揺らぐ仮面
令嬢たちは「アンドレ様って本当に素敵!」と憧れの眼差しを向け、貴婦人たちは「まあ、なんて美しいご夫婦なのでしょう」と噂する。
「仮面夫婦」としての役割は完璧だった。
それなのに──
「なぜ、こんなにも気になるんだ?」
アンドレは大広間の片隅でワインを傾けながら、舞踏会で優雅に微笑むエイラを眺めていた。
彼女は華やかな貴族たちの中でもひときわ目を引く。
動くたびに揺れる金の巻き髪。ふくらっとした唇で貴族と会話をする仕草。
「なんだ、ただの仮面の一つじゃないか。」
自分にそう言い聞かせても、胸のざわつきは収まらなかった。
──そのとき、エイラの視線がふとアンドレの方へ向けられる。
彼女は少しだけ首を傾げて、にこりと微笑んだ。
その瞬間、アンドレの心臓が跳ねる。
──何を動揺している?あれはエイラだ。
私の『妻』だ。契約相手だ。
「おや、アンドレ。こんなところでお一人とは珍しいな。いつもは女性に囲まれているのに。」
突然、聞き覚えのある茶化すような男性の声がして、アンドレはハッとした。
「……ウルリク。」
伯爵子息で同じ騎士団所属のウルリクが、微笑を浮かべて立っていた。
「せっかくの舞踏会のにに、なぜ踊られないんだ?」
「私の妻が皆の注目を集めているからな。余計な邪魔はしたくない。」
「まさか、それは愛妻家の発言か?」
「……さて、どうかな。」
ウルリクは豪華に笑った。
「まさか、剣にしか興味がないと思っていたアンドレが一目惚れで結婚するとはな。それより、お前、少し表情が曇っているように見えるぞ。もしかして嫉妬か?」
「そうか?」
エイラとは契約結婚なのだ。アンドレはありえないと言うようにウルリクに聞き返した。
「ああ。まるで、自分の奥方に見惚れてしまったように。」
アンドレは思わずワインを喉に流し込んだ。
見惚れた? 私が? まさか──
「おっと、アンドレ?」
ウルリクの言葉を振り払うように、アンドレはそばにいたメイドに飲み終わったグラスを渡した。
「……私は少し外の空気を吸ってくる。」
「こんな寒空の下でか?」
「ああ、風に当たりたい気分なんだ。」
アンドレはそう言い残し、大広間を後にした。




