ビッチを意識し始める主人公
「お邪魔します」
グラがスープを飲み終える頃、食堂に新たな来客があった。
「あっ……プロンさん」
「おっと、お取込み中でしたかな?」
やって来たのは、スーツ姿の老人。鉱山都市に似合わないその上品さから、恐らくは執事なのだろうか。
「え、えっと……」
「俺はそろそろ戻るから、気にしなくていいぞ」
「う、うん……じゃあ、またね」
「ああ」
来客に気を使って、グラは食堂を出る。……去り際、カルバが寂しそうな表情をしていたのには引っ掛かったが、気づかない振りをした。
「……では、カルバ様。例の件ですが、考えてくださいましたか?」
「……うん。でも、やっぱり私は」
「ですが、お館様は大変前向きでして。それに、家柄などを考える必要はございませんし、悪い話ではないと思うのですが」
「……」
グラが去って、カルバとプロンはそんな話をしていた。……詳細は分からないが、なにやら込み入った内容のようだ。
「まさかとは思いますが、妙な噂を信じていらっしゃる、というようなことはございませんか?」
「ち、違っ……! でも―――」
「でしたら、是非とも受けて頂きたいですな。カルバ様にとっても、悪い話ではないでしょう。ご家族の暮らしも楽になりますし、どうかもう一度考え直して頂けませんか?」
プロンは形式上はカルバに頼んでいるのだが、実際には強要に近かった。相手が頷くまで、しつこく、何度でも食い下がる。これも全て、主の命令によるものだった。
「それとも、誰か気になる相手でも?」
「え―――」
「もしそのようなことがあれば、致し方ありません。―――相手の方が少々不幸な目に遭われるでしょうが、それも致し方ないことです」
「っ……!」
半ば脅迫のようなことまで口走りながら、カルバに了承を迫るプロン。……勿論、半分くらいはハッタリなのだが、カルバが首を縦に振らなければ実力行使する覚悟はあった。任務を遂行するのは絶対で、手段は選べない。それが、彼にとっての忠誠心だった。
「翌日、また伺います。……そのときには、良い返事を期待しております」
そう言い残して、プロンは食堂を出ていった。……残されたカルバは、険しい表情のままだった。
「……何やってるんだよ?」
「あ、グラたん。どこ行ってたのよ?」
その頃、グラはスルホンの家に戻って来た。……のだが、目の前に広がる光景に、まともな言葉が出てこなかった。
「あっ、グラ様……! あ、あの、あまり見ないでください……恥ずかしいです」
「ぁぅ……」
そこにいたのは、ウェイトレス姿の女子三人。言うまでもなく、エーテル、ハイドラ、スルホンの三人である。一体何があったのか。
「これは一体何の催しだ? 仮装大会でもやってるのか?」
「ほら、昨日言ったじゃない。カルバのお店を手伝ってるって」
「ああ」
昨日、という言葉に一瞬ドキリとするグラだが、それを隠して相槌を打つ。
「でもって、折角だからウェイトレス姿でやったらいいんじゃないかって、スルホンのお母さんが」
「みんな似合ってるわよ~」
服を用意したのはスルホンの母だった。すっかり変身した女子たちに満足げだ。
「ほらほらぁ~、どうよグラたん。こういう格好も似合うでしょ?」
「あーそうだな」
「むぅ、気のない返事ね……お客様ぁ、お食事の後はぁ、わ・た・し・を・た・べ・て♪」
グラの反応に不満げなエーテルは、スカートの裾を摘み上げながらそう口にした。最後に悪戯っぽくウィンクするのも忘れない。
「ず、ずるいですエーテル様……! グラ様、エーテル様より私のほうが肉厚で食べごたえがあります……!」
「ちょ、何言いだすのよハイドラ……! 喧嘩売ってんの……!?」
「え、え……?」
「あらあら、モテモテね」
ハイドラがエーテルに対抗心を燃やし、二人のぶつかり合いにおろおろするスルホン。そしてスルホンの母は、そんな彼女たちを楽しそうに見守っていた。
「全く……」
そんな中、グラは安堵したように溜息を漏らすのだった。……エーテルの言葉に不覚にもドキッとしたのは、一生ものの屈辱だと思ったからだ。
◇
……夜。
「あ、グラ君」
「カルバ。どうした?」
食堂で夕食を済ませ、未だに手伝いを続けているエーテルたちを残し、一人で戻ろうとしていたグラ。そんな彼を、カルバが追い掛けてきた。
「あの、えっと……ちょっと相談したいことがあるんだけどいいかな?」
「構わんが、俺にか?」
「うん、グラ君に」
そして唐突に、グラに相談を持ち掛けるカルバ。二人は食堂の裏に来て話し始めた。
「あのね……私、縁談の話が来てるの」
カルバは躊躇いがちに口を開いて、その内容を話した。……オガーニでは、女性は十六で嫁ぐことも普通にあるので、カルバくらいの歳で縁談が来ているというのは別におかしな話ではない。
「縁談、か……」
「うん……しかも、相手はナフタリ伯爵様なの」
更には、縁談の相手は伯爵だった。……今朝の来客は、このことについて話しに来たのか。伯爵家の執事が、縁談についても取り仕切っているのだろう。
「それでね……グラ君はどう思う?」
「どう、とは?」
「え、えっと、その……迷ってるんだけど、どうしたらいいと思う?」
そうして、カルバはグラに意見を求める。……確かに、伯爵家との縁談ともなれば悩みも多いだろう。相手は貴族なのだから、不安になるのは当然だ。
「まあ、普通に玉の輿だろうが……」
「で、でも、アシッドの貴族って地元の人と結婚するのが普通だし、お母さんの友達も娶られたらしいし……」
「だったら、遠慮することないじゃないか」
「え?」
グラに言われたことが意外すぎて、カルバは目をぱちくりさせた。
「相手の身分を気にしなくていいなら、相手を気遣う必要なんてない。自分がいいと思ったら素直に受けたらいいし、嫌ならきっぱり断るべきだ。変に気負う必要はない」
「でも……今まで断った人なんていないみたいだし」
「ならお前がその第一号になればいい。いくらなんでも、縁談を断ったからって報復するなんてないだろ」
「あっ……」
彼の意見に、カルバは目から鱗が落ちるようだった。……相手が貴族だからと対応に悩んでいた彼女だが、そんなことを気にする必要自体がないのだと気づかされたのだ。……もっとも、この意見はハイドラに慣れているグラだから出てきたものだ。彼女と関わることで、貴族に対するイメージは総合してプラスになっている。
「―――うん。なんか、すっきりした気がする」
「そうか。それは良かった」
お陰で、カルバは気持ちが軽くなった。そもそも、最初から答えは決まっているのだ。今までは状況がそれを許さなかったのだが、最早それもない。
「私、ちゃんと断ってくる。あまり待たせたりせず、きっぱり断ったほうがいいよね」
「だな」
「グラ君のお陰で決心がついたよ、ありがとー」
「どういたしまして」
グラに礼を言って、カルバは店に戻っていった。そうして、グラもこの場を去った。……ただ、彼は半ば忘れていたのだ。ハイドラの件で思い知ったはずの、全ての貴族が必ずしもまともだとは限らないということを。




