4.ソニア編
すべての始まりは、男たちのあまりにも身勝手で愚かな打算だった。
私の息子であるデルタは、帝国辺境伯家の次男として生まれた。あの子は昔から、自らの立場をよく弁えていた子だった。父や兄のディオンに「継承権を完全に放棄する」という確約書を差し出す代わりに、家に縛られない自由を手に入れていたのだ。
すべては、隣の子爵領にいる幼なじみの少女、セアラと添い遂げるため。デルタはいずれ、彼女の家へ婿入りする予定だった。
その子爵領には、私の乳母の娘であり、実の姉のように慕っていたセシルが嫁いでいた。セアラはそのセシルの愛娘で、二人が結ばれる未来を、私もセシルも心から楽しみにしていた。
しかし、その平穏は理不尽に踏みつぶされた。
突然、デルタとセアラの婚約が解消され、あろうことか公爵令嬢ティアナとの婚約が勝手に結ばれたのだ。
話が違うと激怒したデルタだったが、夫もディオンも、あげくのはてには私の兄である当時の皇帝までもが「これは国策であり、議会ですでに決まったことだ」と言い放った。信じられないことに、セアラの父親である子爵までもが、了承していた。
「本当に、男という生き物は勝手ばかり……ッ!」
「ええ、ソニア様。私どもの可愛い子どもたちを、政治の道具にしてはなりません」
私とセシルは作戦を練った。幸いだったのは、デルタとセアラが深く愛し合っていることは当時帝国学園の誰もが知る事実であり、割り込まされた形の公爵令嬢ティアナ自身も、この婚約を望んでいなかったことだ。彼女は気高く、そして聡明な娘だった。
そうして迎えた、学園の卒業パーティーで、ティアナは計画通り、デルタとセアラを不実の罪で断罪した。二人には帝国追放の処分が下る。
だが、これはすべて私たちが仕組んだ芝居であり、学園の生徒のほとんどが、明かされない事情を察していた。
帝国を離れる直前の二人に、私は父と母から受け継いだ皇室の秘宝をはじめとする宝飾品のいくつかを託した。
「セアラ、これをあなたに。……行きなさい。二人の幸せを、私たちはここで祈っています」
二人は追放先であるトラガ国へ向かったと見せかけ、そこからさらに足跡を消し、名を変えて遠く離れたミストラ王国へと落ち延びていった。
その事実を、その後二人の間にデリカとソアラという愛らしい兄妹が生まれたことを知っているのは、帝国中で私とセシルただ二人だけだった。
それから、18年の月日が流れた。
帝国皇室の現状は、目も当てられないほどに落ちぶれていた。
兄が亡くなり跡を継いだ甥のプレミオは、正妃のみならず側室を4人も囲っているというのに、誰一人として子をなさなかった。デルタの兄であるディオンには5人の子どもが生まれたが、全員が女の子だった。
何より致命的なのは、今現在、私とプレミオの他に、皇室の血統魔法を使える者がいなくなってしまったことだ。
自業自得だ、と私は冷ややかに笑う。
あの時、デルタとの約束を破り、駒として使おうとした罰が当たったのだ。
焦った帝国は今、血眼になってデルタとセアラの居場所を探し始めている。もしデルタが生きていたら、そして子をなしていたなら――。皇位継承者として引きずり戻すのだろう。
そんな中、私の元に遠いミストラ王国から一通の手紙が届いた。
差出人は、孫のデリカだった。
震える手で開いたそこには、デルタとセアラが、ミストラで馬車の暴走事故に遭い、亡くなったという悲痛な報せが書かれていた。
私は部屋で一人、声を上げて泣いた。
それは帝国の不穏分子の手によるものではなく、悲しいかな、ただの完全な不運による事故だった。けれど、あの子たちは最期まで、お互い寄り添って生き抜いたのだ。
手紙には、残された孫たちの近況も書かれていた。
生前のデルタから、ソアラは若かりし頃の私そっくりで、規格外の魔力を秘めていると聞いたこと。
そしてデリカは、前皇帝であった兄に生き写しで、皇室血統魔法を継いだこと。だからこそ、眼鏡と前髪で顔を隠し、魔法を使わずに生きていると。
妹を守るために、自身の力を完全に隠して生きているのだという。
ああ、なんて愛おしく、気高く、強い私の孫たちだろうか。
私の命の灯火が、もうすぐ消えようとしている。
病床に伏せる私の傍らには、年老いたセシルが控えていた。
最期の力を振り絞り、彼女の手を握る。
「セシル……私のあの個人資産を、ミストラのあの子たちに渡してちょうだい。それが、私からあの子たちへの、最期の贈り物よ」
「はい……はい、ソニア様。必ずや」
帝国は今、彼らの血を求めて躍起になっている。もしデリカたちの存在が知れ渡れば、間違いなく巻き込まれ、政治の道具とされるだろう。
だが、そうはさせない。
あの魑魅魍魎の巣くう魔窟に、私の最愛の孫たちを絶対に戻してなるものか。
あの子たちは、ミストラ王国で、一人の人間として、自由に幸せに生きてほしい。
――デルタ、セアラ。あなたたちの遺した宝物は、絶対に、守り抜いてみせるわ。
……命に代えてもこの国には渡さない
私は帝国の行く末を憂うことなく、ただ遠い空の下にいる孫たちの輝かしい未来だけを願いながら、静かにその生涯を閉じた。




