揺れる境界線②
晩餐会の喧騒の中、アンドレとエイラは貴族たちのさまざまな視線を浴びながら、理想的な夫婦を演じ続けていた。
アンドレは堂々とした態度でエイラをエスコートし、エイラは優雅な微笑みを浮かべながら夫に寄り添う。
まるで、最初から本当に愛し合っている夫婦のように。
だが──
(……息が詰まる)
エリアスは、静かにワイングラスを傾けながら心の中でため息をついた。
今まで何度も社交界で「エイラ」として振る舞ってきたはずなのに、今日に限って妙に窮屈に感じるのはなぜだろう?
その理由を考えながら、ふと視線を横に向ける。
そこには、自信に満ちた表情で貴族たちと談笑するアンドレの姿があった。
(……完璧なまでに”夫”を演じている)
アンドレが自分をエスコートする手の動き、周囲を威圧するような眼差し、どれも堂々としていて、公爵家の跡継ぎとしてまったく違和感がない。
だけど──
(彼もまた”偽りの姿”で生きているはずなのに、どうしてこんなにも堂々としていられるの?)
エリアスはふと、ほんの少しだけ嫉妬のような感情を覚えた。
そんなエリアスに気が付いたかのようにアンドレと目が合う。
エリアスは心の内を見せないように微笑むとアンドレも微笑み返してきた。
「それにしても、エイラ様は本当にお美しい。アンドレ殿が羨ましいですわ。」
「ええ、私も彼女の美しさには驚かされます。」
さらりとした口調でそう答えながら、アンドレは自然にエリアスの手を取った。
「……っ!」
エリアスの指先が一瞬震える。
ただの演技。そう理解しているはずなのに、なぜか心臓が跳ねた。
「……貴方は、本当に慣れていますわね。」
エリアスは微笑みながら、何気なく言葉を投げかけた。
すると、アンドレは少しだけ目を細め、意味ありげに微笑んだ。
「当然でしょう。夫婦として振る舞う以上、慣れなければなりませんから。」
「……そうですわね。」
言葉ではそう返しながらも、エリアスの胸の奥には、得体の知れない感情が渦巻いていた。
(私は……ただの”妻”ではないのに)
自分の正体を知っているのは自分だけ。そして、アンドレもまた、本当は”夫”ではないのに。
互いに仮面を被ったまま、まるで本物の夫婦のように振る舞う。
その境界線が、少しずつ自分の中で曖昧になっているような気がした。
演技のはずの関係に、次第に芽生え始める『本当の感情』──。




