便利なヒロイン
「どういう意味だ?」
カルバが危ない。そう口にするハイドラに、グラは問い掛けた。
「ナフタリ伯爵家には、妙な噂があります。セルロにいたときも、その噂は何度か耳にしました。―――曰く、ナフタリに嫁いだ者は二度と戻ってこない、と」
「それってつまり……」
「ナフタリ伯爵家に嫁いだ女性は、暫くすると公の場には姿を見せなくなり、他の者の目には一生触れることがなくなるという話です。嫁いだ直後に殺されているのでは? という噂もありましたが、亡くなられた際には葬儀を行っていますし、ご遺体も確認されているので、そのようなことはないはずですが……」
「そんな噂のある連中から縁談を持ち掛けられて、しかもそれを断ろうと決意した翌日に行方不明、ってのは穏やかじゃないな」
ハイドラの話を聞いて、グラは焦った。……今の段階でナフタリ伯爵家の仕業と決めつけるのは早計なのだが、他に思い当たる節がない以上、その線を疑うしかない。そして、貴族という連中が、目的のためなら拉致程度のことならば躊躇いなくやるということも思い出した。
「だが、仮にそうだとして、どうしてカルバを攫う必要がある? 噂が本当だったとしても、さすがに無理矢理攫うのはおかしい。いや、そんな噂があるからこそ、強引なことをすれば自分たちが危なくなるだけだっていうのに」
「確かに、そこまでカルバに執着する理由が分からないわね。可愛くて料理上手なのは確かだけど、そんな子探せばいくらでもいるだろうし」
「ハイドラのときみたいに分かりやすい理由がないし、何とも言えないな。現状、ナフタリ伯爵家が関わっているかは断定できない。―――まずはその辺を探してみたほうがいいだろう。それで見つかれば問題ないし、見つからなければそのときに当たるべきだ」
「はい。では、みんなで手分けして探しましょう」
というわけで、その場にいた全員でカルバの捜索が始まった。やがて、近所の人たちも話を聞いて捜索に加わり、最終的には数十人単位になったものの、それでもカルバは見つからなかった。
◇
「……これは、さすがにまずいな」
昼を過ぎて。食堂のテーブル席で、グラがそう漏らした。……結局カルバは見つからず、仕方なく休憩を兼ねた昼食を取ることにしたのだ。
「そうね……これだけ探してもいないっていうのは、もう普通の状態じゃないわ。よく考えたら、あの鉱山での一件があった時点で、もっと警戒するべきだったのよ。完全に油断してたわ」
「はい……カルバ様は私と同じ状況でした。ですのに、私は、カルバ様を守ることができませんでした」
「カルバちゃん……どうすれば良かったの?」
カルバの失踪に責任を感じ、後悔する少女たち。それに釣られて、食堂内の雰囲気も重苦しくなる。
「まあ、今更後悔しても遅いだろうな。それよりも、今後どうするかだが」
「それはそうだけど……残ってる当てなんて、例の伯爵家くらいよ?」
「なら、そこを当たるしかない。―――ハイドラ」
「は、はいっ……!」
名前を呼ばれ、ハイドラは勢いよく顔を上げた。そんな彼女に、グラはこう言う。
「相手は貴族、それも伯爵家だ。普通に行けば門前払い、そうでなくとも下手をすればこちらが危うくなる。となれば、だ。―――ハイドラ、お前の出番だ。元とはいえ貴族のお前がいれば、かなり有利に立ち回れる。お前には負担を強いることになるが……」
「構いません。私に出来ることでしたら、全力を尽くすだけです」
グラに言われて、ハイドラはそう答えた。……元貴族の彼女であれば、相手も無下にはしにくい。それに、貴族相手の立ち回り方は彼女が一番詳しいだろう。これ以上ないくらいに適任だった。
「なら、いくぞ。―――連中が何を考えてるのかは知らんが、本当にカルバを攫ったっていうなら、容赦はしない」
「でも、実際のところどうするのよ?」
移動を開始して、エーテルはそんな疑問を口にした。……グラ、エーテル、ハイドラの三人は、北東地区から東地区へと移動している。因みに、スルホンは置いてきた。気の小さい彼女には、伯爵家と対峙するなど荷が重すぎる。
「本当ならば、お前に潜入させて、カルバがいないか確かめさせるんだがな」
「それはちょっと難しいわね。貴族、それも伯爵家の屋敷よ? 王城並みのセキュリティはあるわ。いいえ、王城ほど広くない分、寧ろ隙が少なくて強固かも。夜ならなんとか潜入できるかもだけど、少なくともそのまま連れ出すのは無理だわ」
「まあ、その辺は俺とエーテルで協力すればいいさ。だが、少なくとも夜まで待たないといけないし、それまでの間に手を回したほうがいい。今から行くのもその一環だな」
「どうするつもりなのよ?」
「とりあえず、カルバがいることだけ分かればいいんだよ」
道すがら、グラは基本方針を説明する。
「ハイドラは、カルバが来ていないか尋ねてくれ。ただ、姿が見えないから探し回ってるとだけ。拉致が云々とかは伏せておいてくれ」
「はい」
「そうすれば、向こうからカルバがいると言って来るだろう」
「本当に素直に答えるかしら?」
「答えるさ」
エーテルの疑問に、グラは自信満々にそう断言した。
「奴らからすれば、話が大きくなるのは避けたいはずだ。となれば、「カルバが自分からこちらに出向いた」ってことにしたほうがいいだろ? 行方不明のままよりはずっとな」
「なるほどね。でも、そんな分かりきったこと確かめる意味あるの?」
「大事なのは、奴らから言質を取ることだ。カルバが奴らに攫われた、ってのがそもそも推測だし、万が一のときにこちらのリスクが大きすぎる」
カルバが本当にナフタリ家に拉致されたかは分からない以上、それを確定させる必要があった。もしもカルバがいなければ大幅なタイムロスな上に伯爵家を敵に回してしまう。本当にカルバがいたとしても、救出する際には相手に言質を取らせたほうが有利に立ち回れる。
「主にその辺はハイドラ頼みになる。エーテルは、屋敷のセキュリティに穴がないかそれとなく確かめてみてくれ。……言質が取れたら、今夜にもカルバを救出する。そのときのために進入経路を考えてくれ」
「お任せください、グラ様」
「了解よグラたん」
グラの作戦に、頷く二人。そうして彼らは、ナフタリ伯爵邸へと向かうのだった。




