『夏休みの終わりと、風の噂』
夏休みが終わった。
静かだった学校に、再び騒がしい朝が戻ってくる。
昇降口。
部活の声。
笑い声。
廊下を走る足音。
窓の外では、まだ少し強い蝉の声が響いていた。
「……うぅ、学校始まっちゃったぁ……」
机へ突っ伏す真尋。
短くなったピンク色の髪が、机の上へ広がる。
「夏休み最終日、夜更かししてたでしょ」
隣の席で、呆れたように凪が言った。
「だって宿題終わんなかったんだもん……」
「終わらせてなかったの間違い」
「ぐぅ……」
反論できず沈む真尋。
教室では、久しぶりに会う生徒達が騒いでいた。
旅行。
海。
祭り。
恋愛話。
夏休みの思い出。
そんな声をぼんやり聞きながら、真尋は窓の外を見る。
青空。
白い雲。
そして、吹き抜ける少し涼しい風。
「……夏、終わっちゃうね」
ぽつりと真尋が言う。
凪も静かに窓の外を見た。
「……まだ暑いけどね」
「でも風は秋っぽい」
その時。
ガタッ!
教室後ろの窓が突然揺れた。
「うわっ!?」
数人の生徒が驚く。
けれど。
風は吹いていない。
「……?」
真尋が振り返る。
すると。
「ねぇねぇ聞いた?」
後ろの女子生徒達が、ひそひそ話していた。
「また?」
「今度はなに?」
「第二校舎の階段!」
その言葉に、真尋の耳がぴくりと動く。
「夕方になると、上から誰か降りてくる音がするんだって」
「でも誰も居ないらしいよ」
「え、やだ怖……」
その瞬間。
真尋と凪の目が合う。
数秒の沈黙。
そして。
真尋がニヤリと笑った。
「……凪ちゃん」
「……嫌な予感しかしない」
「放課後、部室集合ね!」
「決定なんだ……」
小さくため息を吐く凪。
窓から風が吹く。
カーテンが揺れた。
まるで。
新しい“不思議”が、二人を呼んでいるようだった。
キーンコーンカーンコーン――。
予鈴が校舎へ響く。
「それじゃ、わたし戻るね」
凪は椅子から立ち上がった。
真尋は頬杖をつきながら、ひらひら手を振る。
「うん、また放課後ね〜」
教室の扉へ向かう凪。
その途中。
「……お化けだけはやだな……」
ぼそり。
小さく呟く。
「ん?」
「なんでもない!」
ぴしゃりと言い切り、少し早足で廊下へ出ていった。
真尋はその背中を見送りながら、くすりと笑う。
「凪ちゃん、
ほんと苦手なんだなぁ」
窓から風が吹く。
カーテンがふわりと揺れた。
夏の終わり。
だけど学校は、もういつもの日常へ戻っていた。
授業。
チャイム。
黒板を走るチョーク。
退屈そうな声。
その中で真尋は、ノートの端へ小さく文字を書く。
『第二校舎の階段』
その下へ丸を描いた。
――放課後。
夕陽が校舎を赤く染め始める。
ガラガラ――。
古い部室の扉が開く。
「おまたせ〜」
真尋が入ってくる。
机には既に、凪が座っていた。
「……遅い」
「先生に捕まってた」
真尋は荷物を机へ置く。
扇風機が回る。
カタカタと古い音を立てながら、ぬるい風を送っていた。
「で、どうする?」
凪が聞く。
真尋はニヤリと笑った。
「もちろん調査!」
「……はぁ」
深いため息。
だが。
凪はもう帰ろうとはしない。
真尋は鞄から、学校の簡単な見取り図を取り出した。
「噂の場所は第二校舎の北階段。
夕方になると――」
トン。
指を置く。
「上から“誰か”が降りてくる音がする」
部室の窓が、カタリと鳴った。
凪の肩がぴくりと跳ねる。
真尋はそれを見て、少し笑いを堪えた。
ガタッ。
真尋が勢いよく立ち上がる。
「よし、行こ!」
「……はやい」
凪は呆れたように言いながらも、鞄を肩へ掛けた。
部室の窓から、夕方の風が吹き込む。
カーテンがふわりと揺れた。
西日で赤く染まる校舎。
昼間の騒がしさは少しずつ消え、
部活動の声だけが遠く聞こえていた。
ガラガラ――。
部室を出る二人。
廊下を歩く。
「で、その噂って誰から聞いたの?」
凪が聞く。
「クラスの女子達」
「信憑性は?」
「“友達が聴いたらしい”!」
「それ、一番広がるタイプの噂……」
真尋は楽しそうに笑う。
「でも実際、音はしてるみたいなんだよね」
「まぁ、何かしら原因はあると思うけど……」
階段を降りる。
渡り廊下へ出る。
外の空気は、昼より少し涼しくなっていた。
グラウンドでは、まだ運動部が活動している。
その横を抜け、二人は第二校舎へ向かう。
第二校舎。
古いコンクリートの壁。
少し黄ばんだ窓。
本校舎より、どこか静かな空気。
「……やっぱここ、ちょっと怖い」
凪が小さく呟く。
「えー?昼間は普通じゃない?」
「夕方だから嫌なの……」
真尋はくすりと笑う。
その時。
コツ……
小さな音。
二人が足を止める。
コツ……コツ……
上の階。
誰かが、ゆっくり階段を降りてくるような音。
凪の顔が固まる。
「……真尋」
「うん、聴こえるね」
静かな校舎。
風も無い。
なのに。
コツ……コツ……
一定の間隔で、音だけが響いていた。
コツ……コツ……
音を追うように、真尋がずんずん進んでいく。
「ちょ、ちょっと待って真尋!」
凪は慌てて後を追う。
第二校舎の階段。
夕陽が窓から差し込み、長い影を作っていた。
コツ……
音は上から。
真尋は迷いなく階段を上がる。
一段。
また一段。
凪はどこか怯えた様子で、きょろきょろ周囲を見回していた。
「……絶対居るってぇ……」
「居ない居ない」
「その根拠のない大丈夫やめて……」
最上階。
踊り場へ辿り着く。
音は、そこでぴたりと止まった。
静寂。
真尋は辺りを見回す。
窓。
古い壁。
天井。
そして、少し開いた旧校舎へ続く連絡通路。
そこから。
ガン……!
工事音。
続いて。
ギギギ……
金属が軋む音。
それが、階段へ響く。
コツ……コツ……
反響した音が、まるで誰かの足音のように聞こえていた。
「……あ」
凪も気付いたように、連絡通路を見る。
真尋は呆れたように肩を落とした。
「なんだ……旧校舎の改装音の反響音か……」
つまらなそうに言う。
「つまんない……」
「私は安心したんだけど……」
凪は本気でほっとした顔をしていた。
その時。
ヒュウ――……
窓の隙間から、風が吹き込む。
すると。
カン……
階段の下から、小さな音が響いた。
二人が振り返る。
誰も居ない階段。
夕暮れだけが、静かに伸びていた。
「……まぁ、今回はこれで解決かな」
真尋は階段の手すりへ寄りかかりながら言う。
凪はほっとしたように息を吐いた。
「よかった……」
「凪ちゃん、ほんとお化け苦手だね」
「だから違うって……」
むぅっとした顔をする凪。
その時。
「あ、そうだ」
凪が思い出したように顔を上げた。
「次の土曜日、社の掃除行くけど一緒に行く?」
「社?」
「うん。
風間さんのところ」
その名前に、真尋の表情が少し柔らかくなる。
「ちょっと待ってね……」
真尋は鞄から小さなメモ帳を取り出した。
ぱらぱらとページを捲る。
どうやら予定表らしい。
「えーっと……土曜は……」
夕陽の中、真剣な顔で確認する真尋。
凪は静かに待っていた。
そして。
「うん!大丈夫!」
ぱたんとメモ帳を閉じる。
「ミミちゃんいるかな?」
その言葉に、凪は少しだけ微笑んだ。
「……どうだろ」
夏休みが終わってから、まだ社へは行っていない。
あの白黒猫は、変わらずあそこに居るのだろうか。
窓から風が吹く。
夕暮れの空。
どこか、秋の匂いが混ざり始めていた。
「車出す?それとも電車?」
真尋が目を輝かせながら聞く。
夕陽を受けたピンク色の髪が、ふわりと揺れた。
「毎回車だと申し訳ないから、
電車かな……」
凪はそう答える。
「そっか〜」
真尋は少し考える。
「でも、駅から結構歩くよね?」
「うん。まぁ、散歩と思えば」
「秋の風感じながら?」
「……まだ夏」
「もう半分秋だよ」
真尋は窓の外を見る。
赤く染まり始めた空。
吹き抜ける風は、確かに少しだけ涼しくなっていた。
「電車かぁ〜……」
どこか楽しそうに呟く真尋。
「なんか遠足みたい」
「社の掃除なんだけど」
「でもちょっと楽しいじゃん」
真尋は笑う。
その横顔を見て、凪も少しだけ口元を緩めた。
「……お菓子持ってく?」
「持ってく!」
即答。
「あと飲み物!」
「はいはい」
二人は階段を降り始める。
夕暮れの校舎。
窓から吹き込む風。
どこか、夏休みの続きを歩いているような時間だった。
風の噂は、結局風の様に、すんなり吹き抜けて行った。
久しぶりに社へ行く
それが楽しみでならない2人




