名無しの英傑
日はとっくに落ちて、月の明かりが森を照らす。
とは言っても新月から少し経った程度のため、目が慣れていないと前になにがあるかさえ分からない。
「全員位置に着いたみたいだね」
隣でヤナハさんが小さくつぶやく。
目の前には火の明かりを灯した洞窟があり、その周りを、俺たち傭兵が草むらに隠れつつ包囲している。
洞窟の前には軽装備を着込んだ見張りが5人配置されており、なにかの演説でもしているのか、洞窟から男の声が微かに聞こえる。
「説明したけど、セイスケ君見張りを抑える役だから、頑張ってね」
「…はい」
少しでも中にいる信者を殺さず済むよう配慮してくれてんのかな…
それでも、見張りを殺し終えたら俺も中にいる人間を殺さなきゃいけない。
それを想像すると、少し足がすくむ感じがある。
ピュイイイイイイイイイ
ヤナハさんが指笛を鳴らし、音が夜の森に響く。
「なんだ!どうし」
俺は、飛び出して龍砕を鞘から抜いて、まず見張りを1人殺した。
続いて何人もの傭兵達がこぞって洞窟内部に侵入していこうと茂みから飛び出していく。
見張りはあと4人…
「テメエエエエ!!エッ」
後続の邪魔にならないように、もう1人の見張りも肝臓のある腹を斬って蹴り倒す。
防具があるとはいえ、龍砕の破壊力はあれからも変わっていない。
「ありがとな!よくやった!」
洞窟へ入っていく傭兵の1人が礼を言った。
その後に、耳に叫び声が響く。
「キャアアアアアアアアア!!!」
「たっ、助けて!!助け!!」
叫び声が頭を揺らす。特にこうも大声で、大勢で叫ばれると耳が裂けそうになりそうだ…
入りたくねえなあ…
そう思っていると、見張りの1人が逃げた。
「クソが!絶対死なねえぞ!」
すぐに追いかけて、後ろから心臓のある部分に刀を打つ。
「調子に乗ってんじゃ」
背後の殺気に気づいて、あるであろう足に尻尾を振ると確かになにかに当たった感触があった。
振り向くと、体勢を崩した見張りがいたので龍砕で腹を切る。
血しぶきの一滴が、俺の頬に当たった。
「あと2人…」
流石に一対一でやりあっていくのは分が悪いと思ったのか、その残った見張り2人で俺に向かってきた。
龍砕を鞘に戻し、龍神断に手をかざす。
1人は俺の前方から、もう1人は俺の右から攻めようとしてきている。
ゆっくりと呼吸し、見張りの1人が刀を振り上げた瞬間に…
『回天・三重』
刀を振ったあとその勢いのまま回転し、尻尾を叩きつけて相手を硬直させることでもう一度その回転の勢いを活かして切る技。
重要なのは、いかに回転時の摩擦を少なくし、速く回転できるかどうか。
2年の成長で、回転数も増えた。
当然上等な刀で3回も切りつければ、その胴ごとでも切り落とせる。
血のついた龍神断を鞘に戻し、一度洞窟の中を見る。
別に、ここで見張っていてもなにも言われはしないだろう。
でも、それをこれからも繰り返し続けられる保証はない。
覚悟を決めて洞窟内に入ろうとすると、俺はあるものに気づく。
あれは…傭兵じゃないよな……
バレット団長と同じくらいかそれ以上の背丈を持った奴が、こっちに近づいてくる。
団長とは違う造りをした鎧で全身を包み、太めの剣を2本背負っているというのに、その歩みは軽やかとさえ思える。
腕には、黄色い髪色の、小さな子どもを抱いていた。
女の子か……年は9歳くらいだな。
すでに眠っているか気絶しているのか、少なくとも傷はない。
問題は、それを抱いている奴の方だ。
全身鎧で包んではいるが、立ち姿だけで強いと分かる。戦えばどっちが死ぬか…
鎧の戦士がゆっくりと近づくにつれ、緊張感も高まっていく。
戦士は、ゆっくりと、少女を腕から降ろす。
そして、戦士はまた俺の方に歩いていく。
「これにて終わりか…」
そう言った後、戦士は背負っていた2本の剣を抜く。
「いくぞ」
そしてそれを…
「まずっ!?」
戦士は、即座に力任せとも思えるほどに双剣を振りまくる。しかし、それは双剣というにはあまりにデカすぎる。
なんとかこちらも刀を2本持って対応するが、そもそもの力が違いすぎる。
第一、その剣の大きさからおかしい。
普通両手持ちで使うような剣を双剣として、なんとか目に見える速度で振りまくっている。
だが武器の差か、刃こぼれは戦士の方が大きいか…?
なんにしろ何度も紙一重で剣撃を避けたり受けてはいるが、このままじゃスタミナが切れるのが先だ…!
一度俺は後ろに跳んで、攻撃を一時的に回避した。
だが、すかさず戦士もこっちに跳びつつ剣を交差させるように持つ。
即座に居合いのような斜めの太刀筋で双剣が振るわれた。
その巨体でどんな速さ出てんだよ!
なんとか避けて右に移動するが、これじゃ埒が開かない。
刀を右腰の鞘に戻し、両方を握る。
また攻撃が来る時に、俺は足に力を集中させて全力で跳び、『回天』を、2本の刀で放つ。
『双刀・回雷天』
要は跳んだ勢いで飛びながら、刀二本で居合い切りをしているだけだ。
だが、龍砕で鎧をもろくした後に同じ位置を龍神断で斬りつける。よほど丈夫でなけりゃ…
ドサッ
倒れてくれたか…もし刀がなまくらなら俺は死んでいただろう。
なにはともあれ、とどめを刺すか…
そう思って近づくと、戦士が、また俺に語りかけてきた。
「一対一で相対してくれたこと、感謝する…素晴らしい剣技だった」
褒めてもらうと嬉しくなる……ということはなく、ただ金のために人を殺したんだという罪悪感だけが胸に残る。
それにしても、まだ喋れたのか……どんな体してんだ?
「それにしても…なぜ味方を呼ばなかった?」
「…呼ぶ余裕も無かっただけだ」
嘘ではない。大声を出して気力を使った瞬間に殺される、そう思えるくらいには強かった。
そんな強い人間が、なぜこうもこの宗教に執着したのかを俺は聞きたくなってしまった。
「なんであんたらは、ここを諦めなかった?諦めて生き続けていく道を選べたはずなの、に…」
聞いた瞬間鎧の奥の目が俺を睨んできたので怯んでしまった。
まるで死ぬ前とは思えないような、願力に満ちた瞳だ。
俺がその殺気に怯えていると、それを察したのか優しく語りかけてきた。
「……私は、私の信念を貫いて死ねる………名も知らぬ戦士よ、どうか私達を憐んでくれるな……少なくとも、私はこの散り際に満足している」
洞窟からの悲鳴は思っていたよりもすぐに消えていた。
ここに残った者たちは、国に言われようと信念にしがみついた人間達の最後の居場所だったからなんだろう。
戦士は最後に、抱いていた子を見ながら俺に言った。
「あの子は…まだ信念の下に散るのには早い…………………傭兵とはいえ……もはや信じる他もない………どうか、どうか頼むぞ」
「分かった。あんた、名前は…」
もう、その戦士の名を聞こうとした時には、名も知らない戦士は息絶えていた。




