臆病チルドレン
朝起きて、ベッドのしわを整えたら井戸の水を持ってきて体を拭き、顔を洗い、歯を磨く。
歯磨きだが、マッドボアという猪に似た泥まみれの魔物がいて、そいつの固い毛を使って作る。
冒険者の狩った魔物…レットベアやワイバーンなんかの素材は武器以外にも日用品としても使われる。
なので誰かがやらなきゃいけない仕事なんだろうが、命が担保なのでやっぱりとんでもない仕事だな…
そういえばセラミスは上手くやってるのかな……俺とは違ってあいつのことだから、なにをやってもどうとでもなりそうだよな…
優秀で明るくて顔もいい…欠点を探す方が難しくなるようなやつだ。
「セイスケおにいちゃん?どうしたの?」
「いや、なんでもない…」
いけないいけない、今は今後のことを考えないとな。
早朝から執事であるネルバさんが、俺たちに1日の仕事については教えてくれるらしい。
ーーーーー
移動して、ネルバさんの前に2人で整列する。
あと一週間は傭兵の仕事もないため、ガントさんの子どものシントとやらの剣の教育に専念できる。
いや、シントじゃなくてシント様か……あと、ガント様…
そこらへんどうにも抜ききれないな。流石に2年の冒険者生活が身に染みついてる。
まあ実際の匂いはないが…などとくだらないことを考えていると、ネルバさんによる教育が始まった。
「昨日ガント様から言われた通りに、お二人にはシント様に対する態度…敬語やある程度の作法について学んでもらいます」
作法か…土下座とか、正座とか…畳の分け目を踏むな的なのは知ってる。ちなみに大陸に畳はない。
「試しに、私がシント様としましょう。話しかけてみてください」
いや、いきなり言われると難しいな!?
えーっと…本日はお日柄もよく…的なのを言おう。
「今日は天気がいいですね…?」
「今日はいい天気だね!」
…俺も少し言いたかったことと違う感じになった気はするが、こりゃ問題はソフィアだな……
「セイスケさんはある程度の敬語は使えますし、ガント様もそこまでは求めていないでしょう」
まあ、敬語を学んでいる時間があるならさっさと息子に剣技を教えろとか言いそうだよな…あの人。
「ビオさんは、今日一日全てを使ってシント様に対するふさわしい態度を学んでもらいます。セイスケさんは正午から2つ次の時計の鐘が鳴るまで小屋の掃除、終わったら庭でシント様に剣技の稽古を」
そう言って、ネルバさんはソフィアの腕を掴んで、どこかに去っていく。
「おっ、おにいちゃん!助けてえええええぇ………」
残念だが、これが現実であり、それはいつも無情だ。
がんばれ!ソフィア!
ーーーーー
と、いうことで小屋の掃除をする。
「やるか…」
屋根裏以外も生活スペースに使えるようになれば嬉しいし、徹底的にやってやろう。
さて、こんな時には尻尾が便利に使える。
尻尾に箒を巻きつけ、それをうまい具合に振って掃除する。
先生の道場でも、見られていなければ何度もしていたので慣れたものだ。
欠点として、終わった後は尻尾が埃まみれになる。
いくらか掃除をしていると、蜘蛛が飛び出してきた。サイズは俺の手のひら並みの巨大サイズだ。
「うおっ!?」
いきなり俺の右腕にしがみつき、敵意が強いのか噛んできた。
見た目は黒一色で色彩に富んでいるわけじゃないから毒はないだろうが……
「……アホかお前は」
その弱々しい牙は、当然俺の鱗を貫通することはない。
顔とかにすればいいだろうに………アホか?まあ足にも鱗はあるので、足にしがみついてもアホだが。
でもこのデカさのはどうしようか…外に出しても戻ってきそうだ…
『キュウウウン』
さっきまで敵対してきた癖に、犬みたいな声で命乞いをはじめやがった…!
というか、蜘蛛がそんな声で鳴いてるってことはやっぱこいつ魔物だろ!!
「キラキラした目で見るな!アホか!」
『ペッ』
ベチャッ
顔に糸を吐きやがった…マジかこいつ……マジかこいつ…!
『キュキュキュキュ』
こいつっ…!笑ってやがる!
いい度胸してるじゃないか……やってやるよ!
「俺に刀を抜かせるとはなア!年貢の納めどきだオラ!」
『キュッ!?』
「避けてんじゃねえ!!」
腹に穴開けてやる!
ーーーーー
ゴーン………
ああ、ついに庭に行く時間になった…
人の小屋で暴れ回るわけにはいかないし、すばしっこいしで結局捕まえられなかったし…
「帰るまでにここでてけよ……」
『……』
ここでは無言ですか、そうですか………
いつか殺してやるからな…!
殺気に気づいたのか、クソ蜘蛛は少しビクッと動いた。
ーーーーー
クソ蜘蛛と別れた後、小屋にあった木剣を2つ持って庭に出て、シント様を待つ。
でも顔は見たことないんだよな……ガント様に似てるとしたら、かなり苦手なタイプだが…
「……ん?」
なんだあれ…庭の木に隠れてる……子どもか?震えてるな…
俺が見ていることに気づき、その子どもは即座に木の裏に隠れる。
……いや、あれがシント様なのか?
じゃあ早く向かうか…
子どもが隠れたであろう木に走ると、子どもが頭ごとくるまっていた。
「……シント様?」
膝に埋めた顔を見るように、膝を屈めて覗き込む。
すると、目がチラリとこっちを見た後に、また顔を膝と膝の間に埋める。
「初めましてシント様。ガント様から、剣技について見てもらうように言われています」
「…やりたくないよ…父様に言われたんだろうけど、帰っ、て………」
はっきりと顔をこちらに見せると、シント様の顔がみるみる青ざめていく。
ああ、チラチラ見てただけで、鱗は初めて見たのか…まあ別に当たり前の反応だよな。
「シントさ」
「かいじゅうだあああああああ!!!!」
シント様がいきなり叫んで俺から逃げるように走り出す。
「いてっ」
そして転けた。
…どうなってんだ。




