揺らぐ仮面②
夜風が頬を撫でる。
邸のバルコニーから見下ろす街の灯りは、やけに遠く感じられた。
「馬鹿馬鹿しい。」
アンドレは額を押さえた。
(エイラに惹かれかけている? 私はエイラのことは契約相手としてしか見ていないはずなのに。それに、男として育てられたからといっても私は体は女だぞ)
「……まさか。」
そんなことはありえない。これは契約結婚。感情を挟むべきではない。
しかし、自分を納得させようとすればするほど、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
そのとき、背後から乱雑ではなく透き通るような足音が聞こえた。
「こんなところで何をしているのですか?」
他の女性とは違う、聞き慣れた、少し低く落ち着いた声がした。
アンドレ振り返った先には、月光を浴びたエイラが立っていた。
「君こそ、寒くはないのか?」
「あなたがあまりにも急に席を外すから、心配になったのですよ。」
「……悪かったな。」
エイラは微笑みながら、そっとアンドレの横に立った。
「外の風は、心を落ち着かせてくれますね。」
「……そうだな。」
二人はしばらく無言で夜空を見上げていた。
その沈黙の中、アンドレはふと、隣にいるエイラの横顔を見た。
月明かりに照らされた彼の横顔は、どこか儚げで、美しかった。
そして、不意に──
(エイラの不安要素を取り除ける存在になりたい)
そんな考えが、アンドレの脳裏をよぎった。
その瞬間、自分の胸が高鳴るのを感じた。
「──私は、一体何を考えているんだ」
アンドレは小さく呟いた。
その言葉に、エイラがふと首を傾げる。
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない。」
「……ふふ。あなた、最近少し変ですよ。」
「そうか?」
「ええ。まるで──。」
エイラは少しだけ微笑み、アンドレを見上げた。
「まるで、恋する殿方のようだわ。」
「!」
アンドレの心臓が、大きく跳ねた。
エイラは何も知らず、からかうように笑う。
「冗談よ。さ、そろそろ戻りましょう?私は先に戻っていますね。」
「……ああ。」
アンドレはぎこちなく頷いた。
エイラがバルコニーを去る。
アンドレはその背中を見つめながら、深く息を吐いた。
そして、胸の奥で確信する。
「私は──」
仮面の下に隠した心は、確実に揺らぎ始めていた。
しかし、ここはまだ社交の場、アンドレは気持ちを切り替え豪華な貴族たちがまつ会場に戻っていく。




