有能な人は真面目に仕事すると話が破綻しかねない
「ただいまー」
「あ、カルバちゃん。どこ行ってたの?」
「んー? ちょっと野暮用だよー」
店に戻ったカルバに、スルホンが寄って来た。……今はまだディナータイムで、ピークは過ぎたものの未だに客足が衰えない。この状況で抜け出していたので、疑問に思ったのだろう。
「カルバ! 三番テーブルに大盛サラダ三人前とミックスフライ四人前!」
「四番テーブルもです! ビールの追加お願いします!」
その直後、厨房に注文が入った。……エーテルもハイドラも、昼間のウェイトレス姿で働いていた。元々接客向きな性格のエーテルは当然として、ハイドラもウェイトレスとしての仕事をこなしている。貴族の生まれではあるが、商業都市で育ったため、接客はある程度できるのだろうか。
「はいはーい、ちょっと待っててねー」
注文を受けて、カルバは料理を作り始める。……グラのお陰で悩みも解決したためか、その手つきは実に軽やかだった。
「~~~♪」
「カルバちゃん、元気になったんだね」
「ん~? 何か言ったー?」
「何でもないよ」
カルバの様子に密かに気づいていたスルホンは、そんな彼女に安堵する。……こうして、夜が過ぎていく。
◇
……翌朝。
「お邪魔します」
「あっ……プロンさん」
朝の食堂にて。昨日と同じ台詞で、カルバとプロンは顔を合わせた。
「例の件、考え直して頂けましたかな?」
プロンが催促するのは、縁談に対する返答。―――というよりは、彼女が受け入れる覚悟ができたか、それを尋ねているのだ。
「その件だけど……ごめんなさい」
「……どういうおつもりですか?」
だが、カルバはプロンに頭を下げる。そんな彼女に、プロンは疑問の声を上げた。
「やっぱり私、まだ結婚とか考えられなくて……伯爵様には申し訳ないけど、この話はお断りします」
「そうですか……ですが、いつまでも独りというわけにもいきますまい。良いお話というのはいつまでも残っているわけではありませんよ」
「うん……でも、私は」
プロンが食い下がってくるが、カルバの意志は固い。ちょっとやそっとでは、意志を曲げることはないだろう。
「伯爵様が嫌ってわけじゃないけど―――多分、相手が誰でも、同じ答えになっていたと思う」
それはグラが相手であっても。カルバは心の中でそう付け足した。……いかに早婚が多いオガーニとはいえ、こういう考えの女性は一定数いる。体が完全に大人になっていないからだとか、心が体の成長に追い付いていないからだとか、様々な説があるが、ともかく、二十代まで結婚しない女性というのは珍しくなかった。彼女もその一人というわけだろう。悩んだ結果、そういう結論に至ったのだ。
「そうですか……残念です」
カルバの答えに、プロンは心底遺憾そうにそう呟いた。
「できることならばこのような真似は避けたかったのですが……そういうことでしたら致し方ありませんな」
「え―――」
疑問の声を上げている最中、カルバは意識を失った。……空属性魔法の一つ、昏倒だ。気流を操って対象の呼吸に作用し、瞬間的な窒息に追い込んで気絶させる魔法。それを、プロンが発動したのだ。
「乙女の確保は必須ではないとのことでしたが……やはり、ないよりはあったほうがいいというもの。それに、万が一の保険にもなるでしょうな」
プロンは無表情に、気を失ったカルバを抱える。
「あの方がああ仰るからあの方法も試しましたが、最初からこうすれば良かったですね」
少女を抱えたまま、彼は食堂を出た。……本来ならば目立つその姿も、隠形の魔法を使うことで隠してしまう。無駄に高性能な執事だった。
◇
……数時間後。
「それで、グラたんはどうするの?」
朝食の席で、エーテルはグラに問い掛けた。……彼らはスルホンの家で朝食を取っていた。そして、今日の予定を話し合っていたのだ。
「そうだな……今日は体調もいいし、俺もカルバの手伝いでもするかな」
「え? グラたんって料理できるの?」
「お前……スチレで誰が飯を作ってやったと思ってんだ?」
エーテルの感想に、グラはイラッとしながらそう言った。……スチレで彼女たちがギアの製作に明け暮れていた頃、彼は食事の用意をしていた。それを忘れた彼女の発言を不愉快に思うのは当然だ。
「確かに、厨房が手伝える人は多いほうがいいですね」
「だろ。あの調理速度だってかなり無理してそうだし、そうでなくとも下拵えくらいは手伝いたい。あいつには色々と世話になってるしな」
「グラたん……そんなにカルバのことが気になるの? さては、仕事の合間に手を出すつもりで―――」
「グ、グラ様……!?」
「なんでそうなるんだよ……!?」
エーテルの不名誉な言い掛かりに、グラは怒鳴るように突っ込んだ。
「ごめんくださーい」
そんな騒がしい朝食中に、来客が現れた。……カルバが働く食堂の店主だ。
「あら、どうしたの? まだ私のシフトじゃないはずだけど」
「カルバちゃん見てない? いつも通り食堂のお掃除を頼んだんだけど、急に姿が見えなくなって。こっちに顔を出してるのかと思ったんだけど」
「見てないわね……スルホン、みんな、カルバちゃん見なかったかしら?」
話を聞いて、スルホンの母は全員に尋ねるが、頷く者はいなかった。
「カルバ、どうしたのかしら……?」
「心配です……」
「カルバちゃん……」
「……まさか」
カルバが行方知れずと聞いて、不安げな女性陣。そんな中、グラの脳裏に嫌な考えが過った。
「グラたん、何か心当たりでもあるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……昨日、カルバから気になる話を聞いたんだ」
そして、昨日カルバからされた話を彼女たちに話した。個人的な相談だったので話すのは躊躇われたが、万が一のことを考えると、知ってる情報は早い段階で共有するべきだと判断したのだ。……無論、彼女には後で謝るつもりだが。
「縁談ねぇ……お相手が貴族ってのはあれだけど、その手の話は別に珍しくないんじゃない?」
グラから事情を聴いて、エーテルはそんな感想を口にする。
「グラ様、そのお話は本当なのですか?」
「ああ。本人から聞いたんだから間違いないが」
「そんな……!」
だが、ハイドラとスルホンの反応は、彼女とは違って深刻そうだった。
「どうしたのよ?」
「……もしかすると、カルバ様が危ないかもしれません」
険しい表情で、ハイドラはそう言った。




