108本の赤いバラ③
二人きりになった温室では契約結婚の詳細が話し合われていた。
さっきまでの女性なら誰しも憧れる、男性なら真似したくなるような求婚をしたにも関わらず、そこには平然とどこか冷めた空気が流れていた。
アンドレはさっきまでの愛しいものでも見つめるような顔とは打って変わり、冷静な顔で表情を変えず冷たい声色で話し始めた。
「まず、表向きは婚約者として振る舞う。ただし、実際の夫婦関係は持たず、お互いの生活には干渉しない。
私事、個人の部屋には立ち入らない。
公爵家で過ごすにあたっての衣食住は最高級のものを揃えましょう。不自由はさせないつもりです。」
エリアスも乙女の顔から、いつもの諦めたような感情のない微笑みで返した。
「ええ、承知しましたわ。」
「次に、この契約の目的は、それぞれの家の圧力から逃れること。ゆえに、必要があれば手を取り合い、助け合う。
そして、参加しなくてはいけない社交の場には必ず一緒に行き、理想の妻の演技をする。さらに、相手に恋愛感情を持たない。
これは契約結婚です。相手に好意を持つと成り立たなくなる。恋愛や夫婦関係を求めるようになった場合は即、婚約と契約はなかったことに。」
「それは当然ですわね。」
エリアスは間髪入れずに答えた。
互いに性別を偽って生きてきたが、同性にはもちろん、異性にも恋をしたことはなかった。
なぜなら、二人はまだ夢を追っている最中だからだ。
そのため、色目を使ってくる人物には嫌気がさしていた。
エリアスの返答に満足をしながらもアンドレは続けた。
「そして、一番大事なのは……。」
アンドレは一拍置いてから、じっとエリアスを見つめた。
「この契約を他言しないこと。そして、お互いの秘密、事情に踏み込まないこと、探らないこと。」
エリアスはその言葉に微かに瞳を揺らしたが、すぐに微笑んだ。
「……お互いに、仮面をかぶったままでいましょう、ということですわね?」
「そういうことです。」
二人はしばらく黙ったまま、花々が微かに揺れていた。それは肯定を表していた。
互いの秘密には触れない。だが、この契約が成立することで、それぞれの自由が守られる。
どちらにとっても悪くない選択だ。
「では、決まりですね。」
アンドレは手を差し出した。
エリアスはしばしその手を見つめた後、ゆっくりと微笑みながら、その手を取った。
「ええ、契約成立ですわ。」
交わされたこの約束が、やがて二人の運命を大きく変えることになるとは、この時まだ誰も知らない。
契約が現実となったとき、二人を待ち受けるのは──。
初めまして、槙月まきです。
これにて、第1章 契約結婚の提案は終了です。
次からは、第2章 見せかけの夫婦を開始したいと思います!




