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24話

「死ねぇぇぇぇぇッ!」


 配信開始から十分も経たずに、ジャングルの夜道は、もう銃声と阿鼻叫喚で埋まっていた。


 荷台へ半身を乗り出したみさきが、M4カービンの銃口をぶらさず引き絞る。

 火線が連なり、追いすがってきたゾンビの頭部がひとつ、ふたつ、熟れすぎた果実みたいに弾けた。

 砕けた骨片と薬莢が熱っぽい夜気の中で一緒に散る。


「行け行け行け! そこで減速したら終わりだぞ! 突っ込め突っ込め突っ込め!」


「分かってる!分かってる!分かってる! 分かってるけど前も横も全部ゾンビだらけ! 無理無理無理!」


 深海マリナの叫びと一緒に、ジープのフロントが群れへ突っ込んだ。

 鈍い衝撃が二度、三度。

 腐った腕がボンネットを掠め、次の瞬間にはタイヤの下でまとめて砕ける。

 泥と血が混ざったものがフロントガラスへ扇形に叩きつけられ、ワイパーが忙しなく左右へ走った。


「右から速いの来てるよー。二体、いや三体ー」


 助手席のフブユキが軽い声で告げるのと、右斜め前の茂みから影が飛び出すのはほとんど同時だった。


「そこぉ!」


 マリナがハンドルを切り、ジープの側面で横薙ぎにひっかける。

 ゾンビは半回転して木へ叩きつけられたが、後ろからもう一体が荷台へ手をかけた。


「うわ、やだ、近い」


 みさきは一歩も引かず、ほとんどゼロ距離で引き金を引いた。

 銃口炎が白くひらめき、掴みかけた指が手首ごと吹き飛ぶ。

 残った胴体が荷台の縁へもたれかかったところへ、彼女は容赦なく蹴りを入れて蹴落とした。


「あははは、今のちょっと気持ちよかった」


「言い方がこわいって!」


 コメント欄が一気に加速する。


>>開幕から火力高すぎ

>>マリナの悲鳴が今日も元気

>>今日もみさきだけテンション高い


 フブユキが画面左下のミニマップを拡大しながら、努めて進行役の声を保つ。


「この先のビルが補給ポイントだよー。

 弾薬と回復、それから先へ進む鍵。

 ……あ、なんか嫌な警告出た」


「その言い方の時点でだいぶ嫌なんだけど!?」


「いいじゃん、いいじゃん、進めばだいたいなんとかなるでしょ」


「そんな気楽に言わないで!?」


 マリナが半泣きの声で返しているあいだに、みさきはアサルトライフルのマガジンを抜き、新しいものを叩き込んだ。

 慣れた動作だけが妙に滑らかで、その直後にはまた後方の群れへ三点バーストを正確に打ち込んでいく。


 やがてジープが朽ちたフェンスをなぎ倒し、ビル前で急停止した。

 泥が横へ跳ね、三人はほとんどもつれるように車外へ飛び出す。


「補給補給! 先に扉閉めたい!」


「閉まらないタイプのセーフハウスだから急いでも一緒だよー」


「それ先に言って!?」


 ロビーは薄暗く、非常灯の緑が床の汚れをべったり浮かせていた。

 カウンターの向こうにはモニター式の補給ステーション。

 フブユキが手早くメニューを開く。


「ショットガン弾、回復スプレー、近接強化……あ、みさき、二段目に消防斧あるよー」


「いいね。さっきから頭足りない感じの相手ばっかりだったし」


「その言い方、ゾンビに対して容赦ないなー」


 みさきは大型の斧を背負い、ひと振りだけして重さを確かめた。

 刃先に付いたゾンビの血が半円を描いて床へ散る。


 そのとき、廊下の奥から金属を引きずるみたいな音がした。


 ギィィ……ギィィ……。


 低く、不規則で、近づくたびに床が細かく震える。


「やだやだやだ、絶対まずいの来るって」


「中盤の最後に出る上位個体っぽいねー。

 人間の回避行動を学習するから、射線読みと足止めを混ぜて倒せ、って」


「今それ読む!?」


 金属扉が内側から膨らみ、次の瞬間、蝶番ごと吹き飛んだ。


 現れたのは人の形をしているのに、そこへ収まる気がまるでない巨体だった。

 肩幅が広すぎる。

 腕が長すぎる。

 腐った筋肉の上を、まだ乾ききっていない血が筋になって伝っている。

 しかも目だけは妙に澄んでいて、視線が合った一拍後、奥で赤が灯った。

 三人の位置をひとつずつ確かめるように動く。


「うわ、グロ。見た目からして強そう」


「もう、こういうの一番やだぁ!」


 マリナが先にショットガンを撃った。

 だが、炸裂した弾は壁を抉るだけで、上位個体は腰をひねるような最小限の動きでかわしてしまう。


「今の避けるの!?」


「避けるねー。説明文どおりだねー」


 フブユキの声は軽いままだが、二射目からはさすがに間が詰まっていた。

 ライフル弾が連続で飛ぶ。

 上位個体は一度後退してから柱の陰へ滑り込み、そのまま低い姿勢のまま床を蹴る。

 狙いはみさきだった。


「来た!」


 みさきは振り下ろされた腕を紙一重でかわし、その懐へ踏み込む。

 消防斧を横から叩きつけるが、相手は肩を回して衝撃を逃がし、逆の肘を彼女の脇腹へ入れた。

 みさきのアバターが派手に吹っ飛び、受付カウンターへ背中からぶつかる。


「いったぁ! 今のちょっと腹立つ」


「いや、ちょっと強すぎじゃない!?」


 マリナが怒鳴りながら再装填し、その隙へフブユキが脚を狙う。

 膝裏へ当たった弾で上位個体の体勢が一瞬だけ揺れた。


「みさき、今!」


「分かってる」


 彼女は床を蹴って起き上がり、そのまま斧を両手で持ち替える。

 次に踏み込む角度はさっきより深い。

 フェイントのように肩だけ先に入れ、相手がそちらへ重心を寄せた瞬間、刃を低く振り抜いた。

 脛の肉が大きく裂け、黒ずんだ液体が床へ飛び散る。


「うわ、今の入った!」


「足、ちょっと鈍ったよー。右回りで誘導するねー」


 フブユキが軽く言いながら位置を変え、マリナが正面から大きな音を立てて引きつける。

 上位個体がそちらへ向いた瞬間、みさきはもう一度死角へ潜り込み、今度は膝裏から斧をねじ込んだ。


 巨体が傾ぐ。


「読めてきた」


 みさきが笑った。


 そのまま一気に駆け上がるように間合いを詰め、肩口へ足をかける。

 斧を頭上高くまで持ち上げ、落下の勢いごと首筋へ叩き込んだ。


 画面が一瞬白く飛び、処刑用のカット演出へ切り替わる。

 カメラが強制的に寄り、次の瞬間には振り切られ、衝撃だけが音として残った。

 巨体が崩れ、黒い液体が床へ広がる。

 断末魔だけが遅れて響き、ようやく床へ沈んだ。


「おっしゃぁ!」


「こわっ……今の決め方、こわっ」


「いやでも、今のはかっこよかったよー」


>>連携うますぎ

>>ボス戦で急に仕上がるみさき

>>マリナの情緒が忙しい


◆    ◆    ◆


 上位個体が倒れた直後、ロビー奥の非常扉がゆっくり開き、イベントシーンが始まる。


 中は非常灯だけが赤く明滅し、奥の廊下は暗闇に沈んでいる。

 足音の反響がやけに大きく響いた、そのときだった。


――影が、動く。


 現れたのは傷だらけの生存者たちだった。

 煤けた作業着、震える手、疲れ切った顔。

 武器は持っているが、銃口は下がっている。

 先頭の男が空いた手を見せるように上げた。


「あ、あれ生存者? イベントっぽい?」


「救出ミッション来た? 共闘ルートしてく感じじゃない?」


「よかったぁ……普通に連れてくやつだよね」


「じゃあこのあと一緒にヘリまで逃げる感じかなぁ」


 フブユキとマリナの声が、安堵を含んで軽く弾む。

 銃口が自然と下がり、警戒がほどけていく。


 プレイヤーキャラもそれに合わせるように、ゆっくりと歩み寄る。


 ――だが、みさきだけが動かなかった。


「……ほんとに?」


 軽い口調のまま銃口を向ける。


「ほんとに人間かなー」


 先頭の男が、みさき達に向かってもう一歩だけ前へ出る。


 みさきは笑ったまま、何でもない動作みたいにハンドガンを持ちかえた。


 銃口が、男の額でぴたりと止まる。


――パンパンパン。


 先頭の男の額が後ろへ弾け、身体が糸の切れたように倒れる。


「うぇ!? なにしてんの!?」


「え、ちょ、ちょっと!? みさきちゃん!?」


 驚きと困惑。

 助ける対象のはずの生存者を突然撃ち殺したみさきの行動に二人は戸惑う。


 みさきは何でもないように、笑顔のまま次の標的へ照準を移していく。


「こんなところに人がいるなんてさ、怪しいじゃない? ゾンビが隠れてるんだよ。きっと」


「いやいやいや、どう見ても人間でしょ!」


「えー? 人間かどうか分かんないよ」


――パン。


 二人目の胸が撃ち抜かれ、背中から血を吹きながら倒れる。


「じゃぁ、先に殺っといた方がいいじゃん」


――パン。


 言いながら三人目に向かって銃弾を撃ち込む。


「ちょ、待って待って! 撃たないで! 助けようよ!」


「フラグ的にも味方だってこれ!」


 二人の言葉を聞いても、みさきは銃口を下ろさない。


 みさきの口元が、わずかに吊り上がる。

 笑っているのに温度がない。

 照準は揺れず、呼吸も乱れない。


「あははは、絶対殺っといた方がいいよ」


 笑いながらそう言うと、子供のような生存者に向かって銃口を向ける。


「ちょ、待ってってば! その子はダメ! ショタは私のものだから!!」


 マリナが叫びながら前へ出る。

 慌てて両手を広げ、みさきと子供のあいだに身体を滑り込ませた。


「論点おかしいでしょ!?」


 フブユキがツッコミを入れる。


 画面の端で、小さな影――子供が、怯えたようにこちらを見上げていた。

 すすけた顔。

 泥にまみれた手。

 か細い呼吸。

 怪しいところはどこにもない。


 それでも、みさきは銃口を外さない。


「どいて」


「やだ! だめ! この子はあたしが守るの! あたしがこの子のママなの!」


「いや、ママって」


 呆れるような声。

 次の瞬間、子供の顔が――開いた。


 十字に走った亀裂が、そのまま横へ広がる。

 顔が裂け、内側から黒いものが覗く。


「……え」


「うぇー、グロい」


 マリナの声が止まり、フブユキが半歩下がる。


 裂けた顔の奥から、濡れた触手みたいな舌が垂れ、ふたりに襲い掛かる。


――ヒュッ


 斧の刃が、裂けた顔ごと頭部を叩き割る。

 鈍い音がロビーに響き、黒い液体が弧を描いて床へ散った。


 子供の身体が崩れ落ちるより先に、みさきはもう次の動きを終えている。


「ほらね」


 みさきは楽しそうですらあった。


 マリナもフブユキも、驚きで足を止める。

 その隙に、壁際の男がよろめきながら出口へ走ろうとした。

 人間なら逃げたいだけにも見えるし、噛みつく間合いを取りにいく動きにも見えた。


 みさきは迷わない。


 パン。

 パン。


 背中と肩を撃ち抜かれた男が前のめりに倒れる。

 床へ転がった身体はしばらく人間のままだったが、遅れて腹の下でもぞりと何かが動き、裂け目から黒い腕が一本だけ這い出した。


「うそ、こっちも!」


「だから言ったじゃん。やっぱ混ざってるって」


「でもそれ、撃たれたあとだから分かっただけでしょ!?」


 マリナが叫ぶあいだにも、最後に残ったひとりは完全に腰を抜かしていた。

 両手を上げたまま、助けを求めるみたいに喉を鳴らす。

 その声にほんの少しだけ人間らしさが残っていたせいで、フブユキはもう一度だけ前へ出る。


「待って、今度はほんとにただの人かも」


「うん。でも、かも、で近づくのやばくない?」


 言い終わると同時に銃声が届いた。


 胸を撃ち抜かれた身体が壁へもたれ、そのままずるずる崩れる。

 変化は、すぐには来なかった。


 ロビーに妙な沈黙が落ちる。


「……今のは?」


「さあ。これから変わるかもよ」


「その押し通し方、最悪なんだけど!」


 コメント欄がほとんど悲鳴になる。


>>雰囲気で撃つな

>>まさか全部行くとは

>>命乞いしてたのに怖すぎる

>>ここまでやるのは初めて見た


「全員やるのはさすがにやりすぎじゃない?」


「ははは、リスナーみんなドン引きしてるよ!」


 みさきは二人の抗議の声にも平然としていた。

 斧の刃先を軽く払って血を落とし、ロビーの出口を顎で示す。


「えぇ~? 全部ゾンビだったよ。たぶん、ね?」


「いや絶対違うでしょ」


「半分くらい人間だったよぉ」


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