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糸は折れず、承ればこそ永く

ーーーーー


「…改めまして、生助といいます」

「シント・ガルククル・ヴォイゼガルド・レイクラントです…6さいです」


 と、いうわけで、俺とシント様は一度落ち着こうということで対面で自己紹介することになった。


 ちなみになんか長い名前だと思ったことだろう。ガルククル・ヴォイゼガルドというこの長いのは「ミドルネーム」と呼ぶ。


 これがまた面倒くさく、大陸では「名前」+「中間名(ミドルネーム)」+「苗字」で人名が決まる。


 なんらかの事情で家を追い出されたり、そもそも親がキチンと名前をつけていなければ、ミドルネームと苗字は消失し、本人か親が決めた名前だけが残る。


 冒険者や傭兵はそういうのが多い。カサインなんかがそうだな……


 まあミドルネームには大抵聖者や英雄の名が使われるため、大体は教養ある家しかミドルネームを使わない。


 セラミスなんかはすっごい付けそうだよな…ミドルネーム……100文字超えるんじゃないか?


 まあ、一旦置いておいて……今はシント様の稽古の話だ。


「シント様、剣技の稽古をしたいんですが…」


 拒否られるとあの小屋が蜘蛛とソフィアの家になる。


 だからここは二つ返事で……


「やだ…」


 まあ、そうですよね……臆病めな感じがあるしそりゃそうだろうとは思ったが…


 しかし、どうすればいいかな…先生は俺に、どうやって興味を持たせてくれたんだっけ…


 幸せだったからこそ閉じていた脳の蓋をなんとか開けて、思い出すことに成功した。


 …そうだ……先生は…


「?」


 俺は立って、素振りを始めた。


 最初、先生はただただ素振りをしていた。派手な技などなく、ただ刀を振っていた。


 その所作があまりに美しかった。無駄などなく、完成された動きには神が宿るかとさえ思えるほどだ。


 踏み込み、刀を上から下に、腕全体を鞭のようにして振る。


 ブンッ……ブンッ……


 これだけはどの流派でもされるだろう。なぜなら、どの流派でも素振りを完成できていないからだ。


 どの技でも、剣技以外でも同じだ。


 (限界)を超えて、それを受け継いだ者がまた壁を超えて、また受け継いだら…その繰り返し。


 だからこそ、人はそのあまりに古く、巨大な不完全に魅せられる。


「…ねえ、それどうやるの?」


 シント様は、少しは興味を持ってくれたらしい。


「振るだけです。上に置いて、下に振るだけです」

「僕にもできるかな」

「人であるなら、これよりよっぽどよくできますよ」


 鍛錬を積めば、受け継いでいる以上なにかしらの部分は超えられるだろう。


 でも、俺は先生が超えられる気はしない。おそらく、死ぬまで無理だろうが…


「それ、かっこいいね!」


 ただ振っているだけなのに、シント様はそう言った。


 かっこいい……かっこいいか……そうか。


 その気持ちは、俺が先生の素振りを見た時のものと同じだった。


 俺はただ先生の技を不完全に継いだだけなのに、それでもなぜか嬉しくなってしまう。


 蓋をしていた幸せが、思い出すのが辛かった記憶が、溢れ出すように胸の辺りを巡っている。


「剣技、教えてあげたいんですが、いいでしょうか?」


 やっぱり俺の立場も、この子のことも考えて、あくまで本人の判断に委ねよう。


 嫌いなら嫌いでいいし、好きになってくれるなら、先生のように教えてあげたい。


 でも、そんな心配は杞憂だったようで、嬉しそうに首を縦に振った。


「……そうですか。では改めて、よろしくお願いします」


 鱗に覆われた手を差し出す。


 すると、恐る恐る、シント様は手を握ってくれた。


 ソフィアも含めて、子どもというのは随分と可愛いと思ってしまうな…


「さて!それじゃあまずはシント様がどれくらい剣技ができるか見せてください!」

「はい!」


 まあ6歳って話だし、期待はしてないが…


 俺はシント様に木剣を渡して、こっちも構える。


 そして、切りかかって…いや、正しくは木なので、叩きかかってきた。


「やあ!」


 6歳にしては才能を感じる踏み込み……


 だが、体格差もあり、すぐに弾かれてそのままの勢いで転けてしまった。


「体格差がある場合、足がしっかり地面についているかが大事です。もう一度!」

「…はい!」


 起き上がり、少しよくなったがまた弾かれる。


「重心がずれています、体に一本鉄の棒を通したようにして、もう一度!」

「はあい!」


 またよくなった。もう一歩…!


「腕は柔らかく、体は硬くをイメージしろ!顔を前に!踏み込みを強、く……」


 …あ、まずい、敬語が抜けていた!これじゃクビに…


「続けてください!」


 シント様はそう言った。


 それにしても何度も倒れても立ち上がって………


 臆病だと思っていたが、一旦調子が乗れば心が強い子なんだろう。そこはガント様に似ているんだろうか。


 これは、雇い主の子どもだからって優しくしてちゃダメだな。


「…踏み込みを強く、ケツを上げろ。ここからはこっちからも攻めるから、それを見てよく学べ」

「!…はい!」


 敬語でなくなっただけだというのに、随分と嬉しそうにシント様は……シントは、笑った。


ーーーーー


 時刻は、とっくに夕方になって、カラスの鳴く声が聞こえ始めた頃、俺とシントは未だに稽古を続けていた。


 一応稽古中は敬語抜きでやろうとは思うが、主従関係であることに変わりはなく、終わろうと決めた時に口調を戻す。


「今日はここで終わりにしましょう」

「はい…」


 また悲しそうな顔をするが、こっちも体力がきつい。


 いや、本当に子どもの体力ってのはどこからきてるんだ?心臓が二つあるんじゃないのか?


 セラミスは3つはありそうだが、こいつもなかなかの体力だな。

 

 とはいえ、それじゃ俺の身が持たないので、今日は本当に終わりだな…


「明後日ならまた暇ができるので、その時にまた稽古ができるよう掛け合って見ます」

「はい!」


 とりあえず明日は一旦日用品を買いに行こう…それで明後日稽古で、すぐ仕事か。


 シントとの稽古は楽しくはあるが、体力を大幅に失う。


 ………これなら宿住まいの方が良かったんじゃ…


「また明後日お願いします!先生!」


 去り際に声をかけられて振り向くと、手を振るシントがいた。


 鱗だらけの手で振り返すと、すぐに屋敷に帰っていった。


 まあ、剣技を教えるのは楽しいし、いいか……


 先生も、こんな気持ちだったんだろうかと思いながら刀に手を添えてみると、答えるように輝いて、そこに先生がいるように感じた。


 


 


 

 

 

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