25話
街区を抜け、坂道を登り、三人はヘリポートへ駆け込んだ。
その頃には銃声の数より、靴底が水を蹴る音の方が大きかった。
雨上がりみたいに湿った路面へ、ゾンビの影が次々と伸びる。
マリナが後ろを向いてショットガンを撃ち、フブユキが細い悲鳴と一緒に的確なヘッドショットを重ねる。
みさきは一番前を走りながら、近づいてきた個体だけ斧でまとめて処理していた。
「坂長い坂長い! なのに後ろも前も多いって!」
「左の屋根から落ちてくるよー!」
「はいはい」
みさきは走る勢いのまま踏み切り、着地と同時に斧を振り下ろした。
屋根から飛び降りてきたゾンビの顔面が縦に割れる。
返す刃で二体目の腕を飛ばし、蹴りで三体目を坂の下へ転がした。
ヘリポートのフェンスを越えた瞬間、警報のような重低音が鳴り、画面はボス登場の演出へ切り替わる。
霧の向こうから現れたのは、無数の死体を無理やり人型へ束ねた姿の巨躯のバケモノだった。
腕の表面に別の腕が埋まり、腹部に口が開き、脚の代わりに誰かの背骨じみたものが何本も束になっている。
歩くたび全身のどこかがずれて、すぐまた別の形へ収まった。
「うわ、これラスボス? 見た目からして最悪」
「グロいグロいグロい! なんでこんなのばっかなの!」
「コア、胸の中だねー。外側削って、開いたら狙撃かなー」
説明をしながら、フブユキはすでに照準を上げていた。
マリナが火炎瓶を投げつけ、炎が巨体の下半身へ燃え移る。
みさきはその火を横切る形で走り寄り、斧で膝関節を狙った。
巨大ゾンビの右腕が鞭のようにしなる。
コンクリートを叩いた一撃で足元が砕け、マリナが体勢を崩した。
「見た見た見た!? 今の絶対即死級でしょ!」
「大丈夫、生きてる生きてる」
「もう死ぬ死ぬ死ぬ!」
さらに地面から細い腕が何本も這い出し、足首へ絡みつこうとする。
フブユキが一歩下がって避け、その隙にみさきがボスの懐へ滑り込む。
斧を低い位置から振り上げ、腐った肉をこじ開けるように裂く。
中から別の顔がいくつも覗き、まとめて呻いた。
「うわ、やだこれ。中身までうるさい」
「えぇ!? 感想そこなの!?」
マリナのショットガンが露出した部分へ叩き込まれ、フブユキの狙撃がその奥の赤い核をかすめる。
巨体がたたらを踏む。
「効いてるよー。次、左脚落とせば倒れるー」
「おっしゃ、じゃあ行くね」
みさきは間髪入れず、もう一度踏み込んだ。
左脚へ斧。
マリナが膝へ散弾。
フブユキが胸の裂け目へ連続射撃。
最後は三人の攻撃がきれいに重なり、核が弾けた。
黒い煙と臓物のエフェクトが画面いっぱいに散り、巨大ゾンビはようやくその場へ崩れ落ちる。
「フィニッシュぅ!」
「やったぁぁ!」
「クリア、かなー?」
勝利BGMがそのまま続き、画面はゆっくりパンしていく。
ヘリのローターが回り、ライトが霧を切り裂く。
いかにもクリアを思わせる画作り。
その直後、フェンスの向こうから、黒い波が押し寄せる。
いままでの群れとは桁が違う。
視界の端から端まで、ゾンビだらけで隙間がない。
演出がそこで終わりエクストラステージが始まる。
「うぇ、まだあった」
「え? まだ終わりじゃないの?」
「うおぉぉー、逃げろー!」
クリアしたと思って気を抜いていた三人は、慌ててローター音へ向かって駆け出す。
だが、踏み出した二歩目で違和感が来る。
足首が、沈まない。
代わりに――絡みつく。
「え、なにこれ」
マリナの声が詰まる。
地面から、細い腕が何本も生えていた。
湿ったコンクリートを押し分けるみたいに突き出し、ふたりの脚へ巻き付く。
「やだ、取れない! これ残ってる!」
足元にさっき倒したはずの巨大ゾンビの残骸が、まだそこにあった。
潰れた肉塊が、ゆっくりと脈打っている。
その拍動に合わせて、腕が増え、締め付けが強くなる。
「え、嘘、動けない!」
「やだやだやだ、これ最悪!」
みさきだけが一歩先にヘリのステップへ飛び乗る。
ところが、ローターは回っているのに機体は浮き上がらない。
「あれ。出ない」
「あー、生存者が全員乗らないと駄目なやつだ」
「え、これ動かないの?」
マリナが必死に残骸を蹴り、フブユキが半泣きでゾンビを撃つ。
みさきはその様子を一秒だけ見下ろす。
それからヘリを見て、もう一度ふたりを見る。
「そっか。生きてる人が全員乗らないと飛ばないんだ」
「そう! だから助けて!」
「みさきぃぃ!」
ひと呼吸ぶんだけ間が空く。
助けるかどうかを悩んだというより、最短の手順を選び直すための間だった。
「じゃあ、死んで」
発砲音が短く二度、三度。
マリナとフブユキのHPバーがみるみる削れ、二人は悲鳴と文句を一緒に叫びながらその場へ崩れ落ちた。
「えぇぇぇぇ!?」
「ここで撃つのぉぉ!?」
二人のアバターが消えた瞬間、ヘリの機体がふっと軽くなる。
ローター音が一段高くなり、ヘリはそのまま上昇を始めた。
「やっと飛んだー♪」
地上ではゾンビの群れがまだフェンスへ押し寄せ、マリナとフブユキのリスポーン待機画面が並んでいる。
そこへ、二人の抗議が笑い混じりに飛んだ。
「ひどすぎるってぇぇ!」
「最後の最後で自分だけ助かりやがってー!」
「でもクリアはしたし」
あまりにカオスな結末に配信が笑いで包まれる。
コメント欄はもう収拾がつかない。
>>最悪で草
>>味方撃ちエンドはひどい
>>人間よりクリア条件を優先するな
>>でも一番正しい判断してる
勝利演出のジングルがそのままエンディングへ流れ込み、ヘリが霧の上へ抜けていく。
画面の中で、みさきだけが最後まで楽しそうに手を振っていた。




