prologue
昏れかけて赤紫色に染まった空を見回しながら、女性は遥か眼下に広がる大地に視線を落とした。
今の王都暦が始まる幾百も前の時代に突然地殻変動を起こした世界。
ある場所は隆起し、ある場所は陥没し―― それにより人々は、初めて“高低差”と云うものを知ったのである。
地殻変動の影響か、まもなく低い大地は霧に閉ざされ、人々は高地への移住を余儀無くされ、それまでの陸地を移動する前時代的な移動方法は根こそぎ役立たずとなってしまった。
閉鎖された高地での生活。
統治者である王が没し、また生まれ、没し―― 何度繰り返したのだろうか。
王位が移されるときに変わっていた年号も廃れ、王都クラウブルヒ設立に伴い《王都歴》が制定された。
そしてその王都歴64年のこと。
当時稀代の学者と謂われたエドワーズ・サムセスカ博が《蒸気機関》を開発。
これを以て《エンジン》の基礎が生まれた。
それから七年の歳月を費やし、同博士により高地同士を結ぶための機関、《飛空挺》が開発、発表される。
一年と経たずに散り散りだった区々にその技術は伝達され―― ひとは再、繁栄の時を迎えた。
しかし、そんな人間の事情とはまったく関係なしに、世界の低地は未だに濃霧をその内側に抱え込んでいる。
人間はやはり、根本的な解決を試みることなく、逃げることしか考えられないのか。
人間の開発を、弱気で逃げ腰なものであると。
大した理由もなく心内で決め付けてしまうのは、自分が弱い証であろうか。
彼女はそうやって、“人間の開発した”飛空挺の上から下界を見下ろす度に、不安で弱々しい気持ちになるものだった。
――否、或いはこの大空が。そういった不安の元種なのかもしれない。
「……変な気分」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉はしかし、
「それはどんな気分だい?」
何者かに聞き留められた。
女性がはっとして甲板の方へと目を向けると、そこにいつの間にやら見知った青年が立っていた。
音も無く、気配も無く。ただひとえに、ぽつりと。タバートをささやかな風に
揺らしながら。
「さすが《黄昏の姫君》、と言ったところか。
落日を眺めながら考え入るとは、なんとも風流だ」
青年は“いつもの”笑みを絶やさず、極ゆっくりと歩み寄って女性の隣に並び立った。
「それ、馬鹿にしてる?」
「多少」
悪びれることなく答える彼に、女性はただ嘆息する。
一体彼は、なにをしにきたのだろうか――




