表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/43

28話

「次はさ、あれ、あそこ寄ろ」


 指された先には、駅前のゲームセンターがあった。

 入口付近から電子音が漏れていて、ガラス越しにクレーンゲームの箱が並んでいる。


「ゲーセンですか」


「そうそう。一緒にゲームしよ」


 どうせまた面倒なことになる気はしていた。

 それでも、あちこち連れ回されるよりはゲーセンで時間を潰している方がまだましだと思い、結局、寄っていくことにした。


「変なことしたら帰りますよ」


「しないしない。たぶん」


「最後が不穏なんですけど」


 何を言っても聞いてくれないのだろうと、半ばあきらめて、ため息を一つついた。


◆    ◆    ◆


 中は騒がしかった。


 明るい照明の下で機械音と電子音が重なり、フロア全体が落ち着きなく鳴っている。

 クレーンゲームの並ぶ一角を抜けようとしたところで、星さんが急に声を弾ませた。


「あ、ちょっと待って。藤宮君、あれ見て」


 言われるまま視線を向けると、景品棚の中に見覚えのあるぬいぐるみが並んでいた。


 頭身を丸く崩した星屑みさきのマスコット。

 頭だけが不自然に大きく、体とのバランスがちぐはぐで、デフォルメされた姿が可愛らしい。


「自分じゃないですか」


「そう、自分。いや、でもさ、これちょっと可愛くない?」


 画面の中の星さんは完全に目を輝かせていた。


「あれ欲しいな。取って、お願い」


「やっぱりそうなるんだ」


 しぶしぶ筐体の前に立つ。

 透明なケースの中で、ぬいぐるみは何体か重なって転がっていた。

 狙えない位置ではないが、簡単に取れるとも思えない。


「俺、こういうのそんなに得意じゃないですよ」


「うん、そんな気がしてた」


「じゃあなんで頼むんですか」


「ここはわたしに任せて」


 星さんはそこで一拍置いて、さっきまでの浮かれた調子を少しだけ引いた。


「一回だけやってみて。適当でいいから。まずそれ見て考える」


 その言い方が思ったより具体的で、少しだけ気をそがれる。


 半信半疑のままコインを入れ、目分量でアームを動かす。

 爪はぬいぐるみの頭をかすめて、ほとんど何も起こさないまま戻ってきた。


「うん、だいたい分かった」


「何がですか」


「移動の速さと止まるまでのラグ。いまシミュレーション組むからちょっと待って」


 さらっと言われて、思わずスマホの画面を見る。

 星さんは真面目な顔で、何かを追うように目線を走らせていた。


「次、上を一・八秒、右を〇・六秒。止めるときだけちょっと気持ち早めで」


「そんな細かく分かるんですか」


「ざっくりだけどね。でもさっきよりは確率上がるはず、やってみて」


 言われた通りに動かす。

 今度は爪がぬいぐるみの肩口に引っかかって、位置が少しだけ崩れた。


「お」


「惜しい。

 今ので向きも良くなった。

 次は上一・一、右一・九。

 右はちょっと長め。

 首元に引っかける感じで」


 三回目を入れると、今度はぬいぐるみがぐらりと傾き、そのまま落下口の縁へ引っかかる。


「来た」


 星さんの声が一段高くなる。


「最後、上はちょっとだけ。右は最後まで押すつもりで」


「最後だけ急にざっくりしてません?」


「こういう最終局面は勢いも大事なんだよ」


「えぇぇ? 急に根性論になるなあ」


 苦笑しながらレバーを倒す。

 アームが横からぬいぐるみに触れた瞬間、引っかかっていたそれがころりと落ちた。


 取り出し口に、丸い星さんの顔が転がってくる。


「本当に取れた」


「きゃー、やった!」


 スマホの中の星さんがぱっと笑顔になる。

 両手を上げて喜んでいるせいで、ほんの一瞬、本当に隣で跳ねたみたいに見えた。


「すごいですね」


 景品を持ち上げたまま言うと、星さんは得意げに胸を張った。


「でしょ。

 こういうのはね、やみくもにやるより、一回情報取った方が早いんだよ。

 筐体の癖もあるし、アームの入り方もあるし」


「いや、それを見てすぐ計算するのがすごいんですけど」


「ああ、そこ?」


 少し照れたみたいに目をそらしてから、でも結局は嬉しそうに笑う。


「まあ、そのへんは得意分野なので」


 取れたぬいぐるみを鞄へしまう。


 自分のプライズを欲しがるのはどうかと思う。

 思うが、さっきの星さんの能力は、彼女が紛れもなくAIなのだと素直に実感する。


◆    ◆    ◆


 ゲームセンターを出て少し歩くと、カラオケ店の看板が目に入った。


 星さんはそれを見つけた瞬間、何か思いついたみたいに目を細める。


「ねえ、まだいいよね、次はあれ行かない?」


「ここまで来たら最後まで付き合いますよ。

 個室なら人目もないから、羞恥プレイさせられることもないでしょうし」


「失礼だなあ。そんな変なこと今までもしてないでしょう」


 あまりにはっきり言い切るので、ツッコむ気力も失せてしまった。


 店員に案内されて通された部屋は狭く、冷房が少し強かった。

 テーブルへスマホを立てかけると、星さんは画面の中でいかにも準備万端といった顔をしている。


「何歌うんですか」


「持ち歌に決まってるでしょ。こういうときは、一番強い球から投げるの」


 前奏が流れ始める。


 聞き慣れた曲のはずなのに、こうして一人きりの部屋で聞くと、配信で聞くのとは印象が違った。


 声は完璧だった。


 音程はずれず、息継ぎの位置も乱れず、サビへ入る直前の抜き方まで綺麗に整っている。

 配信で聞いていたときと同じ、いや、むしろそれ以上に完成されているように感じる。


 上手い、というより、完成している。


 歌い終わったあと、余韻まで含めて破綻がなかった。


「どうだった?」


 誇らしげに問われて、素直に頷く。


「すごいです。ほんとに上手い」


「うんうん」


 星さんは満足そうに頷いたが、そこで終わりにできなかったのは俺の方だった。


 確かに上手い。

 文句のつけようがないくらい上手い。


 でも、だからこそ、わずかに引っかかる。


「でも、なんていうか」


 言葉を探しながら、マイクの置かれたテーブルを見る。


「綺麗すぎるんですよね」


「へ? 綺麗なのはいいことでしょ」


「いや、そうなんですけど」


 違和感の正体を探るみたいに、少しずつ言葉を繋ぐ。


「カラオケボックスで人が歌うときって、もう少し揺れるじゃないですか。

 ちょっと不安定になるところとか、そういうのがほとんどなくて」


 星さんは黙って聞いていた。


「ボーカロイドって言うと雑かもしれないですけど、そっちに近い気がするんです」


 言い切ると、画面の中の表情がわずかに曇る。


 彼女の歌は、まるでスタジオで何度も録り直して仕上げた音源を、そのまま流しているみたいだった。


 そこはやっぱり、機械なのかもしれない。


「下手に歌うより、上手く歌う方がいいに決まってるじゃん」


「そうなんですけど、なんていうか、場の雰囲気からは浮いているなって」


「上手く歌ってダメ出しされるなんて、そんな理不尽ある!?」


 思った以上に本気で不満そうだったので、少しだけ言い方を選ぶ。


「ダメ出しっていうか、上手すぎて逆にそう聞こえたって話です。

 普通に歌が上手いのは間違いないですから」


「それ、フォローになってる?」


「半分くらいは」


 星さんはしばらくムッとしていたが、少ししてから次の曲を入れた。

 そのあとはお互いに文句を挟みつつ何曲か歌って、気づけば最初の険悪さはだいぶ薄れていた。


◆    ◆    ◆


 夜の公園は、渋谷にしては静かだった。


 少し外れただけで人通りは目に見えて減る。

 ベンチの間を抜ける風も昼よりだいぶ涼しい。

 遠くで車の音が流れ続けているが、ここまで来るとそれも背景に近かった。


 街灯の下のベンチへ腰を下ろす。


 画面の中の星さんも、さっきまでみたいにはしゃいではいなかった。


「今日のデートどうだった? わたしに対しての印象って変わった?」


「そうですね……やっぱり、星さんはAIなんだなって思いました」


 言った瞬間、画面の中の星さんが跳ねるみたいに顔を上げた。


「はあ!? なんでそうなるの!?」


 かなり強い調子で詰ってきた。

 予想外の強い反応に、わずかに面食らう。


「そこは違うでしょ。

 だってさ、今日ずっと恋人みたいな甘いデートしてたじゃん。

 待ち合わせであんなことして、カフェで変なドリンク飲ませて、服まで選ばせて、それで最後が『やっぱりAIなんだな』はひどくない? そこは普通、まるで人間みたいだって思う流れでしょ」


 勢いのまま一息に言い切られて、返事に詰まる。


「いや、そんなこと言われても」


 言いかけたところで、星さんはぴたりと黙った。

 予定が狂ったのか、何かを考え込んでいる。


 画面の中で視線が定まらないまま、沈黙だけが続いていく。

 公園の外から聞こえる車の音だけが、やけに遠く感じる。


「……藤宮君」


 ようやく開いた口調は、さっきまでとは少し違っていた。


「私の初配信のこと、覚えてる?」


「そりゃ覚えてますけど」


 忘れるわけがない。


 あの夜、たまたま開いた配信で、俺は初めてコメントを書いた。


「私を最初にスペースデブリって呼んだの、藤宮君でしょ」


 あまりにも自然に言われて、心臓がひとつ強く跳ねた。


「……なんでそれを」


 背中が少し強張る。


 そんなこと、本人が知っているはずがないと思っていた。


「初配信で緊張してた私の空気を、君の一言が変えてくれたから、すごく印象に残ってる」


 そこで少しだけ笑う。


「そうだ、デブリんって最初に呼んだのも君でしょ。あれ、本当はちょっと傷ついたんだよ」


「違っ、俺はすぐ消したのに他の七味があっという間に広めて……」


「あはははは」


 笑い声が不意に途切れる。


 スマホの画面の中で、星さんはまだ口元に笑みを残したまま、こちらをじっと見ていた。

 照明の反射で瞳の奥が読み取りにくい。


「そのあとも、藤宮君よく来てくれてたでしょ。ちゃんと見てたんだから」


 今度こそ、まともに言葉を失った。


 自分の存在が、画面の向こうの本人に認知されていたなんて思ってもいなかった。


「ずっと印象に残ってた人が、あとになって目の前に現れたの。

 しかも、私とAIのほんのわずかな違いにも気づいてた」


 星さんは少しだけ目を細める。


「藤宮君が現れたの、私ちょっと運命的だなって思ったよ」


 そんなことまでAIに学習させていたのか、という考えが先に浮かぶ。


 でも同時に、それをAIが作った言葉として簡単に流せないくらい、胸の奥がざわついた。


「……そういう言葉は」


 喉が少し乾く。


「AIじゃなくて、本人から聞きたかった」


 自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。


 もう彼女本人の言葉が聞けないのだと思うと、それが急に残念でたまらなくなる。


 星さんはその返事を聞いて、少しだけ黙った。


 それから、変に飾らない声で言う。


「そうだね。だから今、私が話してるんだよ」


「AIがそれっぽいことを言うのはやめろ」


「うん、そうだね。だから、ちゃんと説明するよ」


 画面の中で、星さんがこちらを見つめたまま、すっと姿勢を正す。


「実はさ、私の脳内信号をAIに送ってるの」


「……はっ?……何のこと?」


「向こうで取った脳の電気信号をAIに送って、言葉になる前の反応とか、考えの流れとか、そういうパターンを解釈して、会話として整えて返してる」


 一瞬、意味が入ってこなかった。


「もう私の体は動かせないけど、私の意思はAIを通して伝えることができるの」


 何かを言おうとしたのに、喉の奥で引っかかって声にならない。


(いや、待て。

 どういうことだ? 何を言っている?)


 もし今の話が本当なら、これまでの前提がまるごとひっくり返る。


 AIだから割り切ろうとしていたことも、妙に本物らしく感じていた違和感も、今まで見ないふりをしていた感情も、全部別の意味を持ち始める。


 そんなことがありえるのか?

 いや、でも現に……


 そこまで考えかけて、逆に何も考えられなくなった。


「待ってください」


 ようやくそれだけ絞り出す。


「じゃあ、今俺が話してるのは本人なんですか」


 星さんは今度は迷わなかった。


「そうだよ」


 風が吹いて、ベンチ脇の葉がかすかに鳴る。


 その短い返答が、遅れて胸の奥へ落ちてくる。


 しばらく何も言えなかった。


 妙に出来すぎた反応。


 AIなのに、本物だと平然と言い切る自信。


 全部、それで説明がついてしまう。


「……そういうことは、もっと早く言ってくださいよ」


 ようやく出たのは、間の抜けた文句だった。


 星さんは肩をすくめる。


「だって重いでしょ。最初にそれ言ったら、君はたぶん距離取ったよ」


「それは」


 否定できない。


 むしろ今でも、すぐ全部を飲み込めたわけではない。


 けれど、距離を置きたくなるのとは別に、胸の奥の何かがじわじわ熱を持っていくのも分かった。


 俺はベンチの背にもたれて、夜空の端を見る。


「ん? ……じゃあ、今までの」


「うん?」


「同居してからの、あれこれって」


 言いかけたところで、星さんが何を思い出したのか先に顔をしかめた。


「あぁー」


「俺、本人相手にだいぶ失礼なことしてません?」


 数秒、沈黙があった。


 そのあと、星さんが耐えきれなくなったみたいに吹き出す。


「ははっ」


「笑いごとじゃないんですけど」


「いや、ごめん。でも、今それ全部思い出したら無理」


 肩を揺らしながら笑っている。


「パンツ一丁でうろうろしてたし」


「やめてください」


「堂々と、その、アレを出されたときは、ね」


「その節は、大変失礼いたしました」


 そう言って、軽く頭を下げる。


 その様子が余計におかしかったのか、笑いがさらに大きくなった。


 最悪なのに、なぜか少し可笑しい。


「でもさ」


 笑いの名残を残したまま、星さんが言う。


「そういうの込みで、今君がここにいるんだから、まあいいんじゃない?」


 そう返されると、もう何も言えなかった。


 彼女はAIで、本人。


 その事実が何を意味するのかは、まだ全部は分からない。


 けれど少なくとも、ここから先はもう、単なる便利な会話アプリとしては扱えない。


 それだけは、はっきりしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ