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大好き

 少し昔、一人の少年がテルンドアの町にいた。


 少年が町の路地で野良猫と楽しそうに遊んでいると、いきなり猫は逃げ出した。


「あっ…」


 少年が猫を追いかけようとするより早く、その肩に手が置かれた。


「よう、ゴミギルガル」


 そう呼んだのは、少年とそう年も変わらなそうな子どもだった。


 後ろでは、同じような取り巻きが何人かが面白そうに様子を見ていた。


ーーーーー


 それから、少年の顔に拳が入った。


「ガッ…」


 痛がってもやめず、取り巻きも加わり始める。


 その内に何人かが罵倒を始めた。


「父さんが言ってたぞ!!お前の母親、気持ち悪い実験ばっかしてんだってな!」

「悪魔でも呼び出そうとしてんだろ!?邪教だって知ってんだぞ!」


 邪教の信者という根も葉もない噂を、少年は否定しようと手を上げるが、それも踏み潰される。


 その暴力は夕方まで続き、疲れ果てた少年は、家に帰った。


ーーーーー


「…ただいま」


 少年は家の鍵を開けて中に入るが、返事はない。


 部屋はもう暗く、テーブルの上には金貨の山が置いてあった。


 無作法に置かれた幾らかの金貨の山の中から一つを取り出した少年は、それを思い切り地面に投げた。


 小さくカンッという音が響くと、その静寂が、近所の幸せそうな家族の声を目立たせた。


「なにが…研究だよ…!どうでもいいから、帰ってこいよ…!」


 ベッドの上に身を置いた少年は、そのまま夕食を食べることもなく、眠りについた。


ーーーーー


 朝、少年が起きてみると、ところどころが跳ねた灰色の髪をした女が台所に立っていた。


「!おふくろ…!」


 嬉しそうに少年が話しかけると、眠たそうな顔をした女が振り向いた。


「あ''〜…おはよう……よく留守番してたじゃねーか!!」


 高くはあるが、その女のガラガラとした声は男のようにも感じる。


 そして、テンションが著しく変動するのは、誰かに似ていた。


 喋り方も相まって、男勝りという言葉がよく似合うような女は、テーブルの皿にシチューを入れる。


「今日は休み貰えてなあ''!!なんか行きてえとこあるか?!」

「じゃあ!近くで新しい屋台ができたみたいだから、そこに行きたい!」


 そうして、少年は母親と手を繋いで、屋台の果物に飴を絡ませたものを一緒に食べた。


 帰った少年は、本でも読んでもらおうと棚を物色していると、家に入ろうとする母親に男が近づいきた。


「?」


 母親と男はしばらく喋っていたかと思うと、母親は血相を変えて外着を着始めた。


「ゴル、母ちゃんちょっと研究塔に行ってくるから……今夜は留守番しててくれ、朝には必ず…」

「ふざけんなよ!」


 母親の言い訳を止めるように、少年は叫んだ。


 それでも、分かってくれというように母親は喋り続ける。


「テックスが死んだから、俺がお前を養わなきゃいけねーんだよ…今の時代、時間を削ったりでもしないと…」

「生まれる前に死んだ親父のことなんてどーでもいんだよ!言い訳に使ってんじゃねーよ!」


 図星を疲れたかのように母親は瞳孔を開いて動揺する。


 しかし、しゃがみ込んで、少年の両肩をひしと掴むと、一言だけ残した。


「ごめんな……でもよ、大好きだぞ…ゴル」


 そう言って走るように母親は家を後にした。


「…なら、一緒にいてくれよ…」


 一人静かに、少年は呟いた。


ーーーーー


 真夜中の町の外の森の中にポツンと建てられたような塔で、少年の母親の声が響く。


「戻った!!状況は!?」

「ニールシアさん!これを見てください!」

「これって…」


 母親…ニールシアは置かれた紙を裏返すと、簡素な髑髏の絵がただ描かれていた。


「は……」


 いつのまにか、ニールシアの首には魔導杖が置かれていた。


 ニールシアを呼び出した男は、卑しそうに笑い、命令を始めた。


「研究結果の薬があるはずだ……ニールシア・ウェルストン・カラーグ」

「…あ''〜……ウェルストンは実家を出る時に捨てた!!呼ぶならニー…」

痛みと苦痛(ペイン)!!」


 ニールシアは膝をつき、机にすがりつくと、様々な文字が書かれた紙があたりに散らばる。


「ああああ!?があっあ''あ''あ''!!」


 同時に、怨嗟の声もあたりによく響く。


「…大人しく薬の場所を教えろ、今日は休日で他の研究員もいない、絶好の機会なんだからな」

「従わなければあ''?」


 相当の痛みを受けてなお、ニールシアの瞳からは光が消えない。


 だが、次の一言で、その光は絶たれた。


「ガキがどうなるかな」


ーーーーー


 塔の地下室らしき場所でニールシアが棚を調べていると、卑しそうな男が杖で肩を叩きながらほくそ笑む。


「にしたって、1000年に一度の大天才でも、子どもには勝てないもんだよな?」

「お世辞がうまいなあ''」


 ペラペラと、男は喋り続ける。


「本音だぜ?魔導書を子供の世話もしながらたったの5年で完成させるなんて、そんなやつは聞いたことも…」


 男は、ニールシアの取り出した薬を見て黙る。


「それが『不死薬』か…」

「ああ…夫と一緒に10何年かけたプロトタイプだ」

「早くこっちに渡せ!ゆっくりだぞ…」


 ニールシアはしばらく薬を見ると、突然、それを飲み干した。


「!?おまっ」

「……プロトタイプだからな…当然暴走してお前は普通なら協会にでも殺されたんだろうが…」


 ニールシアの血脈が波打ち、片目が溶け始める。


 その様子に怯えた男は、途端に後退りしながら叫ぶ。


「なら、なんで飲んだんだよ!」

「ああ?二人の愛の結晶を取られたいなんて妻はいねえだろ?まあ、あの世で会うのは当分先になりそ」

切り裂く風(ウインドカッター)!」


 男は咄嗟に魔法を唱え、ニールシアの腕を切り落とすが、途端に新しいものが生えた。


「ひっ…」

「一緒にくたばろうぜ?魔導書の研究もした仲だろ?」

「イカれてる…」


 男は怯えて地面にへたり込む。


 ニールシアの脳はだんだんと溶け始めた。


(もう思考もままならねえ……やっぱり不死なんて夢見るもんじゃねーな…)


 最後の思考のひとかけらを、ニールシアは、家族に残すことにした。


(大好きなんざ嘘だよ……テックス……ゴル)


 ニールシアの目の前がだんだんと黒ずみ、耳に響く声は全てうるさい幻聴に置き換わる。


 それでも……ニールシアは、その思考を…


(世界で一番愛してる…)


 愛するものに、使った。


ーーーーー


 そうして、塔は崩れ落ちる。


 少年はその内に母の死を知り、一人で生きていくことになる。


 数多の戦場を駆け抜けて、数多の死線を潜り抜けて、少年は、青年へと変わっていく。


 それが……彼の物語。


 



 

 

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