仮面夫婦の誕生
数日後、アンドレとエイラの婚約は正式に発表された。
王都の社交界は、この話題で持ちきりだった。
さらにメイドや執事たちの噂も合わさり、社交界のみならず、平民もこの話題で持ちきりだ。
フォルモーネ公爵家の跡継ぎと、オーケン伯爵家の麗しき令嬢──この婚約は、完璧な政略結婚に見えた。
「まぁ、なんとお似合いのご夫婦なのでしょう!」
「まさに理想的な組み合わせね。」
「フォルモーネ公爵家とオーケン伯爵家が結びつくなんて、これで王都の貴族社会もさらに安定するわね。」
「アンドレ様がオーケン伯爵家へと足を運び、108本の赤いバラの花束とともに求愛をしたそうよ。」
「まぁ、なんて羨ましい。」
アンドレの作戦が求愛の作戦が効いたようだ。
アンドレはエイラに夢中であることを示すため、よく目立つバラの花束を用意したのだ。婚約していない男女が結婚することは珍しい。契約結婚と疑われる可能性がある。
そのため、内外にお互いに想いが通じており仲がいいことを示そうとしたのだった。
貴族たちは口々に賞賛し、社交界の噂は二人の婚約を祝う言葉で満ち溢れた。
また、このプロポーズの方法は平民の間でも有名になり、恋人に赤いバラを贈るものが増えたのだそうだ。
しかし、当の本人たちは、噂を冷静に聞き流していた。
「……まるで、見世物ですわね。」
エリアスは軽くため息をつきながら、笑みを浮かべた。
彼は華やかなドレスを身にまとい、貴族の令嬢として完璧に振る舞っていた。
「当然でしょう。私たちは、理想の貴族夫婦として扱われるのだから。」
アンドレもまた、社交界の注目を意に介さないように振る舞っていた。
契約は順調に進んでいた。公爵家と伯爵家は正式に婚約を承認し、二人は社交の場で婚約者として振る舞うこととなった。
しかし──
「ところで、“結婚後” のことは考えていますか?」
二人が控室に戻った後、アレックスは静かに問いかけた。
「ええ、もちろんですわ。結婚後も、あなたは夫として振る舞い続けるのでしょう?」
「そうです。それが私の条件でしたからね。」
アンドレは、自らの「男装」がバレることを避けるため、結婚後も公爵家の跡継ぎとしての立場を守るつもりだった。
二人は静かに微笑み合った。
「私としても助かりますわ。だって、夫が立派であればあるほど、妻は目立たずに済みますもの。」
エリアスは穏やかに言いながら、カップを持ち上げた。その指先は力の抜けた様子を装っていたが、わずかに固くなっているのが見て取れる。
「賢い判断ですね。」
アンドレも優雅に笑みを返した。その瞳は柔らかい色を湛えているものの、わずかに細められたまま相手の表情を探る。
微笑みの奥では、互いの思惑が交錯していた。
この契約結婚は、互いにとって都合のいいものだった。だが、それがいつまで「契約」として続くのか──それは、まだ誰にも分からない。
婚約披露宴の席で、二人の関係に小さな変化が生まれる──。




