嵐の前の嵐
アルキさんの商館に訪れたあの日からはや1週間、俺とセラミスは、今日も楽に討伐できそうな依頼をこなしていた。
今日はセラミスが無理矢理頼み込んできたせいで、まだゴブリンとやり合う羽目になっていた。
「センパイ!はやく!」
「あー…分かってる分かってる…」
セラミスがワクワクとした顔で俺を急かす。
いや、またゴブリンを倒した後に襲われる…なんてことはないこと自体は分かっている。
でもなー…嫌な気分になりそうでどうにも…
「ガグルアアアアアア!!!」
突然、耳に咆哮が鳴り響く。
以前聞いた声…そう、リーグルと会った日に、俺はこの声の主と戦った。
「…冗談だろ……」
俺たちの目の前に、またあの巨体を持つ、レッドベアが現れた。
くっそ…とは言っても木々に囲まれてるし、距離も相当離れてる…ここからなら…
「セラミス!逃げるぞ!」
すぐにセラミスの手を引っ張って、俺は街の方向に走り出す。
だが、俺はここで、また聞いたことのある声を聞いた。
「ギャッヒャアアアア!!」
そう、今回の討伐対象であるゴブリンだ。それも4体。
ゴブリンだけなら雑魚ではあるが、後ろからレッドベアが追ってくるとなると…
「つーか!てめえらも逃げろよ!アホか!?」
お前らゴブリンだってレッドベアに瞬殺されるだろ!ナイフを作れるアタマがあるなら逃げるって発想には…
「ギヒヒヒヒヒ…」
…あ、セラミス狙いってことか?美人すぎてな?うん、なるほどな?絶対ぶっこ
「グガアアアア!!」
動揺している隙に、既にレッドベアがこっちに突進してきていた。
残りの距離は、さほどない。あと数秒で激突するだろう。ゴブリンもようやく気づいたのか逃げ出し始めた…
が、レッドベアに狙いをつけられた俺たちにとってはもう逃げるのには遅すぎる。
俺は、セラミスの前に立って龍砕を構える。
「センパイ!」
「…」
…せめてセラミスだけは守る……
そう思っていた矢先に、セラミスはあの黒門と名付けた黒い円をレッドベアの突進方向に出す。
そして、もう一つは遥か上空だ。
ズズズズ…
レッドベアの巨体は瞬間移動して、上空から落下する。
俺はすぐに刀を龍神斬に持ち帰る。
ドスン!
大きな落下音が響いたすぐ後に、低く呻き声を上げるレッドベアの脳天に龍神斬を突き刺すと、事切れた。
ゆっくりと落ち着くように呼吸をしながら、一度セラミスになんと言えばいいのか迷う。
今回俺は足手まといだった。おそらく、刀さえあればセラミス一人でもレッドベアを仕留められただろう。
なのに、俺はセラミスを守るべき、弱い存在として扱った。
余計なことをしたよな……でも、それでごめんと言うべきなのか、ありがとうって言うべきか……いや、どっちもだな。
「セラミ…」
後ろを振り向いた瞬間に、もう一体、レッドベアがいたのに気がつく。それも、セラミスの背後に。
おそらくさっき殺したのとは番だったんだろう。怒り狂っている。
セラミスも俺も、戦闘に集中していて全く気づかなかった。
「グルアアアアアアアアアアア!!!!!」
「セラミス!!避けろおおおおお!!」
セラミスも気づいたが、その爪は無慈悲にもセラミスの背中を…
抉る前に、声が響く。
「パラライズ」
「グルアッ…!?」
レッドベアの動きがいきなり止まる。
そして、その声はまだ続いた。それも、レッドベアがいるというのに、長々と。
「願うは水の精霊、今化身を顕現して、満ちよ、束ねよ、そして願う。その力を持って敵を穿て…『ウォーターブレイク』」
最後の一文を詠んだ瞬間、水でできた光線のようなものがレッドベアの脳天を貫く。
レッドベアの殺意に満ち、黒かった目は生気を失って、すぐに前に倒れた。
…いや、何が起きて…
「オイ…」
見上げると、細身で長身の男が立っていた。眉毛が隠れるほどには色素の薄い灰色の髪が伸び、それでいて、髪質はサラサラとしていてしっかり纏められている。なんか知的って感じだ。
持っている杖も使い古されているのか、愛着がよく見てとれ…
「礼は?」
「え…」
突然喋られて、脳が一瞬回転を止めた。
すると、今度は催促するようにではなく、まるで叱るように怒鳴ってきた。
「礼はァ!?」
うおっ…うるせえ……
ああ、いやでも命の恩人だしな、失礼だったか…
「ありがとうございまし…」
「頭下げろやアアアアアアア!!!!」
いきなりその魔法使いの男は、俺の頭を叩きつけてきた。
俺の体は宙を舞って、足が天井を向いて、代わりに頭は地面に埋まった。
「センパアアアアアイ!!」
「ほふへはんへひふほほほんはへへ(俺なんでいつもこんな目に遭うんだよ…)」
地面に頭が突き刺さる中、俺は耳に聞こえる別の違和感に気づく。
「キャキャキャキャ!!」
子どもがドタドタ走るようなこの感じ…甲高い声は…
「ほふっ…」
言い終わる前に俺の頭がセラミスに抜かれる。
さてみなさんもう一度。
「ゴブリンか!!」
…誰に言った?
いやそんなことはいい、勘づいて戻ってきたのか…!はやく体制を…
「人の話の邪魔してんじゃねえ!!」
魔法使いの男は、杖をそのままゴブリンの脳天に叩きつける。
…あれ?それそう言う用途だっけ?確か魔法の補助と、セラミスが言ってたような気がするが…せ、セラミス、杖って…
「あれ、ああやって使うの…?」
ああ、よかった、間違えてはいなかった。しかし、振り下ろしてあんな無防備な状態じゃ次の攻撃に…
『アースクエイク!!』
大地がひび割れ、土でできた槍が向かってきていたゴブリン2体を仕留めた。
そうそう、杖ってそうやって使うもんだよな。
もう一体は…
「くたばれ!」
「ギャッ」
普通に杖捨てて拳で殴った。もう一度言う。拳で。しかも一撃で決着した。
…杖いらねーだろこいつ、どうなってんだ。




