父として当主として
その頃の両家の父親は……
「今回の、婚約、よく了承したな。継がせる気はないと思ってたぞ。」
エリアスの父、オーケン伯爵は、フォルモーネ公爵家の執務室でお茶を飲みながら友人、アントンに話しかけた。
公爵アントン・フォルモーネと伯爵エイナル・オーケンは、かつて同じ戦場に立ったことがあった。
アントンは好き放題するにも関わらず、皆がついていきたくなるようなカリスマ性を持っている、フォルモーネ公爵家を長きにわたり支えてきた名君である。
一方、エイナルは王国の政争を巧みに渡り歩く英明な名君であり、表舞台では穏和な笑みを浮かべつつ、裏では緻密な計算を巡らせる策士だ。
彼らは決して特別仲がいいわけではない。性格もやり方も全てが真反対。
だが、互いに実力を認め合う関係であり、互いを信用している。
アントンは豪華な執務室の当主席に座り、目の前の文書をじっと見つめていた。
それは、娘アデラと伯爵家の次男の婚約を正式に認める契約書だった。
ペンを手に取り、著名する前に彼はふっと小さく息を吐く。
(アデラ……お前が結婚を受け入れるとはな。だがしかし、男装しての姿とは……)
彼は娘を誇りに思っていた。公爵家の跡継ぎとして生きるため、幼い頃から剣術や政務を学び、社交界でも堂々と振る舞う姿を見せていた。しかし、それと同時に、彼は娘を茨の道に歩ませてしまったのではないかと後悔している。
本当にそれで良いのか。
彼女が『公爵令嬢アデラ』として幸せになる未来は残っていないのか。これから一生、秘密を抱えて生きて行くのか。
そんなことを考えるたびに、アントンは迷いを感じていた。
だが、アデラは「アンドレ」としてエイラ、「エリアス」との婚約を望んだ。
父としてではなく、公爵として考えれば、オーケン伯爵との縁談は最善だった。
オーケン伯爵家は王宮で強い影響力を持ち、政敵も多いが、味方につければ知恵の部分で大きな力になる。それに、アデラはあまり頭で考えてから行動するのが苦手だ。まずは動いてから考えている。それはフォルモーネ公爵家の血筋だとも思えるが、エリアスが支えてくれるのであれば悪くはないだろう。




