prologue#2
「大空が怖いかい?」
「……え?」
青年の口から出た、あまりに唐突で予想外な言葉に、彼女は少なからず動揺を覚えた。
しばしの逡巡の後、女性は低い声で答えた。
「そうかもしれないわね」
言った途端、なんともなしに気恥ずかしさがこみ上げてきて慌てて口元を覆うが、果たしてそれは意味を成さない。
青年はいつもの不適な笑みを浮かべたまま、ただ彼女の横顔を眺めていた。
「やっぱり。実は僕もね、子供のころは大空が恐ろしくて仕方なかった」
「は?」
何を言い出すかと思えば。
女性は目を剥いたまま、思わず青年を凝視してしまう。
「小さなころは、こんなに高いところなんて御免だと思っていたよ。
落ちたら死ぬし、何よりこんな鉄塊に乗って移動するなんて、考えもしなかったことだから」
それは…… そうなのかもしれない。
子どものころは、どれだけ百余年前の学者が凄かったかなんて考えた試しがなかったし、鉄で出来た翼が風を孕んで飛ぶなど姿など想像だにもしなかったことだ。
しかし、成長して初めて飛空挺に乗り込んだ時の高揚感。あれは忘れもしない。彼女は未だに覚えている。
身体全体が浮つくような感覚とともに、名状しがたい興奮が湧き上がってきて無意味にはしゃいだものだった。
それが共通しているからこそ、女性は青年の言葉を識ることが出来たのだ。
「でも、結局こうやって空挺乗りをやってるわけでしょ?」
彼女が苦笑混じりに言えば、彼は微笑みで返す。
「お察しの通り、僕は父に連れられて初めて大空に飛び立った時、一瞬にして“この場所”に魅せられた。
それから僕の大空への恐怖は、“憧れ”に変わったのさ」
「憧れ?」
それは少しおかしい気がした。
憧れは持続しない。
そもそも憧れというものは幻想であり、夢見るもの。しかしてその実態を知ってしまえば、そのハカナキ存在は水泡のように砕け散る運命にあるのだ。
「それって少し変」
「そうかい? 正直を言うと、僕の「憧れ」は普通の憧れとは違うみたいなんだ」
青年は身を翻し、手すりの縁を肘掛けのようにして寄りかかる。
前から押されたらそのまま落ちていってしまいかねない体勢だ。




