄がざわつき、みさきがついに吹き出した。


「ひかね、それもう自己紹介じゃなくて事故紹介でしょ」


「同志に裏切られた!」


「だれが同志だ。わたしはちゃんとある」


>>どんぐりの背比べ

>>どっちも平野

>>争いは同じレベルでしか起きない


「よし、温まったな。次、レジー!」


「みんなの視線を独り占め。

 おっぱい星特別大使の灰吹レジー。

 同じ柄のビキニなのに、ひかねちゃんと並ぶと別の水着に見えるの、不思議だよねえ」


 レジーがくるりと回ると、同じ形のはずの布がまるで別の仕事をしているように見えた。

 ひかねが「ちょっと」と顔をしかめた瞬間、つばさもみさきも声をそろえて笑う。


「胸の情報量が違いすぎるんだって」


「同じ水着でここまで差が出るの、だいぶ理不尽だよね」


「笑うな! あっちが規格外なだけでしょ!」


 ひかねが即座に噛みつき、レジーは困ったように笑いながら胸元を押さえた。


「最後、みさき!」


「星屑みさき。今日は事故防止のためにパレオ装備でお送りします」


 みさきは腰に巻いたパレオの端をつまんで軽く持ち上げた。

 水着そのものは十分かわいいのに、その一枚があるせいで露出の印象はきっちり抑えられている。

 本人の言うイメージが、最後の最後でしぶとく抵抗している感じだった。


「守りに入るなよ。マーケティングとかイメージ戦略とか考えるな、バカになれ」


「そうそう。今日はそういう企画なんだから」


「みさきちゃんがはじけるの、ちょっと見てみたいわ」


 みさきは一度だけ空を仰ぎ、それから諦めたように肩を落とした。


「マジかぁ。はい、わかりました。今日はバカになってやります」


「言ったな? あとで撤回すんのはナシだからな」


「ちょっと、先に逃げ道を塞ぐのやめてくれる?」


◆    ◆    ◆


 問題は、画面の中では四人が同じ砂浜に立っているように見えても、現実には全員が別々の場所から3D配信をつないでいることだった。

 自宅の簡易配信機材からモデルだけを共有空間へ重ねていて、画面の中央に見えているスイカも、その場に実物があるわけではない。


 砂浜セットの端で、ひかねが周囲を見回す。


「ねぇ、スイカってどこにあるの?」


「画面の中に見えてるだろ、これを割るんだ」


「うそでしょ? バーチャルにしかないのを割るの?」


「ちゃんと実物もスタジオにある」


「じゃあ実物を割らせてくれよ」


「ばかやろう! スタジオ予約するの忘れてたら埋まっちまったんだよ」


>>主催が予約忘れるな

>>いちばんダメなミスで草

>>段取りから事故ってるじゃねえか


 そのまま、つばさが押し切る形でルール説明まで終える。


 挑戦者がひとりずつ棒を持ち、画面にしか映らないスイカへ向かって振り下ろす。

 残り三人は声とコメント欄で案内し、判定が通れば成功扱い。

 というシンプルなルール。


 最初の挑戦者はみさきだった。


「右前。いや、もう半歩前」


「違う違う、今の案内だと通り過ぎるって」


「もう少しだけ、ななめかしらあ」


「情報が三方向から来るのやめて」


 目隠しのまま棒を構えたみさきが、慎重に足を運ぶ。

 つばさの視点では合っている立ち位置が、ひかねの視点では半歩ずれ、レジーの見えているスイカはさらに少し奥にある。

 コメント欄まで割れて、案内役が誰も一枚岩にならない。


>>今そこだと思う

>>いやそこじゃないって

>>つばさ視点だと合ってるのか?


「え、これどっち」


「前だって」


「左!」


「みんな、いったん落ち着いて」


「それができたら苦労しないのよ」


 何とか形だけは整えて、みさきが意を決して振り下ろす。


 棒の先がスイカへ入ったように見えた瞬間、勢いがつきすぎたのか、そのままするりと中を通り抜けた。

 割れたと思った軌道だけがきれいに残り、判定ごとすり抜けていた。


「今のは当たったでしょ!」


「これ、速すぎてすり抜けたっぽいな、物理法則を超越しちまったみたいだな」


「はあ? なにそれ、ふざけんなよ!」


>>抜けは草

>>判定どこいった

>>地団駄踏むな


 次にひかねが棒を持つと、今度は本人のやる気だけは最初から高かった。


「見とけよ。こういうのは勢いでやるもんだよ」


「勢い凄すぎて、さっきから場所が飛びまくってるんだけど」


「前、一歩。あ、行き過ぎ、まわれ右して」


「左!あ、右!いや、左!ちょ、なんで反復横跳びしてんの」


 ひかねは立ち止まり振りかぶる。

 その瞬間、位置同期の補正が入ったのか、モデルの体がぬるりと横へ滑り、そのまま砂浜セットの端まで一気に飛んだ。

 本人は止まったつもりなのに、画面の中だけが勝手に遠ざかっていく。


「は!? わたし今立ってただけなんだけど!」


「飛んだ!」


「急に消えたみたいになったわねえ」


「ワープしやがった」


>>時空を超越してる

>>立ってただけで飛ばされるな

>>同期くんさあ


 レジーの番になっても、流れは変わらず滅茶苦茶だった。


「わたし、こういうの案外ていねいにやれる気がするの」


「今この状況でその自信どこから来るのよ」


 レジーはゆっくり棒を持ち上げた。

 だが振り下ろそうとしたところで、肩と肘の追従が噛み合わなかったらしい。

 腕が大きくはずれ、合わせて体中の関節が不可能な角度で曲がり、およそ人間の姿とは思えない恰好を映し出す。


「ちょっと待って。これ、もう人間じゃないわあ」


「ホラー始めるな!」


「レジー、その曲がり方はダメ」


「水着回で見せる絵じゃないでしょ……」


>>関節どうなってる

>>急に怪談配信になるな

>>ほとんど放送事故だぞ


 誰がやっても事故になる。

 そこでようやく、つばさがひらめきを掴んだように指先を軽く立てた。


「待て。もうこれ、目印置いたほうが早い」


◆    ◆    ◆


 つばさがいったん画面の外へ消え、すぐに戻ってくる。


「こやって目印置けば、スイカが無くても有るように動けるだろ」


 何か思いついた顔のまま床へいくつか目印を置き、ここが前、こっちが右、と大声で説明し始めた。


「それつばさの画面の基準でしょ。スイカはそこに無いんだからその目印意味ないでしょ」


「でも、主催者のつばさが置いた目印なら意味あるのかしら」


「え? つばさの部屋基準なの? 主催者ズルすぎじゃない?」


 つばさはさっきまでよりずっと安定した足取りで立ち位置を合わせ、順調に距離を詰める。

 コメント欄も今夜いちばんまともな絵面だとざわつき始める。


>>今のところ一番まとも

>>主催者によるチートだな

>>やればできるじゃん


 つばさ自身も手応えがあるのか、目隠しの下で余裕ありげに口元をゆるめた。


「見たか。これが段取りの力だ」


「いや、ズルだよズル。卑怯だぞ」


「うるせえ、勝てばいいんだ、勝てば」


 棒が高く持ち上がる。

 軌道はきれいだった。

 今度こそ当たりそうだと全員が思った、その瞬間。


「ぎゃあああああーーー!」


「うお? なんだあ?」


「なになに? どしたん?」


「え? つばさ、どうしたの?」


「……」


 つばさのモデルは画面の中で何やらばたばた動いているのに、音声だけが返ってこない。


「え、なにこの変な動き?」


 数秒遅れて、つばさの声がようやく戻った。


「……目印にしてた飲みかけのペットボトル倒しちゃった」


「あー」


「床がびしょ濡れです」


 床を拭いているのか、つばさの3Dモデルが画面の中で這いつくばったり立ち上がったり、意味の分からない動きを繰り返す。

 その奇妙な動きがツボに入り、三人は同時に吹き出した。


>>草草草

>>何その動き

>>大草原だ


 コメント欄も草で埋め尽くされる。


「もうこの企画二度とやらねぇ」


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